医学界新聞

新年号特集 生殖医療と生命倫理——医学の発展は何をもたらすのか

寄稿 阿久津 英憲,林 克彦,日比野 由利

2021.01.04 週刊医学界新聞(通常号):第3402号より

 生殖医療のさらなる発展によって,これからの医学研究および社会・文化はどのように変化するのか。再生医療,人工配偶子作製,第三者配偶子利用──それぞれの現状から生殖医療の未来を考える。

阿久津 英憲


 再生医療とは,病気やけがで機能不全になった組織や臓器を,再生あるいは補助する医療であり,再生医療に関連する技術は創薬などへも応用が期待されている。再生医療は,医療や生命科学研究の発展を通して難病を克服するという観点だけではなく,新たな医療産業分野を生み出す可能性についても期待される。

 ヒト胚性幹細胞(Embryonic Stem Cells:ES細胞)は1998年に樹立が報告された。2010年には米国で脊髄損傷患者に対する臨床試験が開始され,ヒト多能性幹細胞による再生医療が現実となり10年が経過した。本稿では,ES細胞を用いた再生医療の開発について概説しその期待と課題を述べる。

 幹細胞は,自己複製能(増殖能)と分化能を持つ細胞であり,その分化能の程度や細胞増殖能により,①個体を組織(外胚葉,内胚葉,中胚葉)するあらゆる細胞に分化できる分化多能性幹細胞(pluripotent stem cells),②分化が特定の胚葉組織に限られる多能性幹細胞(multipotent stem cells),そして③分化能がさらに限定された幹細胞(oligopotent stem cellsなど)の3つに大きく分類できる。

 ②に分類される体性幹細胞(adult stem sells)または組織幹細胞(tissue specific stem cells)は,生体内の組織や臓器内に存在する幹細胞であり,通常,臓器・組織が機能的に働き維持されるための極めて重要な役割を担う。体性幹細胞は,自己複製能はあるものの増殖能力には限界があり,分化能も特定の胚葉組織に限られる。すでに再生医療の分野で活用されている体性幹細胞として間葉系幹細胞(mesenchymal stem cells)または間質系幹細胞(mesenchymal stromal cells)がある。

 一方①に分類されるES細胞は,無限に細胞増殖する自己複製能,かつあらゆる組織へ分化する能力を併せ持つ幹細胞である。胚盤胞の分化多能性の集団である内部細胞塊より,特定の細胞培養条件下で樹立される()。ヒトES細胞の樹立には受精胚が用いられるため,日本では「ヒトES細胞の樹立に関する指針」1)の下,慎重に執り行われる。具体的には,不妊治療の過程で治療に用いられなくなった凍結保存胚を,提供者に対する適切なインフォームド・コンセントの施行の上で利用するものと規定している。またヒトES細胞を用いた研究は,ES細胞使用に関する研究のガイドラインに則り,各施設で承認後,文科省への届出が義務付けられた。現在では100件以上の研究が登録されている2)

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 ヒトES細胞再生医療製品が移植されるまでの一連の流れ
受精卵が細胞分裂してできた胚盤胞の中から細胞の塊(内部細胞塊)を取り出し,特殊条件下で培養するとES細胞が樹立される。その後,目的の細胞となるよう分化誘導し,製剤化の上,患者へ移植する。

 こうして研究開発がなされた再生医療を臨床応用へとつなげるため,日本では2つの法制度上の体制が整えられている。1つは,臨床研究や自由診療として実施する再生医療を対象とする「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」(再生医療等安全性確保法)。もう1つは,再生医療の実用化に対応できるよう,再生医療製品の特性を踏まえた承認・許可制度が新設された「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(医薬品医療機器等法)である。本法の成立により,日本では再生医療製品の早期承認制度が導入され,多くの再生医療製品をより早く上市するための仕組みが出来上がった。これらは世界に先駆けた革新的な制度と言えよう。

 当センターでは,有毒なアンモニアを体内で分解できない先天性尿素サイクル異常症の新生児患者に対し,患者が根治療法となる肝移植を無事に行える生後3~5か月までの「橋渡し治療」として,ES細胞由来の肝細胞を移植する医師主導治験を実施した。肝臓を対象とするES細胞を用いた臨床試験として世界で初めて成功し,無事にその後の肝移植も実施し得た3)。本例が成功したことで,今後は肝移植までたどり着けなかった新生児を,より安全に肝移植の段階までつなげられることが期待されている。

 海外でのES細胞を用いた再生医療研究の進展はどうか。冒頭でも述べたように,次世代の医療として期待されるヒト多能性幹細胞を用いた再生医療は,2010年,世界初の脊髄損傷に対する臨床試験によって始まった。現在までに亜急性胸部脊髄損傷,網膜性疾患,インスリン依存性糖尿病,重症心筋梗塞やパーキンソン病などに対して米国,カナダ,英国,仏国,韓国,中国,イスラエル,オーストラリア,ブラジルで治験が実施されている4)

 いくつか海外における治験実施例を提示する。亜急性胸部脊髄損傷に対する再生医療は,ES細胞から分化誘導したオリゴデンドロサイト前駆細胞株をES細胞再生医療製品(AST-OPC1)として患者の損傷部位へ移植する治療法であり,現在までに20症例以上に行われた。

 また2011年から眼科領域では,若年性遺伝性黄斑ジストロフィー症(スタルガルト病)と萎縮型加齢黄斑変性症の2疾患に対する臨床試験が実施されている。これらはES細胞から網膜色素上皮細胞を分化誘導することでES細胞再生医療製品(MA09-hRPE)を作製し,移植に用いている。移植を受けたそれぞれ9症例,計18症例に対する臨床試験の成果がLancet誌に掲載され5, 6),移植手技と細胞自体の安全性に大きな問題はなく,さらに移植を受けた半数以上の患者視力で若干の改善が認められたと報告された。

 ES細胞再生医療がアンメット・メディカル・ニーズへ適応するアプローチとして,患者数は一定数存在するものの治療薬がないケースと,希少疾患,難病に対するオーファンドラッグに類するケースが想定される。これらのケースに対するES細胞再生医療製品の開発は,まず安全性の検証がなされ,そして有効性の評価が行われる。しかし,グローバルにみても開発状況は初期段階にあるものが多く,開発にかかる費用や時間,労力は非常に大きい。

 とはいえ,上述したように日本は世界に先駆け再生医療に特化した法律が整備され,今後ますますの発展が期待できる可能性を秘める。ES細胞関連に限っても,ES細胞の樹立から基礎研究,そして再生医療の開発と臨床利用を適切に行うための法令が整備されてきた。また近年,幹細胞を用いた疑似臓器(オルガノイド)を作製する研究も進む。将来的には,再生医療的観点から臓器を代替するというレベルにまで至る次々世代の再生医療としての研究開発の意義は大きいだろう。

 再生医療は,幹細胞生物学,発生学などの基礎医学研究の進展と,臨床上の究極的な課題とのマッチングの中で初めてダイナミックに進むものと思われる。すなわち,基礎研究段階から臨床医の寄与が極めて重要な研究分野であると言える。また,再生医学研究の発展がヒト臓器発生,組織再生などの基礎医学分野に貢献し得ることもあるだろう。再生医療が医学分野において,より大きく貢献できる医療になるよう期待したい。


参考文献・URL

1)文科省,厚労省.ヒトES細胞の樹立に関する指針.2019.
2)文科省.生命倫理・安全に対する取組――ヒトES細胞の樹立・分配・使用に関する計画について(一覧):2020年10月1日発表版.2020.
3)国立成育医療研究センター.先天性尿素サイクル異常症でヒトES細胞を用いた治験を実施.2020.
4)JMA J.2020[PMID:33225099]
5)Lancet. 2012[PMID:22281388]
6)Lancet. 2015[PMID:25458728]

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国立成育医療研究センター研究所 再生医療センター生殖医療研究部 部長

1995年弘前大医学部卒後,福島県立医大産婦人科へ入局。99年米ハワイ大医学部柳町隆造研究室研究員。米国立老化研究所,米ハーバード大分子細胞生物学部研究員を経て,05年国立成育医療研究センター研究所生殖・細胞医療研究部生殖技術研究室室長。14年より現職。内閣府総合科学技術・イノベーション会議生命倫理専門調査会専門委員,内閣府「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方」見直し等に係るタスク・フォース構成委員等を務める。


林 克彦


 卵子や精子を多能性幹細胞(ES細胞やiPS細胞)から体外培養系で分化誘導する体外配偶子産生(In Vitro Gametogenesis:IVG)は,不妊患者の妊孕性を回復させる,または不妊原因を究明し得る手段として期待されている。マウスを用いた研究では,多能性幹細胞から卵子や精原幹細胞を作り出すことも可能となり,IVG研究は新しい展開に向かっている。本稿ではIVGの最前線と今後の課題について紹介する。

 IVGの基本概念は「生体内の生殖細胞の分化過程を体外培養系で再現すること」である。この実行により,ES細胞やiPS細胞は機能性を備えた卵子や精子に分化する。マウスでは,生体内の生殖細胞の分化過程がよく研究されていることもあり,この10年でIVGの研究は飛躍的に進んだ。マウスES/iPS細胞は,一定の成長因子の組み合わせで培養することにより,約1週間で配偶子のもととなる始原生殖細胞になる。雄のES/iPS細胞に由来する始原生殖細胞は精巣に移植すると精子になり,受精により個体に発生する1)

 一方,雌のES/iPS細胞に由来する始原生殖細胞は,卵胞形成に必要な胎仔卵巣体細胞とともに成体の卵巣に移植すると成熟した卵母細胞となり,それらは体外培養において受精可能な卵子となる。これらの卵子も受精により個体に発生する2)。また最近では,雌のES/iPS細胞に由来する始原生殖細胞と胎仔卵巣体細胞を凝集培養すると,体内の卵母細胞の成長・成熟過程をほぼ再現でき,卵子を産生することが可能となった。これらの卵子は体内で作られる卵子よりも効率は低いものの,受精により個体まで発生する3)

 マウスより進捗は遅いものの,ヒトにおいてもIVGの研究は進んでいる。これまでにヒトES/iPS細胞から始原生殖細胞に分化させる方法がいくつか報告された4, 5)。ES/iPS細胞由来の始原生殖細胞はヒト胚に認められる始原生殖細胞とよく似た遺伝子発現やエピゲノムを持つことがわかっており,これより先の生殖細胞の分化には卵巣または精巣の体細胞が必要である。

 現時点での研究では,ヒトES/iPS細胞由来の始原生殖細胞はマウスの胎仔卵巣体細胞との凝集培養により,卵原細胞まで分化するとされている6)。これはES/iPS細胞由来の始原生殖細胞が配偶子になれるポテンシャルを秘めていることを示唆する。マウスを用いた研究では胎仔期の精巣または卵巣の体細胞がIVGに適していることが知られているが,ヒト胎児組織の使用は倫理的に問題がある。また仮にそれらが使用できたとしても,その中にある生殖細胞とES/iPS細胞由来の生殖細胞をどう区別するかとの問題も残る。そのため組換えタンパク質等でヒト胎児精巣または卵巣の体細胞の機能を補完するか,ES/iPS細胞からこれらの細胞を分化誘導する可能性が考えられる。今後の研究の進展が期待される。

 IVGにより作られる配偶子は安全なのだろうか? これは常に念頭に置かなくてはならない疑問である。IVGで作られるマウスの配偶子は生体内のものと同等ではない。今後の研究においてその原因を明らかにすることは,IVGの安全性を担保するために,極めて重要である。


参考文献

1)Cell. 2011[PMID:21820164]
2)Science. 2012[PMID:23042295]
3)Nature. 2016[PMID:27750280]
4)Cell. 2015[PMID:25543152]
5)Cell Stem Cell. 2015[PMID:26189426]
6)Science. 2018[PMID:30237246]

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九州大学大学院医学研究院 応用幹細胞医科学講座 ヒトゲノム幹細胞医学分野 教授

1996年明治大農学研究科修士課程修了。東京理科大生命科学研究所助手〔2004年博士(理学)取得〕,大阪府立母子保健総合医療センター(当時)常勤研究員を経て,2005年英ケンブリッジ大ガードン研究所博士研究員。09年京大大学院医学研究科講師,12年同大准教授。14年より現職。


日比野 由利


 不妊治療は多くの場合,カップル間で行われるが,第三者が関与することもある。精子や卵子の提供,代理出産などである。これらは第三者の身体を利用するものであり,商業主義を招くのではないかとの懸念がある。このため厳しい規制をかける国も存在し,日本では日本産科婦人科学会が代理出産を禁止する。一方,厳しい制約を課していない国もある。このような国家間の規制格差が,生殖医療ツーリズムと呼ばれる現象を生み出している。この構造は,富の偏在や女性の貧困化によって支えられている。代理出産プログラム等を安価で提供している国々では,経済的に困窮した女性が金銭的対価を求めて卵子ドナーや代理母として志願する。パンデミックによる経済活動の停滞がこうした動向に拍車をかけている。他方,富裕な人々にとって第三者が関与する生殖医療は,子を持つ権利や家族の多様化を実現する手段として不可欠の役割を果たしている。

 インドやタイはかつて代理出産のハブと呼ばれた。しかし脆弱な法整備も相まって,人権問題が相次いで浮上し,外国人の受け入れを禁止する決定を下した。一方で,インドおよびタイでは自国民に対し,「利他的代理出産」に限って容認する姿勢を示し,インドでは本格的な法整備が進められている。商業的代理出産は貧しい女性の搾取だとのエリート層の言説がある一方で,貧しい女性と家族が現金収入を得るために必要だとの声は,依然としてくすぶっている。国内の意見も一枚岩ではない。

 現在,東ヨーロッパ諸国が生殖医療ツーリズムの受け入れ国となっている。しかし,パンデミック発生と国境封鎖により,依頼者が入国できないまま新生児が取り残される事態が相次ぎ,これをきっかけに代理出産に対する批判が高まっている。

 生殖医療ツーリズムに関しては,これまで受け入れ国の当局による閉鎖と多国籍エージェントによる新たな市場の開拓という循環が引き起こされており,新たな市場が存在する限り,しばらくはこの構造が続くことが予想される。一部の国々では,生殖医療ツーリズムに対する規制が強化される一方で,先進国を中心に代理出産などへの需要は依然として旺盛である。このため送り出し国では,自国の厳しい規制を緩和するような動きも見られる。

 国際機関では秩序形成に向けて,さまざまな調査研究がなされてきた。2018年に国連に提出された特別報告者による報告書1)では,商業的な代理出産は児童の権利条約が禁じる子の売買に相当すると結論付けている2)。一方,米シカゴ大によって調査が行われ,2019年に国連に提出された報告書では,各国は代理出産を禁止すべきではなく,国際的な組織を設立して国境を越えた代理出産を適正に実施できるようにすべきであると提言している3)

 生殖医療ツーリズムをめぐる情勢は,今後,どのような展開になるかを正確に予測するのは難しい。これまで国際機関に提出された報告書を見る限り,さまざまな思惑が錯綜しており,国際秩序形成に向けての明確な筋道ができていないのが現状である。この問題に対する明確な合意形成はなされていない。しかし,代理出産を容認する国が存在し,その国が外国人の受け入れを拒んでいない限り,この問題に対し,国際的に何らかの対応が必要になることは間違いない。


参考文献・URL

1)国連人権理事会.Report of the Special Rapporteur on the sale and sexual exploitation of children, including child prostitution, child pornography and other child sexual abuse material. 2018.
2)早川眞一郎.代理出産は子の売買か――児童の権利条約に関する国連特別報告書について.法学.2020;83(4):108-34.
3)University of Chicago Law School.Human Rights Implications of Global Surrogacy. 2019.

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金沢大学医薬保健研究域 医学系環境生態医学・公衆衛生学 助教

東京都立大大学院社会学科学研究科博士課程単位取得退学。専門は生命倫理学,社会学。「生殖医療ツーリズム」と呼ばれる,海外でビジネス化される卵子提供や代理出産の実態を調査研究する。『ルポ生殖ビジネス――世界で「出産」はどう商品化されているか』(朝日新聞出版)など著書多数。

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