医学界新聞

こころが動く医療コミュニケーション

連載 中島 俊

2020.11.16



こころが動く医療コミュニケーション

患者さんの意思決定を支え,行動変容を促すにはどのようなかかわりが望ましいだろうか。行動科学の視点から,コミュニケーションを通したアプローチの可能性を探ります。

[第1回]医療コミュニケーションと医療者の倫理観

中島 俊(国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター臨床技術開発室長)


 近年,患者さんにどのような医療を提供するのかという“医療の中身”だけでなく,医療者が患者さんと“どうかかわるのか”というコミュニケーションの役割が注目されています。例えば,医療者の共感力の有用性を示す文献の1つに共感力の高い医療者が主治医となる2型糖尿病患者さんは,共感力の低い医療者を主治医とする同疾患の患者さんに比べてその後の死亡率が低いことを示す研究1)などが挙げられます。

 ではなぜ医療者の共感力が患者さんの予後と関連するのでしょう。この作用機序は不確かな部分も多いですが,医療者が患者さん中心の共感的なかかわりを持つことで患者さんの満足度が高まり,アドヒアランスや健康関連行動が促進されると考えられています。

患者に最適なコミュニケーション・スタイルを選ぶ

 患者さんの症状や困りごとの改善に作用する要素は,心理療法全般にまたがる医療者の共感力などの「共通性」と,それぞれの心理療法に特有のスタイルである「特異性」に分類することができます。同様に,医療コミュニケーションの場合も共通性と特異性に分けられます。医療コミュニケーションではさまざまなコミュニケーション・スタイルが開発されており,代表的なものとして,患者さんと医療者が共に参加するヘルスケアの意思決定プロセスである共同意思決定 (Shared Decision Making:SDM),患者さんの行動変容を促すかかわりである動機付け面接(Motivational Interviewing:MI),患者さんに対するエビデンスに基づいた正しい情報の伝え方であるリスク・コミュニケーションなどが挙げられます。

 それぞれのスタイルを選択する際には,たとえ同じ疾患の患者さんを対象とする場合でも,どういった支援が求められているかなどそのときの文脈を考慮する必要があります。例えば表1は糖尿病と肥満の患者さんに行うSDMとMIの特徴を比較したものです2)。両者とも患者さんの自律性を尊重し,良好な関係を築くために患者さんのバックグラウンドを知ろうとする指針は共通しています。しかしターゲットとする患者さんの行動や最終的なゴール地点,そこをめざすための医療者の姿勢は異なっています。医療コミュニケーションを考えるに当たっては,共通性と特異性を意識して患者さんに最適なコミュニケーション・スタイルを選択することが大切です。

表1 共同意思決定と動機付け面接の共通性と特異性(文献2より作成)(クリックで拡大)

患者とのかかわりの判断基準を考える難しさ

 医学教育に携わる方から,「OSCEを受けた最近の医療者は,患者さんとの最初のかかわりを全て『開かれた質問(はい/いいえで答えられない質問)』で応対するので困惑してしまう患者さんがいる」との話を伺ったことがあります。確かに患者さんの気持ちや考えを引き出すためには「開かれた質問」のほうが「閉じた質問(はい/いいえで答えられる質問)」より適しており,多くの有意味な情報を引き出すことができると言われています3)。しかしだからといってマニュアル的にどんなときでも「開かれた質問」を行えばよいわけではありません。先述のコミュニケーション・スタイルの選択と同様, 患者さんとのかかわりについての判断基準はその方の特性や症状の度合い,緊急度などに大きく依存します。ここが医療コミュニケーションの難しいところです。

 また共感的なかかわりが重要ではないケースもあります。例えば,一刻を争う患者さんが救急車で運ばれてきた場合や,いつも同じ薬を服用していて経過も良好な慢性疾患の患者さんが急いで薬の処方を求める場合です。これらの場合,じっくり耳を傾けて共感的にかかわるよりも具体的な処置や処方,アドバイスなどの情報提供を行うほうが適切と言えるでしょう。医療者は医療コミュニケーションが文脈や相手の望むものを考慮した上で行われるべきという前提を忘れてはいけません。

医療コミュニケーションは「介入」なのか?

 ある疾患や問題に対するコミュニケーション・スタイルが他のかかわりよりも優れているかを検証するための無作為化比較試験4)では,特定のコミュニケーション・スタイルの有効性や限界が示されています。このようにエビデンスが積み重なるにつれて,「医療者はそれらのスタイルを用いて,どの程度まで決められた選択や変化に向けて患者さんを促していいのか?」という中立性(不偏性)が,倫理的観点から議論されています。

 医療者の中立性や患者さんの意思決定は大切ですが,それを求めるあまりに患者さんに 「これから禁酒の動機付けを高める面接をしてもよろしいでしょうか?」と承諾を得た上でかかわることには,多くの医療者が違和感を覚えると思います。

 中立性を理解するためには,優秀な医療者とやり手の営業マンの違いがよく挙げられます。両者は高いコミュニケーション能力を持っていますが,前者の中心となるマインドは患者さんの利益であるのに対し,後者は営業マンの利益にあります。患者さんの事前の承諾なしで行われる医療コミュニケーションでは「誰に利益があるのか?」に一層留意する必要があります。例えば研究や治験を導入するインフォームド・コンセント時であれば,医療者が患者さんに特定の方向への意思決定や行動変容を促すコミュニケーション・スタイルを用いることは望ましくないでしょう。

 以上を踏まえた対人援助職のかかわり方を表2に示しています。①のように患者さんの価値観や人生に影響を及ぼす意思決定では医療者に強く中立性が求められるのに対し,②や③は緊急度の高さや患者さんの生死,生活の質など医療福祉的観点からも利益が明らかです。そのような場合は個人の意思にも十分に耳を傾けた上で特定の方向への意思決定や行動変容を促すかかわりが妥当であると考えられます。また④のような状況下では個人の意思決定や利益に加え公共の利益が大きく関与し,社会全体として特定の方向への意思決定や行動変容を促すかかわりが必要になります。医療者がどこまで患者さんの意思決定や行動変容に中立でいるべきかの判断は,医療者の倫理規範に大きく委ねられているのです。

表2 各状況における医療者を含めた対人援助職のかかわり方(筆者作成)(クリックで拡大)

 医療コミュニケーションでは,医療者が患者さんの「こころ」に働き掛けることで意思決定を支援し,患者さんの行動変容を促していきます。本連載では患者さんとのかかわりをよりよいものにするテーマを取り上げ,医療コミュニケーションのエビデンスやトピックへの理解を深めていく予定です。

今回のまとめ
🖉 目的に応じたスタイルの違いである「特異性」を意識して,患者さんに最適なコミュニケーション・スタイルを選択する。
🖉 医療コミュニケーションを行う上で,医療者の中立性が問題となる。
🖉 中立性を考える上で,医療者の高い倫理観が求められる。

(つづく)

参考文献
1)Ann Fam Med.2019[PMID:31285208]
2)Ann Fam Med.2014[PMID:24821899]
3)J Subst Abuse Treat.2016[PMID:26547412]
4)JAMA Pediatr.2018[PMID:29507952]


なかじま・しゅん氏
2006年北海道医療大心理科学部卒。博士(医学)。東京医大助教,帝京大文学部専任講師などを経て19年より現職。臨床心理士,公認心理師。「患者さんだけでなく,医療者にも優しい医療をモットーに日々臨床や研究に励んでいます」。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook