遠隔教育のABC
[第3回] Postコロナの医学教育と遠隔教育
連載 淺田 義和
2020.08.10
遠隔教育のABC
「遠隔での教育実践が求められた。さて,何から準備すべきか?」。新型コロナウイルス感染症による学修環境の変化を踏まえ,遠隔教育を行う上で押さえたいツールの選択と授業設計のエッセンスを3回にわたり紹介します。
[第3回(最終回)]Postコロナの医学教育と遠隔教育
淺田 義和(自治医科大学情報センターIR部門 講師)
(前回よりつづく)
第1回(3374号)で掲載した7つのポイントのうち,今回は「実際の授業運営」「遠隔教育そのものの評価」の観点を,自治医科大学(以下,本学)の実践を紹介しながら考えます。そして最後に,今後の医学教育におけるICT活用の展望に触れたいと思います。
授業設計におけるLMSの立ち位置は
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い本学では,4月8日に授業・実習の一時中断が発表されたのを受け,Moodleを用いた非同期型による授業運営に着手しました。一般的な講義は時間割通りに開講し,各授業には出席確認も兼ねた知識確認の課題を含めることを基本形式としました。遠隔教育の準備として,Moodleの利用説明会の実施や操作解説動画の作成,FAQの準備などにも取り掛かりました。
7月に入り一部の授業が対面で再開することになり,本稿執筆時点で学生の一部が帰寮を始めています。一方,秋以降も状況に応じてMoodle主体の授業にいつでも変更できるよう,全ての授業に関して教材の準備を進めていくことになり,Moodleでの授業設計のポイントも含めた追加の説明会を準備してます。第2回(3379号)で触れた「新しい常態」への移行が始まっているとも言えるでしょう。
Moodleに限らず,遠隔教育に新たなツールを導入する場合には,このように操作説明等の支援が必須となります。可能であれば授業設計にどう絡めるか,インストラクショナルデザインの観点も紹介できると良いでしょう。
例えば,一般的な学習管理システム(LMS)であれば,PDFや動画等を掲載した「情報の提示」,小テストやレポートによる「課題の提出」,掲示板やチャットなどを用いた「双方向性の担保」などが可能です。また,ゲーミフィケーションなどを通じた「学習意欲の向上」も期待できます。多数の機能が含まれるLMSであっても,各機能の主たる目的はおおよそ上記の内容に集約されます。表では,授業設計の理論であるガニェの9教授事象1)とも試験的に対比させ,LMS等の機能を逆引き的に対応付けました。このように,ツールの機能と授業設計の観点とを結び付けることで,ツールのどの機能を取り入れ,どの機能を見送るべきかを検討しやすくなります。
表 LMSの機能と授業設計の要素との比較例(1~9はガニェの9教授事象の項目)(クリックで拡大) |
次につなぐための評価
コロナ禍で多くの大学は,感染拡大に伴う遠隔教育への移行を余儀なくされたことでしょう。そのため,準備が必ずしも万全ではない状態で遠隔教育の実践が始まったケースが大半かと思います。一方で,今後も何らかの形で遠隔教育を継続する教育機関も多いのではないでしょうか。
今後の改善のためにもこれを機に,現在の遠隔教育の実践に関する評価を行っておきたいところです。具体的には学生や担当教員に対して,遠隔教育の質や従来の授業との比較,ツールの使いやすさなどを調査することです。学生も教員も初めての経験ということもあり,辛辣な意見が出るかもしれません。しかし,中には教育の質改善につながる意見もあるはずです。今回のように何かを新しく始めた場合は,「従来とのギャップ」を調査することでその有用性を確認することができます。
遠隔だからこそ注意すべき学習時間と課題の分量
授業時間と課題の量の観点を例に評価について考えてみましょう。非同期型では特に,LMS等を用いた小テストやミニレポートを各回の授業の到達度を確認するために用意することも多いと思います。一方で,卒前教育では毎日ほぼ全てのコマの時間割が埋まっていることでしょう。気を付けるべきは,以下の2点です。
1)講義動画や資料の閲覧は,授業時間の何割くらいを占めているか?
2)従来の授業では,毎回の授業で課題を課していたか?
もし,1)が「ほぼ100%の時間」であり,2)が「No」であれば要注意です。この場合は「授業時間中,学生にはこれまでと同程度かそれ以上の負荷が掛かっている」ことに加え,「これまでは存在しなかった各授業で課す課題が必須」となります。
例えば本学では,1コマ70分の授業に対し,動画教材は20~30分程度を目安としています。仮に30分の動画でも,1度停止し,重要なところやわからなかったところを繰り返し再生していると,すぐに授業時間を使い切る計算になります。これに加えて各授業に付随する確認テストやレポートの時間を考慮すると,かなりの学習時間が必要となります。
もちろん課外の学習時間も必要ですが,あまりに学習時間数が増えるのは考えものです。可能であれば,科目間で連携を取るなどして,1日あたりの学習必要時間が増加し過ぎないような工夫も必要になるでしょう。特に今後,遠隔教育用の教材を用いて反転授業を計画するといった場合は,こうした学習時間の検討はなおさら重要です。
遠隔教育を含めた教育の「新しい常態」へ
対面授業,シミュレーション,臨床実習――。これまでもさまざまな教育方法が存在していました。本連載では遠隔教育を扱ってきましたが,これもあくまで方略の1つであり,他の方略と並列で扱うべきものとなっています。教育の「新しい常態」として図に示したように,今後は空間的な制約を回避できる遠隔教育,あるいは患者と直接接触せずに練習可能なシミュレーションなどの方略の需要が高まることは想像に難くありません。
図 Post コロナの方略見直しの概念図 |
利用可能な方略の種類はほぼ同一だが,利用割合が大きく変化する。 |
だからといって,これらの方略が他の方略より全面的に優れている,というわけではありません。第2回の図で示したように,遠隔教育だけでは教育が困難な領域も多々あります。一方で,知識の伝達や確認であれば,遠隔教育,特にLMSなどを用いた繰り返しの学習は有用でしょう。全てを遠隔とするのではなく,複数の方略の特徴を組み合わせたハイブリッド型の教育こそが今後期待される一つの形と言えるのです。その点では,初回に触れた反転授業についても,知識の学習は遠隔,実際の演習は対面,というハイブリッド型の一事例といえるでしょう。
遠隔教育はあくまで方略の1つですが,方略と一言でいってもインストラクショナルデザインのような理論としての側面と,LMS等のツールの使い方の側面と,2通りが存在します。これらは車の両輪のようなもので,2つそろってこそ意義のある学習ツールとなります。ICTを活用した遠隔教育等が実践でき,従来の理論と合わせた次世代の教育手法が検討できることが医療教育者のコンピテンシーに含まれる日はそう遠くないでしょう。
新しいものを作り出すことは容易ではありませんが,やりがいもあります。医学教育の分野の変革を期待しつつ,この連載を終えたいと思います。
☑遠隔教育自体の評価を考慮したか
☑遠隔教育以外の要素を検討したか
☑「新しい常態」での授業設計をめざしたか
(了)
参考文献
1)ロバート・M.ガニェ,他著.鈴木克明,他監訳.インストラクショナルデザインの原理.北大路書房;2007.
この記事の連載
遠隔教育のABC(終了)
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