フランス医療制度のいま
[第3回] フランスの薬剤流通事情
連載 奥田 七峰子
2020.03.30
フランス医療制度のいま
[第3回(最終回)]フランスの薬剤流通事情
奥田 七峰子(日本医師会総合政策研究機構フランス駐在研究員/医療通訳)
(前回よりつづく)
語弊を恐れずに端的に仏医療をまとめるとするならば,「手の抜き方がうまく,徹底すべきところは押さえる」であろう。その合理的な優先順位の決定に哲学がある。全3回の連載を通して私が最もお伝えしたかった点が,この合理性と哲学である。第1回(第3361号)の全国共有型電子カルテ,第2回(第3363号)SAMU式トリアージュによる救急医療と続き,最終回となる今回は薬剤制度についてレポートする。
顔写真とマイナンバーの入ったIC健康保険証のヴィタル・カード(連載第1回参照)を提示し,患者は薬局で処方箋の薬剤を購入する。
全国どの薬局も,仏薬剤師会主導で開発された電子お薬カルテがオンラインでつながれており,患者の薬歴が確認できる。これによって患者がどの薬剤をどの薬局で入手したのかわかるので,重複処方や多剤処方もここで可視化される。飲み合わせ禁忌についてもこの電子カルテ画面がアラートを発する。日本ほどではないにせよ仏国も他の先進国同様高齢化が進んでおり,多剤併用は簡単に解決される問題ではない。それでも,この全国共通の一括システムにより患者の薬歴を包括的に管理できる点は,大きく評価できるシステムであろう。
重篤な疾患には公的な支援を
仏国の薬剤制度を語る上で,①調剤なしの薬局,②流通マージンの公定,③薬効別薬価制度・保険制度,④厳格なジェネリック規定の4点が特徴として挙げられる。保険薬であれば医師の処方箋が必要であり,非保険薬には必要ない点は,日本と同様である。
◆調剤なしの薬局
調剤しない仏国の薬局では,医薬品が箱で処方される。1箱当たりの分量は,標準的投与量になっており,注射であれば,注射液が既に充填された形状で1箱に入っている。
メーカー工場出荷から卸売業者,薬局までバーコードで在庫管理するCIPシステムにより流れが可視化されており,トレーサビリティの観点からも箱出しのほうが安全であろう。特にリコールやロット回収の際には,その優位性が顕著である。
◆流通マージンの公定
仏国では,薬局と卸売業者へのマージンが公定されている。薬局での調剤はなく(極めて例外的な特別調剤を除き)全て箱売りであるため,薬局の収入は基本的には1箱当たりの薬価に対するマージンのみである。
特筆すべきは,薬価が450ユーロを超えると卸売業者への,1515ユーロを超えると薬局へのマージンが0%になる点である(図)。通常これら高額薬剤は有効期限が短い等,温度・湿度などの管理が非常に難しい製品で,卸売業者・薬局の作業も複雑になるはずだ。一方でこれらの製品こそ患者の生命を左右するくらいに重要なものであることが多い。そうした重篤な疾患への薬剤でマージンを得る(=もうける)ことは人道的でない,という仏国の医療哲学が見られる制度である。筆者の経験として,これについての不満はオフレコの本音トークでも聞いたことがない。
図 仏国における薬局と卸売業者の公定マージン(クリックで拡大) |
◆薬効別薬価制度・保険制度
仏国では,薬剤の重要性,対象疾患の重大さによって保険カバー率が異なる。端的に言えば,風邪薬と抗がん薬ではその重要性が異なるという考え方である。この「重要性」を科学的にアセスメントする材料としては,対象疾患,対象患者数,既存の治療との比較,公衆衛生保健貢献度によって上市認可・保険収載・薬価収載が決定される。2019年4月に開かれた日本の財務省財政制度分科会で発言された「仏国式の薬剤制度導入」1)の主要部分は,...
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フランス医療制度のいま(終了)
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