図書館情報学の窓から
[第9回] 定義なくして闘えない ハゲタカ雑誌を定義する試み
連載 佐藤 翔
2020.02.17
図書館情報学の窓から
「図書館情報学」というあまり聞き慣れない学問。実は,情報流通の観点から医学の発展に寄与したり,医学が直面する問題の解決に取り組んだりしています。医学情報の流通や研究評価などの最新のトピックを,図書館情報学の窓からのぞいてみましょう。
[第9回]定義なくして闘えない ハゲタカ雑誌を定義する試み
佐藤 翔(同志社大学免許資格課程センター准教授)
(前回よりつづく)
Nature誌に2019年12月11日付けで,ハゲタカ雑誌・ハゲタカ出版から学問の世界を守るために,まずはその定義を定めようじゃないか,という研究者や出版関係者らの取り組みを紹介する記事が掲載されました1)。10か国,43人の参加者らが12時間にわたる議論を重ねた結果,たどり着いた定義には,意外なことに(?)「査読の質」も「雑誌の質」も含まれていませんでした。
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掲載料収入を得るのを目的に,「査読を行っている」と称しながらも実際には査読を行わずあらゆる論文を出版する自称学術雑誌は,英語圏では「predatory journal」あるいは「predatory publishing」,日本では「ハゲタカ雑誌(出版)」や「粗悪学術誌」と呼ばれ,近年問題視されています(本記事では,「ハゲタカ雑誌」と呼びます)。
その一方で,さらっと定義っぽいことを前の段落で書いておいてなんですが,実は「predatory journal」とはどんなものか,その定義についてはっきりとしたコンセンサスがあったわけではありません。コンセンサスのなさが議論の混乱を招き,学問の世界をハゲタカ雑誌から守る闘いの障害となっている……というのが,今回紹介する取り組みの発起人たちの問題意識です。
そこでカナダ・オタワ大の医学研究者や出版関係者を中心に,ハゲタカ雑誌をまずは定義しようというプロジェクト2)が立ち上げられました。これに応えた研究者・出版関係者・助成団体関係者らが集結し,専門家が意見集約・議論を繰り返すデルファイ法によってハゲタカ雑誌のコンセンサスが構築されていきました。
もちろん,ハゲタカ雑誌への対策は以前からさまざまに試みられてきました。記事ではこれらもまとめられています。その多くは疑わしい雑誌のリスト(ブラックリスト)や,逆に問題ないと考えられる雑誌のリスト(ホワイトリスト)を用いる方法,あるいは投稿前の留意点のチェックリストを用いる方法でした。しかしそうしたチェックリストは90以上とあまりに多く存在する上,エビデンスに基づくものは3つしかないとされます。複数のブラックリストやホワイトリストの重複を調べた調査では,ブラックリストとホワイトリストの間にすら重複があり(図),どちらが正しいか判断できないとのことです。こうした混沌とした状況も,ハゲタカ雑誌に関するコンセンサスがないことが一因と考えられます。
図 ブラックリストとホワイトリストの重複(文献1をもとに作成) |
ハゲタカ雑誌のいわゆるブラックリストのBeall’sリスト,ホワイトリストのDOAJに重複して言及される雑誌が41誌ある。 |
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ハゲタカ雑誌・出版について,議論の結果まとめられた定義は次の通りです。「(Predatory journal and publishersとは)自己の利益を優先し,学問を犠牲にするもので,その特徴は虚偽あるいは誤解を招く情報,編集・出版に関するベストプラクティスからの逸脱,透明性の欠如,攻撃的・無差別な勧誘である」。
そもそも「predatory(略奪的な/捕食者の)」という語を使うべきか,というところから議論になったといいます。参加者の一部からは,研究者の中には業績を水増しするためにこうした雑誌を使う者がいるので,出版側が一方的に悪であるかのような表現はどうなのか,別の言葉に置き換えては……とも検討されたそうです。結局,predatoryという語は学術コミュニティ一般ですでに認知されているし,新しい名前に変えるとなると相当なリソースが必要にもなるので,predatoryをそのまま使うほうが良い,という結論になったとされています。この経緯は,日本で定着しつつある「ハゲタカ雑誌」と「粗悪学術誌」という訳をどうすべきか(どちらを使っていくか,あるいは別の語を考えるか)を考える際にも参考になりそうです。
記事では定義の詳細について説明もしています。第一に,ハゲタカ雑誌は「学問を犠牲にしてでも,自己の(もっぱら経済的な)利益を優先するもの」と定義されました。ここはまあ,納得できるところでしょう。
その上で,ハゲタカ雑誌か否かの判断基準となる個々の特徴を4点挙げます。まず「虚偽あるいは誤解を招く情報(false or misleading information)」です。ハゲタカ雑誌の多くはウェブサイトで矛盾した説明を書いたり,偽の住所や編集委員会,インパクトファクター,データベースへの索引付け,査読に関する誤解を招きやすい情報を掲載したりしている,とします。
続いて「編集・出版に関するベストプラクティスからの逸脱(deviation from best editorial and publication practices)」です。出版関係団体による透明性・ベストプラクティスの声明が判断基準とされます。具体的には撤回ポリシーがないこと,オープンアクセスの記事なのに著作権譲渡を要求すること等があれば,ハゲタカ雑誌と疑わしい特徴と言及されました。
3点目の「透明性の欠如(lack of transparency)」が編集・出版に関するベストプラクティスからの逸脱とあえて分けられたのは,透明性についての一部の基準は学術出版一般にまだ浸透していないことと,透明性の欠如はハゲタカ雑誌とそれ以外を区別する重要な基準であるため,とのこと。コンタクト情報や掲載料の詳細,編集委員会情報等の欠如はハゲタカ雑誌の特徴であるとされています。
最後の「攻撃的・無差別な勧誘(aggressive, indiscriminate solicitation)」については,過去の論文に言及した勧誘や,専門外の雑誌からの勧誘は明らかなハゲタカ雑誌のサインである,とされています。
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一方ハゲタカ雑誌の特徴(ハゲタカ雑誌か否かの判断基準)として,雑誌の質,騙す意図,査読の質は除外されました。雑誌の質については,ハゲタカ雑誌と単にリソース不足な雑誌の区別がつかず,両者を区別するのは「騙す意図」の有無であるものの,その意図は外からわからない,とされています。前述の各特徴が満たされているか否かでハゲタカ雑誌かは十分判断可能なので,騙す意図の有無は重要ではない,ともされています。
また,問題のある査読がハゲタカ雑誌を最も特徴付けているにもかかわらず,査読の質を基準から除外したのは議論を呼ぶところだろう,と著者らも考えているようです。記事によれば,査読を重要ではないと思っているわけではなく,査読を評価することは現状では不可能であるためだ,とされています。現状では真っ当な雑誌においても査読プロセスを十分に透明化できているわけではなく,そうなると雑誌の質や査読の妥当性は主観的すぎて判断基準に含めることは不可能である,とされています。
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一番の肝になる部分(査読)が基準に含められない,というのは確かに議論を招くところです。しかし現状では仕方ない,というのもその通りでしょう。とはいえ雑誌や査読の質という研究者の間での議論(というか苦言というか愚痴?)が盛り上がりがちな部分を大胆にオミットしてしまい,現状でも外形的に判断可能な項目に絞り込んだこの定義は,なかなか有用ではないでしょうか。今後ハゲタカ雑誌を議論するときは自分も積極的に用いたいところです。皆さんが雑誌や出版社を判断するときも,多すぎるチェックリストや矛盾するホワイトリスト・ブラックリストに疲弊しそうになったら,この定義からスタートしてみるのが良いのではないでしょうか。
(つづく)
参考文献・URL
1)Nature. 2019 [PMID:31827288]
2)Cobey K, et al. Predatory journals: no definition, no defence. 2019.
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