医学界新聞

未来の看護を彩る

連載 新福 洋子

2020.01.27



未来の看護を彩る

国際的・学際的な領域で活躍する著者が,日々の出来事の中から看護学の発展に向けたヒントを探ります。

[DAY 7]セクシュアルヘルス

新福 洋子(京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻家族看護学講座准教授)


前回よりつづく

 京都大学とWHOが主催したTechnical Consultation on Global Sexual Health Data Needs(世界的なセクシュアルヘルスデータのニーズに関する技術コンサルテーション)に参加しました。セクシュアルヘルス(性の健康)の関連データが,特にアジアで足りていないということで,WHO本部からの担当官のほか,タイ,ベトナム,カンボジア,ラオス,ブータン,シンガポール,マレーシア,バングラデシュ,台湾,日本と英ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(LSHTM)から派遣された専門家が集められ,グループワークの伴う議論を行いました。

 2006年にLSHTMがランセット誌に発表した各国の人口保健調査(DHS)を分析したセクシュアルヘルスの論文1)および各国で行われているセクシュアルヘルス研究が紹介されました。2006年の分析に含まれているのはバングラデシュ,インド,インドネシア,ネパール,フィリピン,ベトナムのみで,その6か国も全てのデータがそろっているわけではない状態でした。集まった個々の研究者が行っているのはキーポピュレーションと呼ばれるリスクの高い集団における調査が多く,そうした小規模の集団では研究者が必要と思うデータを研究者の定義に基づいて収集しやすいのですが,国単位で行われるDHSに質問項目を入れ込むのは,国内でセクシュアルマイノリティや性の多様性が十分に認識されていない場合,非常に難しいのが実情です。

 例えば「性交渉の有無」を問う場合,そもそも回答する人が自身の性をどう認識をしているのか,「異性」との性交渉の有無に加え,「異性」ではない相手と性交渉があるのか,「性交渉」とは何を意味するのか,その定義を一つひとつ丁寧にしていなければ,解釈が分かれてしまいます。妊娠に関連したリスクを検討したい場合,同性との性交渉の有無はそのアウトカムに影響しない可能性が高いのですが,性感染症に関連したリスクを検討したい場合,同性/異性関係なく性交渉の有無はアウトカムに影響する可能性があります。そうした複雑な背景に対し,DHSの実態として定義が示されていない,定義が統一されていないことがほとんどで,回答する人の解釈に委ねられています。

 アジアではさらに,バングラデシュのヒジュラを例とした第三の性の存在や,タイのカジュアルな恋愛関係であるギックなど,性認識とそれに伴う性行動が多様化していることに,調査が追いついていない現状があります。加えて,DHSに調査項目を追加することを国が許可しない,許可が下りて調査しても多くの人が「答えたくない」として回答しないなど,課題は幾重にも重なっています。しかしながら,性行動の実態が把握されないと,性暴力や性差別を含んだ,性にかかわる個人や社会の問題の掌握やその適切な対応などの議論をするベースとなるデータがない状態が改善されません。

 性暴力や差別を減らし,人々の健康をより促進していくための実態をつかむデータを取得するにはどうしたら良いのか,解決策の一つは国際的な共同研究だと思います。国際的にニーズが高まっており,国際比較のためこうしたデータを取得する,ということで関係機関を説得し,調査を進める動きが求められます。

参加者らと京大の時計台の前で(前列左から5人目が筆者)

つづく

参考文献
1)Wellings K, et al. Sexual behaviour in context:a global perspective. Lancet. 2006;368 (9548):1706-28.

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