医学界新聞

インタビュー

2019.10.28



【interview】

デジタル教科書は教育をどう変えるのか

中川 一史氏(放送大学 教授)に聞く


 いま学校教育では,デジタル教科書に関して大きな前進がみられる。「学校教育法等の一部を改正する法律」(平成30年法律第39号)が2019年4月に施行され,デジタル教科書(教科書の内容を記録した電磁的記録である教材)を,通常の紙の教科書に代えて使用することが可能になった1)。改正法施行に先駆け2018年12月には,学校・教育委員会等に向けた「学習者用デジタル教科書の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン」2)も公表された。

 超スマート社会(Society 5.0)という社会変革に向けて人材育成や学校教育の在り方が議論される中,看護教育もこうした時代の潮流を見据える必要がある。デジタル教科書で学校教育はどう変わろうとしているのか。これを受けて看護界ではどのような準備が必要なのか。前述のガイドライン作成に携わるなど,学校現場でのICT(情報通信技術)活用・情報教育に関する研究の第一人者である中川一史氏に聞いた。


――このたび,学校教育においてデジタル教科書が法制化されました。

中川 大きな一歩を踏み出すことができました。ただし注意点が2つあります。まず,デジタル教科書には「指導者用デジタル教科書」と「学習者用デジタル教科書」があって,今回制度化されたのは後者です。教育関係者の間でデジタル教科書というと前者,つまりプロジェクタや電子黒板などの大型提示装置を用いて教師が補助教材を掲示する場面を連想する人が多いのですね。そうではなくて,タブレット端末などの学習者用コンピュータを用いて,児童生徒一人ひとりが使用する場面を想定しています。

 2つ目の注意点として,デジタル教科書の制度化によって学校から紙の教科書がなくなるわけではありません。紙の教科書の使用義務は残したまま,教育課程の一部においてはデジタル教科書で代用できることになります。

「一人1台環境」で児童生徒が学習できるのが将来目標

中川 というのも,現状では財政や環境整備の面で乗り越えるべき課題が残されているのです。例えば,義務教育では紙の教科書は無償給与されますが,デジタル教科書に切り替えた場合にタブレット端末やデジタル教科書の費用負担はどうなるのか。さらには無線LANなどインターネット環境の整備も必要となります。

――前提条件としてICT環境の整備が急務であると?

中川 ただ着実に整備が進んでいることは間違いありません。最近の調査3)では,教員が使用する校務用コンピュータを除いた教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数は6.6人(2012年)から5.6人(2018年)になりました(図1)。また,ノートパソコンやタブレット端末など可動式コンピュータの台数は,30万台(2012年)から85万台(2018年)へと約3倍に増加しました。いまや,教育用コンピュータ総台数約210万台のうち4割が可動式なのです。

図1 学校におけるICT環境の整備状況の推移(文献3より改変)(クリックで拡大)

 さらに,「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画(2018~2022年度)」においては,「学習者用コンピュータを3クラスに1クラス分程度整備する」という目標が掲げられました。これに伴い,2018~22年度まで単年度1805億円の地方財政措置が講じられました。この数値目標を達成することができれば,1日1コマ分程度は児童生徒の一人1台環境での学習が実現する計算です。

――かなりの予算がついたのですね。

中川 2020年度からの新学習指導要領によって,小学校でプログラミング教育が必修化されることなどもその背景にあります。一人1台の環境を整備しなければ,プログラミングの学習は難しいですから。

デジタル教科書は「主体的・対話的で深い学び」の実現ツール

――デジタル教科書の活用によって,実際の授業はどう変わるのでしょうか。

中川 私なりに学習者用デジタル教科書のメリットを整理すると,「書き込みやすい,消しやすい」「文章の一部を切り取って思考の整理ができる」「個の場の活用と共有しての場の活用を行き来できる」「音声を聞いたり映像を見たりすることができる」という4点が挙げられます。

――紙の教科書であっても,書き込みを消したり,コピーを取って文章の切り貼りをしたりすることも可能です。何が異なるのでしょう?

中川 紙の教科書だと書き込みをする際に慎重になりますし,一度線を引いたら普通は消さないですよね。デジタル教科書なら消すことが簡単なので気兼ねなく書き込みができます。

 一例を挙げます。国語の授業では通常,皆で同じ文章を読みますよね。デジタル教科書を用いた授業では,教師の話を聞きながら,児童一人ひとりが自分のペースで課題に取り組む。「読む教科書」ではなく「書く教科書・共有する教科書」なのです(図2)。

図2 「読む教科書」から「書く教科書・共有する教科書」へ(授業のイメージ)
小学校4年生を対象とした国語の授業。児童はタブレット端末を一人1台保持。①教師から提示された課題をもとに,児童は

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