診断エラーの新たな要素「過剰診断」(綿貫聡,徳田安春)
連載
2019.10.21
ケースでわかる診断エラー学
「適切に診断できなかったのは,医師の知識不足が原因だ」――果たしてそうだろうか。うまく診断できなかった事例を分析する「診断エラー学」の視点から,診断に影響を及ぼす要因を知り,診断力を向上させる対策を紹介する。
[第10回]診断エラーの新たな要素「過剰診断」
綿貫 聡(東京都立多摩総合医療センター救急・総合診療センター医長)
徳田 安春(群星沖縄臨床研修センター長)
(前回よりつづく)
ある日の診療
先日,私は非喫煙者の30歳男性の診察を行った。下痢が先行した後の腹痛で,身体所見上は腹痛の局在が明瞭ではなかった。臨床的には胃腸炎の診断と思ったが,本人からの強い要望もあり腹部造影CT検査を行ったところ,腹部に問題はなかったが肺野に5 mm台の結節影が認められた。後日呼吸器内科へ紹介したところ3か月後にフォローアップとなり,そのときには結節影は消失していた。この事例の顛末についてどう解釈したらよいか悩んだ私は,指導医に相談することにした。
過小診断だけが診断エラーではない
診断エラーの領域では,適時に診断に至れないなどの過小診断に関する問題が今までは多く取り上げられてきた。しかし近年,過小診断から見ればコインの裏表とも言える過剰診断(overdiagnosis),特にその背景にある過剰検査が大きな問題として着目され,これを診断エラーの中に含めて考えるべきとの意見が出てきた1)。
過剰検査は,①無症状の患者に対して行われる,推奨されないスクリーニング検査,②症状や徴候のある患者に対して行われる,必要以上の検査とされている2)。
過剰診断は,その診断や関連した治療が患者に利益をもたらす可能性が低い,または必要のない診断が付けられた場合に一般的に使用される用語である3)。もともとはがん検診の文脈で使用されることが多かったものの,最近では幅広い領域において使用される。
過剰検査,過剰診断,さらに過剰治療は,医療の質管理上の問題ととらえられる。不要な検査や治療によって身体的危害,副作用,生活の質への悪影響,個人の医療費増加,医療システム資源の無駄使いや無駄な機会費用を生む可能性がある4)。過剰診断により懸念される内容としては以下がある5)。
・スクリーニングでの過剰診断により意図しない結果が生じる(例:乳房スクリーニングでの上皮内乳管癌の発見)
・患者利益に関するエビデンスのない心血管リスク管理(高血圧治療など)について治療閾値が低下する ・(特に多疾患併存に関して)多剤併用のリスク ・適用が推奨されないはずの母集団に対してガイドラインが適用される ・患者個人の希望と,医療安全管理の視点での推奨が対立する ・『Good medical practice』で推奨されるshared decision makingが行われないことがある ・より高いニーズを有する患者への介入時間が短くなる |
実際に英国では,英NHSのhealth check(健康診断)が,罹患率や死亡率に影響を与えないとの証拠があるにもかかわらず,代謝性疾患対策として経済的インセンティブをもって全国的
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