MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2019.09.30
Medical Library 書評・新刊案内
慶應義塾大学腎臓内分泌代謝内科 編
伊藤 裕 編代表
脇野 修,徳山 博文 責任編集
《評者》槇野 博史(岡山大学長)
AIに置き換えられない「人間的腎疾患診療」とは?
腎臓病診療には血尿,蛋白尿,腎機能の低下といった臨床所見,その原因となる疾患の臨床検査,さらに腎生検で得られた腎組織を免疫組織化学,光学顕微鏡,電子顕微鏡で探索することによって病因診断がなされ,それらは有機的に関連した複雑な診断体系となっています。
その中でも病理診断は重要な位置を占めており,腎組織のスナップショットから病態,さらにその時間的・空間的な経過を説明できるようになるにはかなりの時間と訓練が必要と思います。本書の序文でも述べられていますが,腎病理診断は人工知能(artificial intelligence;AI)に完全に置き換わってしまうでしょうか? 腎臓病にはまだ確立していない疾患概念があり,臨床症状,検査所見,病理所見から新しい疾患概念を提起することは,まさしくクリエイティブな仕事であり,AIには不可能と思います。また腎疾患の経過を腎生検組織から読み取って,患者さんの病態の「物語」を構築し,それを患者さんの心にわかりやすく響かせることもAIには不可能です。さらに腎疾患診療における答えのない臨床的ジレンマに対峙したとき,問題解決能力を発揮して患者さんを導いていくこともAIには困難と思います。つまり腎臓病診療には「人間的な仕事」が多く残されています。
慶大腎臓内分泌代謝内科における選び抜かれた腎生検症例36例は,AIにできない「人間的な腎疾患診療」を行うための道場になっています。症例集やコラムには「原発性アルドステロン症によるmasked CKD」「免疫チェックポイント阻害薬による腎障害」「糖尿病性腎症の始まりは近位尿細管」「IgMPC-TINという新しい疾患概念」など新たに認識された病態や疾患概念がわかりやすく述べられています。またそれぞれの症例提示が病歴,検査所見,プロブレムリスト,腎生検所見,プロブレムリストに関する考察と「物語性」をもって一気に読み進めることができます。さらに,症例提示の最後にある「臨床医として考察を要するポイント」は臨床医の病態の理解に役立つだけでなく,診療上の多くの臨床的ジレンマも取り上げられており,問題解決能力の向上をもたらすものと思います。
困った症例に遭遇したときに本書を手にするのもよし,また美しい腎組織とカラフルな経過表を楽しみながら通読するのもよし,本書の使い方は読者の皆さまの選択と思います。36例の症例をまとめ上げるには並々ならぬ努力が必要であったと思います。慶大の伊藤裕教授,脇野修准教授,徳山博文専任講師,および教室員の皆さまの努力に敬意を表するとともに,多くの腎臓内科医,さらには腎臓内科を志す医師にぜひ読んでいただきたいと願ってやみません。
B5・頁352 定価:本体6,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03850-8


医療職のための症状聞き方ガイド
“すぐに対応すべき患者”の見極め方
前野 哲博 編
《評者》佐々木 淳(医療法人社団悠翔会理事長)
最短距離で自信を持って状況判断するために
「どうしてこんなことで連絡してくるんだ!」
ケアの現場を混乱させる医師の捨てゼリフ,トップ2。
予期せぬ体調変化を起こしたケアの対象者を前に,コメディカルや介護専門職,そしてご家族は,主治医への遠慮と不安とのはざまで苦悩する。
主治医はコールの条件を具体的に設定し,事前に指導しているのか? というと実はそういうわけでもない。その時々の状況判断が必要という理由で「とりあえず連絡を」という漠然とした指示しか出していないことが多い。しかし,医師の「その時々の状況判断」は,実は大部分がある種のプロトコールに基づいて行われている。そのプロトコール,すなわち臨床推論(診断のための医師の思考プロセス)を,チェックリストとフローでシンプルに可視化したのが,本書だ。
もちろん診断に至る全てのプロセスを定型化することはできない。しかし,「とりあえず経過を見ていてよいのか」「急いで医師に相談すべきなのか」までの判断であれば,実は十分に汎用化が可能なのだ,ということをあらためて気付かされた。
そして本書は,医師以外の医療介護専門職が,最短距離で,かつ自信を持って状況判断ができるようさまざまな工夫が加えられている。
ピックアップされたのは,風邪症状や頭痛,腹痛,めまい,むくみなど,ケアの現場で判断に悩むことの多い19の症状。それぞれ病歴の聞き方やチェックすべきポイントが明確に記されている。転倒・服薬ミス・皮膚症状など,個別の状況判断がより強く求められるものを除けば,この19症状で現場の悩みは95%以上カバーされるのではないだろうか。
特に秀逸だと思ったのが「緊急度判断チェックリスト」。見逃してはいけない危険サインのみならず,「これは安心!」という安全サインも網羅され,なぜそれが危険なのか,あるいは安全と判断できるのか,その根拠もわかりやすく説明されている。さらに医療機関を受診しない場合の対応や,そのときに患者さんに説明すべき内容まで網羅されている。
高齢者や認知症の人は,自分の症状をきちんと説明できないこともある。どのように患者さんから情報を引き出せばいいのか,そして,何をどのように医師に伝えればいいのか。この2つの点についても,豊富な実践事例とともに,具体的にアドバイスしてくれる。
本書は,「文句を言わずにいつでも相談に乗ってくれる医師がいつでもそばにいる」ような安心感を,ケアの現場にもたらしてくれるのではないだろうか。これからは医師に電話するときも,ドキドキする必要はもはやない。必要なタイミングでピンポイントに問題点を伝えてくれるあなたを,医師は有能なチームメンバーとして認識することになるはずだ。それは対等な多職種連携を構築していくためのきっかけになるかもしれない。
前野哲博先生は,大学の尊敬する先輩であり,そして総合診療のパイオニアの一人だ。現場のニーズを知り尽くしたプライマリ・ケア医ならではの内容であると感じるとともに,本書の存在そのものが,ケアコミュニティに対する究極のプライマリ・ケアだと思った。また,研修医はもちろん,高齢者医療や在宅医療を通じてプライマリ・ケア全般に対応することが求められるようになった地域の開業医や勤務医にとっても,日々の診療の助けになるはずだ。
地域医療を担う医師の不足,そして多職種連携の難しさが指摘される中で,本書が果たす役割は非常に大きい。介護事業所や薬局には必備の一冊だと思うし,介護家族にもお薦めできる。施設からの頻回のコールに悩まされている在宅医の先生方は,施設に一冊プレゼントして,症状アセスメントについて一緒に勉強会をしてみてはいかがだろうか。
B5・頁152 定価:本体2,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03695-5


松井 修,角谷 眞澄,小坂 一斗,小林 聡,上田 和彦,蒲田 敏文 編著
《評者》齋田 幸久(東京医歯大特任教授・放射線医学)
真摯(しんし)に病態に迫る画像診断の世界
CT・MRIによって導かれた肝の画像診断の世界でトップランナーであったのが金沢大・松井修先生のグループです。高速CTの登場により,肝動脈と門脈血流を区別して認識できるようになり,肝血流を軸とした肝の画像診断全体が大きく進歩したのが1990年代です。この血管造影を併用したCTA(CT arteriography),CTAP(CT during arterial portography)の適応技術について編著者の松井先生自ら指導のために筑波大まで出向いていただいたのもこの頃です。その当時の松井先生と筑波大の板井悠二先生の関係は特別です。彼は“肝のイタイ”として国際的にすでに名を知られた数少ない日本人の一人であり,1995年に肝血流動態・機能イメージ研究会を立ち上げられました。残念ながら板井先生が亡くなられ,2004年以降にこの会は松井先生に引き継がれました。現在も,全国の肝臓病学,病理学,外科学,放射線医学の研究者が一堂に会する熱気にあふれた1000人規模の大きな研究会です。
『肝の画像診断――画像の成り立ちと病理・病態 第2版』を見ると,これはまさに松井先生の率いる金沢大放射線科の集大成であり,日常臨床と臨床研究の凝集であることがわかります。病理学的知見を背景とし,徹底的に科学的な画像手法に基づいて肝病変を一つずつ洗い出し,丁寧にそれに対しての解答を導き,真摯(しんし)に病態に迫る研究者の姿が浮かび上がってきます。各ページには豊富な症例が呈示されています。全ての肝病変を網羅する勢いであり,“画像解析説明文入り画像アトラス”の様相を呈しています。読影室の脇に一冊置いておくと便利です。
前半に,肝の巨視的および微視的病理,後半に,びまん性肝疾患と限局性肝疾患を対比しています。その基礎には常に肝血流が存在しています。モザイクパターンを示す古典的な多血の肝細胞癌から,門脈血流のみの低下を示す高分化肝細胞癌までを比較しながら肝癌の多段階発育過程を明らかにしています。肝細胞癌周囲の血洞に造影剤が流出する状態をコロナ濃染と名付け,このコロナ領域はやがて化学塞栓術やラジオ波焼灼術(RFA)のために留意...
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