医学界新聞

連載

2019.08.05



臨床研究の実践知

臨床現場で得た洞察や直感をどう検証すればよいか。臨床研究の実践知を,生物統計家と共に実例ベースで紹介します。JORTCの活動概要や臨床研究検討会議の開催予定などは,JORTCのウェブサイトFacebookを参照してください。

[第5回]適格・除外基準を設定する際の要点

前田 一石(JORTC外来研究員/ガラシア病院ホスピス)


前回よりつづく

 臨床研究では仮説を検証するための適切な集団を明確にするため,適格・除外基準を設定します。緩和ケア臨床研究の多くは症状単位で研究が実施されるため,症状の原因・重症度が均一ではない(ヘテロ)との特徴があり,特に注意を要します。加えて,全身状態が悪く予後が限られた集団を対象とすることが多いため,死亡や状態悪化による脱落を減らす観点も重要です。

 今回はJORTCが支援した鎮痛補助薬の研究1)を題材に,緩和ケア臨床研究における適格・除外基準の設定方法を説明します。

 紹介するのは,がんによる神経障害性疼痛を有する患者の中で鎮痛補助薬のガバペンチノイド(ガバペンチン,プレガバリン)が,不応(十分量まで増量したが無効)または不耐(副作用のため増量困難)であった患者を,抗うつ薬のデュロキセチン投与群またはプラセボ群にランダムに割り付けて,10日後の疼痛の改善を見た研究です。

 の通り研究プロトコルの初版と最終版を比較すると,研究の当初から国際疼痛学会(IASP)の基準で定義された神経障害性疼痛を有する患者を対象とすることが明記されています。疼痛の強さは中等度以上で,臨床的にも鎮痛補助薬の治療を検討するべき集団と言えます。

 研究プロトコルの初版と最終版の比較(研究者の了解を得て作成,詳細は文献1を参照)(クリックで拡大)

仮説検証のため対象集団を明確化する

 神経障害性疼痛全般が対象であるような初版の記載に対し,最終版では化学療法誘発性末梢神経障害性疼痛(CIPN)や術後神経障害性疼痛(以下,術後痛)は除外されることとなっています。研究グループの関心(interest)の対象が,既存のエビデンスがあるCIPNや術後痛ではなく,エビデンスの乏しい「それ以外の」がんによる神経障害性疼痛であることから,そのような症例を選択するために設定された除外基準と考えられます。同様に,初版の段階で規定されていたガバペンチノイドに対する不応・不耐については,どの用量まで使って無効であれば不応と判断できるのかなどが最終版で具体的に規定されました。

 このようにヘテロな集団の中で,自分たちが仮説を検証したいのはどのような患者集団なのかを明確にし,同定するための基準設定が重要です。病態ごとに疼痛の原因をより細かく分類できれば集団の均一性(homogeneity)は向上しますが,一方で適格となる患者数は減少するため症例集積が大変になります。また,研究結果が適応できる範囲(一般化可能性:generalizability)が限定されます。病態理解,研究の実施可能性,結果の適応範囲の大小などのバランスを考え決定することになります。

試験治療以外の効果を最小化する

 除外基準の最終版に加わった,「進行中の麻痺症状のある患者(緊急放射線照射予定,手術予定患者を含む)」があります。これは今まさに,がんの影響で脊髄圧迫が起こっている,または悪化している症例で,数日以内に完全な麻痺に至ったり,著しい疼痛になったりと,病気の状態が登録時と大きく変わってしまう可能性がある患者を除くことを意図して設定されたものです。また放射線や手術により脊髄圧迫の程度が変化すれば痛みが改善する可能性もあり,このような症例を除外できるように基準を設定したと考えられます。

 試験治療以外で大きく病態を変化させるような治療を受ける人をあらかじめ除外することや,試験期間中はそのような治療を併用することを禁止するのも臨床研究ではよく行われます。しかしあくまでも,症状に苦しむ患者さんに最善の医療を提供するという大前提を忘れてはいけません。

 この研究では抗うつ薬を使用している患者は除外対象としていますが,ステロイド,オピオイドやその他の緩和治療薬については直近に変更していなければ研究対象として良いことになっています。またクロナゼパムなどのベンゾジアゼピン系薬は,神経障害性疼痛に対して用いられることもありますが,睡眠薬として用いられているのであれば除外基準には含めないとしています。これは実臨床での使用状況を判断して,患者さんに不利益を生じさせないように配慮された結果と思われます。

死亡や状態悪化による脱落を減らす予後の規定

 対象集団の予後についての規定も緩和ケア領域の研究では重要です。本研究の観察期間は10日間で,予後が短い患者ではこの期間中に亡くなってしまう場合があります。亡くならなくても,内服ができなくなって試験を継続できなくなる可能性もあります。

 緩和ケアの対象者のように時間経過による状態の変化が多くみられ,症状の原因や重症度,治療方法が変化していく集団では,どの時期のどのような集団を対象と考えるかは極めて重要です。本研究は予後1か月以上が予想される患者を対象としており,緩和ケアを受けているがん患者でも,本当の終末期の段階より少し前の段階の人を対象としていると読み取れます。

 一方で,担当医の予後予測は過度に楽観的になることが知られています2)が,この点は問題ないのでしょうか。

 研究によっては各種の予後指標(Karnofsky Performance StatusやPalliative Prognostic Indexなど)を適格基準に含めているものもありますが,客観的な指標を持ち込むことで予後予測の精度が向上し脱落が減るのかどうか確定的な結果は得られていません。ですので,判断は研究者に任されている部分と言えます()。

 登録時に予後1か月以上と予測して研究に参加していただいても,その後に状態が悪化して研究を続けられなくなったり,亡くなられてしまったりすることはどうしても起こり得ます。そのような場合,悪い結果が試験治療に関連するものかどうかを判断しなければなりません。脱落した症例では症状の強さを測ることはできませんから,解析のときに欠測をどのように扱うかなど付随する問題が生じてきます。なお,有害事象への対処や欠測の扱いについては連載の別の機会に扱います。

今回のポイント

・適格・除外基準の設定には,①一般化可能性を考慮しつつ仮説を検証するための適切な集団を明確にする,②死亡や状態悪化による脱落を減らす,の2つの観点が重要である。
・試験治療以外で大きく病態・症状を変化させるような治療を制限することもあるが,患者さんに最善の医療を提供するという大前提を忘れてはならない。

つづく

:日本がん支持療法研究グループ(J-SUPPORT)が関与する「支持療法・緩和治療領域研究ポリシー(総論)」にも詳しく書かれているのでご参照ください。

謝辞:本研究の研究責任者である近畿大心療内科/緩和ケアセンターの松岡弘道氏に資料提供と助言をいただきました。感謝の意を表します。

参考文献
1)Matsuoka H, et al. J Pain Symptom Manage. 2019[PMID:31254640]
2)Glare P, et al. BMJ. 2003[PMID:12881260]

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