医学界新聞

図書館情報学の窓から

連載 佐藤 翔

2019.06.03



図書館情報学の窓から

「図書館情報学」というあまり聞き慣れない学問。実は,情報流通の観点から医学の発展に寄与したり,医学が直面する問題の解決に取り組んだりしています。医学情報の流通や研究評価などの最新のトピックを,図書館情報学の窓からのぞいてみましょう。

[第1回]超略史・図書館情報学と医学

佐藤 翔(同志社大学免許資格課程センター准教授)


 今号より,「図書館情報学の窓から」と題して月1回連載することになりました,同志社大の佐藤翔と申します。本連載では医学・生命科学の情報流通や研究評価等の最新トピックについて,図書館情報学の立場から紹介したり切り込んだりします。関心をお持ちいただければ幸いです。

 と,いきなり言われても「週刊医学界新聞」読者の方の大半にとって図書館情報学なんて聞いたこともない学問でしょう。一方で図書館情報学の立場からすると,医学・生命科学は重要なお得意様かつ研究フィールドであり,(少なくとも著者は)一方的に親近感を抱いています。また,医学分野の研究者の多くも間接的に図書館情報学の成果を活用したり,同じ問題にアプローチしたりします。連載初回では今後の導入を兼ねて,そんな図書館情報学と医学のかかわりについて述べていきます。

 5千年以上さかのぼれるとも言われる医学史に比べれば吹けば飛ぶような存在ですが(そもそも図書館の歴史自体,さかのぼれても4千数百年程度と言われています),図書館情報学という学問にもそれなりには歴史があり,その起源は第二次世界大戦中の原子爆弾開発計画・マンハッタン計画にあると言われます1)。計画の成功(と表現すべきか否かはさておき,当初目的の達成)は基礎科学に多額の予算を付け,研究をプロジェクトとして推進することが国力に直結することを示しました。戦後の米国ではその経験を踏まえ,米国立科学財団(National Science Foundation;NSF)が設立され,プロジェクト単位での科学研究への助成が行われるようになります。現代のわれわれが慣れ親しんだ科学研究のスタイル(助成金を獲得し,研究を進め,論文を書き,次の助成金につなげる)はここから確立していくことになります。

 研究プロジェクトの成功をアピールするためにも,あるいはそれにかかわる研究者が自身の業績をアピールするためにも,重要になるのは研究業績の発表,すなわち(査読済み)雑誌論文です。以前から雑誌そのものや掲載される論文の数は増える傾向にありましたが,第二次世界大戦以降,そのペースはとどまることを知らず,「科学の指数的増大」と呼ばれる現象が観察されます。コンピューターが一般に普及していない時代,増え続ける論文を処理するのも,探すのも,読むのも多大な苦労が伴うようになっていきました。

 その解決のために現れたのが,コンピューターを用いて学術情報を処理・管理しようとする「ドキュメンテーション」という研究領域でした。要は,論文を始めとした学術情報を整理することで検索できるようにし,入手も容易にし,他にも使いやすさや新たな付加価値創造のためにいろいろ工夫をしよう,というのがドキュメンテーションです。これが元々存在した図書館学(図書館の運営に資する新たな知見を,科学的手法を用いて生み出す領域)に加わることによって,現在の図書館情報学は形作られています。その成果は文献データベースや電子ジャーナル,各種の研究評価指標,さらにはハイパーテキストとWWW(World Wide Web)など,現代の情報流通にさまざまな形で寄与しています(と,図書館情報学者は主張しています。情報工学者に聞くと多分「それは情報工学の成果だ! 引っ込んでろ!」と言われると思います)。

 医学はある意味で,図書館情報学の理想像が体現された分野です。元々,医学分野は大学医学部・病院などが独自の図書館を持っていたことから,専門の職能団体も早くから存在していたのですが,なんと言っても現代の医学と図書館情報学のかかわりを考える上で外せないのは,米国立医学図書館(National Library of Medicine;NLM)の存在であり,NLMが作成する文献データベースMEDLINEと,そのWeb版であるPubMedでしょう。コンピューターを用いた医学文献データベースは1960年代に既にNLMによって提供され始めますが,さらにその前身は19世紀に軍医かつ司書であったジョン・ショウ・ビリングスが刊行した,印刷物になった検索ツール『Index Medicus』(写真)にまでさかのぼります。医学という領域の重要性と,元々の文献数の多さがコンピューター登場以前から情報整理のための取り組みを生み,それがコンピューターによって機械化され,ネットワークの普及に伴いオンライン化され,WWWが出ればPubMedが出て……と,時代に応じていち早く変化を遂げてきたわけです。

写真 医学文献データベースの前身『Index Medicus』

 その更新を実現することと,実現した成果を広く他領域にも浸透させることは,図書館情報学者の重要な役割の一つです。近年でいえば,NLMの設置母体であるNIHが掲げた「NIHの研究助成を受けた者はその成果を無料で公開すべし」という,パブリック・アクセス方針と,その実現手段であるPMC(PubMed Central)がこれに当たります。特にパブリック・アクセス方針の影響力は絶大で,各国による近年のオープンアクセス(以下,OA)義務化方針のモデルとなっています。

 逆にいえば,その時代において,図書館情報学がアプローチし,解決すべき先端的な学術情報流通のトピックがよく生み出されているのも医学・生命科学分野です。例えば現代の図書館情報学者がしばしば取り組むトピックとして,OA,査読,研究評価などがあります。このうちOAの源流をたどっていくと,BioMed Central社をモデルとするOA雑誌のビジネスと,発展途上国における医療情報へのアクセス問題が大きく影響していました。また,査読制度のある学術雑誌を第一の発表の場とすべし,という規範を定めたのは『New England Journal of Medicine』誌の編集長であったフランツ・インゲルフィンガーであり,その査読制度の問題の一つの結実であるハゲタカ雑誌が最も跋扈している領域も医学・生命科学です。現代の研究評価の基盤である論文の引用関係を調べ上げ,それを情報探索や雑誌の評価に用いることを開始したのはユージン・ガーフィールド博士でしたが,その当初の対象は遺伝学領域でした2)。ほら,どれも医学・生命科学領域が発端です。

 そんなわけで,図書館情報学と医学はこと情報の流通について,しばしば同じ問題に取り組んでいる……というか,領域としての医学が直面している,手法としての医学では解決できない問題を「なんとかできないもんかねえ」と試行錯誤しているのが案外,図書館情報学であったりするわけです。そんな「図書館情報学」という窓を通して,医学界隈のどんなトピックが今注目されているか,解決策は何か考えられているのか等を,この連載では紹介していければ幸いです。何卒お付き合いのほど,よろしくお願いいたします。

つづく

参考文献
1)佐藤翔.マンハッタン計画と「電子図書館」の神話――学術情報流通の近現代史.Musa:博物館学芸員課程年報.2015;29:7-18.
2)窪田輝蔵.科学を計る――ガーフィールドとインパクト・ファクター.インターメディカル;1996. p220


さとう・しょう氏
2013年筑波大大学院図書館情報メディア研究科博士後期課程修了。博士(図書館情報学)。18年より現職。利用者サイドから図書館・電子図書館について分析することを主な研究テーマとする。文科省研究振興局学術調査官(図書・学術情報流通担当),国立国会図書館図書館協力課調査情報係非常勤調査員。

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