医学界新聞

寄稿

2019.05.13



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
当直時の検査計画に困らないためのスキル

【今回の回答者】田中 和豊(福岡県済生会福岡総合病院臨床教育部部長兼総合診療部主任部長)


 新しい年度が始まり約1か月が経過した。この春に医師となり,1年目として初めて当直を経験した方も多いと思う。臨床研修の開始から1か月ばかりの現時点では,救急当直という非日常的な診療環境で右も左もわからない状況だろう。

 筆者も初期研修医時代,非日常的な救急当直の現場にいきなり放り出された。しかし,この五里霧中の救急当直を筆者が繰り返す中でひとつだけわかったことがあった。それは「とりあえず検査を出せば良い」ということだ。何らかの検査さえしておけば,その結果が出るまでの間に書籍を調べたり(当時,インターネットはなかった!),上級医に相談したりすることができた。

 今回は救急当直でほとんど全ての患者に行うであろう「検査」そのものについて考えたい。


■FAQ1

救急患者は最終的に検査を行うことになるので,問診・身体診察を行う必要はない,あるいはその必要性は低いのではないでしょうか?

 確かに救急医療では問診・身体診察を飛ばして最初に検査を行う場合がある。例えば胸痛患者である。胸痛の患者で最初に心電図を記録するのは,その患者が急性冠症候群であるかどうかを知りたいからだ。この場合,問診・身体診察を省略して検査から診療を開始する理由は,病状が緊急治療を要する可能性があるためである。

 このように救急医療の現場では,緊急治療の可能性がある場合,通常の外来だと「主訴→問診→身体診察→検査→診断→治療→マネジメント」の順序で行う診療を,あえて「主訴→検査→問診→身体診察→診断→治療→マネジメント」というように順番を入れ替えて診療する(図1)。ここで,順番を入れ替えて「主訴→検査→問診→身体診察→診断→治療→マネジメント」となったが,「問診→身体診察」は省略していないことに注目してほしい。

図1 通常外来と救急医療における診療順序の違い(クリックで拡大)

 最初に検査を行い診断が明らかと思われる場合にも,あえて「問診→身体診察」のプロセスを省略せずに「主訴→検査→問診→身体診察→診断→治療→マネジメント」という面倒な過程を愚直に行うのは誤診を防ぐためである1)

 ここで仮のケースを考えてみよう。救急外来を受診した胸痛患者の心電図から,明らかにST上昇型心筋梗塞が疑われた。しかし,よく話を聞いてみると背部痛が先でそれから胸痛が起こっていた。この場合,急性大動脈解離が強く疑われることとなり,おのずと治療も異なってくる。

 つまり,同じ心電図の波形であっても,問診と身体診察の情報で診断が変わってくるのである。このことから,検査データは絶対なものではなく,必ず「問診・診察・診断・治療」という一連のcontextから病状は把握されなければならないと言える。

Answer…同じ検査データでも,問診・診察の情報で診断が変わり得る。したがって,検査を先に行った場合でもその後必ず問診・診察を行うべきである。

■FAQ2

救急患者の診療では,診断を確定して適切な診療を行うために,できるだけ多くの検査を行ったほうがいいのでしょうか?

 診断の正確度を限りなく100%へ近づけるためには,理論的に考えれば検査は多ければ多いほうが良いのは明らかである。しかし,実際の医療,特に救急医療の現場では,1人の患者に対して医療資源と時間を無限に費やすことは不可能だ。制限された医療環境と時間の中でできるだけ多くの検査を行おうと考えることは賢明な判断ではない。

 そこで,制限がある中で診断の正確度を落とすことなく検査を行うために,われわれは発想を転換する必要がある。すなわち,個々の患者に対して診断の正確度が最大となるような検査の組み合わせを行うように戦略を変更するのである。言い換えると,検査の数を“最大”にするのではなく,診断の正確度を“最大”とするために検査の組み合わせの“最適解”を模索するのだ。

Answer…検査を無限に行うことは実際の医療現場では物理的制約から不可能である。それならば,何から何まで検査する方法から,診断の正確度を“最大”にするための“最適解”となる検査の組み合わせを模索する方法に戦略を変更する必要がある。

■FAQ3

“最適解”を選択するためにはどのようにして検査計画を立てればいいのでしょう。

 診断の正確度と治療の効果を最大にするため,確率統計学的手法を臨床医学に応用したのがEBMである。EBMでは,診断の正確度を“最大”にするための“最適解”となる検査の組み合わせを決定する方法として,感度・特異度(あるいは陽性尤度比・陰性尤度比)の指標に基づき最適な検査の選択を行うことが推奨されている。実際には,感度の高い検査と特異度の高い検査の組み合わせが最適な検査の組み合わせとされている。

 そして,このEBMで用いる確率統計学の原理となっているのがBayes統計学と呼ばれるものだ。このBayes統計学は,厳密で客観的な精密数理化を志向する頻度主義統計学派から“異端の統計学”というレッテルを貼られ,表舞台から抹殺されていた統計学である。しかし現在,Bayes統計学はコンピュータ,医学,金融工学,心理学など,多彩な領域に応用され,“Bayesian Renaissance”と呼ばれる約250年ぶりの復興を迎えている。

 これらの統計手法の特徴を簡単に説明すると,頻度主義統計学的アプローチは時間の流れに沿って「運命の確率を知る」方法であるのに対して,Bayes統計学的アプローチは時間の流れに逆らって「運命を変える確率」を知る方法であると言える。実際の医療では頻度主義統計学的アプローチとBayes統計学的アプローチの両方を用いることになる(図2)。

図2 医療における頻度主義統計学的アプローチとBayes統計学的アプローチ(文献2より)(クリックで拡大)

Answer…限られた医療環境と時間の中で診断の正確度を最大にするためには,感度の高い検査と特異度の高い検査を組み合わせることによって最適解を見つける努力をする。

■もう一言

 検査の最適解を選択するためのEBMの理論はわかったが,実際の救急現場ではそれでも検査を余分に行う場面は少なくない。結局,最終的に検査するのであったら,最初から感度とか特異度とか難しいことを言わずにとりあえず検査しておけば良かったのではないかと思うこともまれではない。

 このようなジレンマを解決するためのひとつの案は,指導医側としては「この疾患には救急室でここまで検査する」という取り決めを関連診療科との間でつくること,研修医側としては上級医から言われた検査をただ単にオーダーするのではなく,自分なら検査の最適解をどう選択するのか考えながら診療を行うことである。

参考文献
1)田中和豊.問題解決型救急初期診療 第2版. 医学書院;2011.pp4-5.
2)田中和豊.問題解決型救急初期検査 第2版. 医学書院;2019.pp26-29.


たなか・かずとよ
1988年慶大理工学部卒後,94年筑波大医学専門学群(当時)卒。横須賀米海軍病院,聖路加国際病院を経て,97年米ベス・イスラエルメディカルセンターで内科レジデント。2000年より聖路加国際病院,03年国立国際医療センター(当時)勤務。04年福岡県済生会福岡総合病院救急部,12年より現職。『問題解決型救急初期検査 第2版』(医学書院)など著書多数。

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