医学界新聞

連載

2019.04.15



ケースでわかる診断エラー学

「適切に診断できなかったのは,医師の知識不足が原因だ」――果たしてそうだろうか。うまく診断できなかった事例を分析する「診断エラー学」の視点から,診断に影響を及ぼす要因を知り,診断力を向上させる対策を紹介する。

[第4回]診断エラーの予防:認知バイアス②

綿貫 聡(東京都立多摩総合医療センター救急・総合診療センター医長)
徳田 安春(群星沖縄臨床研修センター長)


前回よりつづく

ある日の診療

 以前から救急外来を頻回に受診している70歳男性。来院のたびに多数の身体症状を訴えるも,問題となる身体疾患は見つからず,身体症状症を疑われていた。その男性が今回も,混雑した救急外来に来院。医師は手早く診察を行い,問題ないと判断したが,患者の了解は得られなかった。「いつもの痛みと違うんだ。動くたびに胸が苦しくなって,ここ数日で回数が増えている」と患者は訴えた。しかし,医師は「頻回に来院する患者がいつもの症状を訴えている」と解釈し,そのまま帰宅させようとした。すると,その場に救急外来の指導医が通り掛かった。

 前回(第3回・3314号)に引き続き,認知バイアスへの向き合い方を紹介したい。私たちが認知バイアスの影響を受けやすい状況として,これまでの研究から以下が示されている1)

身体的・精神的な疲労
 疲れている,眠れていない
 許容量を超えている

感情の問題
 患者に対して感情が生じている

診察のフローの問題
 診察時に邪魔が入っている
 引き継ぎ患者の診療
 診断を決めつけている

 今回は感情の問題と診察のフローの問題について取り上げてみたい。

感情によって分析的思考が活用しにくくなる

 患者が医療者に対して向ける感情を「転移」と呼ぶのに対し,患者に対して意図せず湧き起こる,コントロール困難な医療者の感情を「逆転移」と言う。逆転移には否定的な感情である「陰性感情」と,肯定的な感情である「陽性感情」がある。これらの感情により生じるバイアスが「感情バイアス」であり,認知エラーを生み出す要因となる。

 医師に強い陰性感情を抱かせる患者は“Difficult Patient”と言われ,その対応に臨床現場で多くの問題が生じ得る2)。健康問題や社会背景など,複雑性が高い患者ほど診断エラーが増えることも問題の一つである3)。特に,陰性感情はSystem 2による分析的思考の活用を妨げ,System 1による直観的思考に頼る傾向が生まれたり(第2回・3310号参照),診断の早期閉鎖(early closure)につながったりする可能性がある。

 感情に対する向き合い方として提案されている方法には以下がある4)

陰性感情に気付く
イライラしたら逆に患者の話を聴く
会話の中のちょっとしたことに同意する
感情を言語化する
同僚と共有する

 感情バイアスが存在する状況では,診断は難しい作業と

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