集中治療のエビデンスとどう付き合うか(小尾口邦彦,田中竜馬,大野博司)
対談・座談会
2019.02.11
【座談会】集中治療のエビデンスとどう付き合うか | |
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集中治療では,わかっていないこと,まだはっきりと結論が出ていないことがたくさんあります。
「気管挿管を伴う人工呼吸に,どの鎮静薬をどれだけ使うか」。ICUで日常的に遭遇する問いにも,実はまだ結論が出ていません。はっきりわかっていないことが多い中,患者さんに最善の治療を提供するために集中治療医はどのような戦略を取るべきでしょうか。
集中治療の最前線で常にエビデンスに向き合い,『集中治療,ここだけの話』(医学書院)の出版に携わった3氏にお集まりいただきました。エビデンスをどう集め解釈しているか,集中治療医のアタマの中をのぞき見てみましょう。
田中 エビデンスが限られていても,臨床医は患者にとって最善と思われる判断を下さなければなりません。判断の先送りが難しい集中治療領域で,医師はエビデンスとどう付き合っていけばよいでしょうか。若手医師にとって参考になる考え方を話し合いたいというのが,本日の企画趣旨です。
大野 この3人は経歴や今の立場が異なるので,考え方や学び方,診療スタイルに違いがあるかもしれません。何が違って何が共通するのか,とても関心があります。
田中 大野先生は,集中治療を上級医から教わった経験はお持ちですか。
大野 独学を中心に,研修・勤務先の各科の先生方から教わってきました。卒後5年目の2005年からICUにかかわり始めるまでは,一般内科,腎臓内科,感染症科を中心にトレーニングを受けています。Open ICUで内科系疾患を診るようになって,徐々に外科術後も幅広く担当するようになりました。その過程で人工呼吸器や急性血液浄化療法を勉強しました。
田中 内科系疾患から入ったところは,小尾口先生とは対照的です。
小尾口 私は1999年ごろまで麻酔科医でした。これは私の持ちネタですが,抗菌薬はセファゾリンとチエナムくらいしか知らないような状態で,集中治療に入ってきました(笑)。私も独学で身につけた知識は多かったと思います。
田中 小尾口先生にもそんな時代があったとは。てっきり,出身の京府医大で教えを受けたと思っていました。
小尾口 私が集中治療に移ってきた頃は,医学界でEBMが重視され始めた時期でした。先入観が少なかったことは,エビデンスを自分なりに整理するには結果的に良かったかもしれません。
集中治療の実践は敗血症患者に教わったようなものです。介入に対して結果がすぐにわかり,喜びも悔しさもありながら,もう20年学んできました。
田中 私は2002年以降,呼吸器内科・集中治療科で経験を積んできました。現場でEBMに精力的に取り組むお二人がエビデンスとどう付き合っているのか。エビデンスにまつわる,ここだけの話を楽しみにしています。
エビデンスはこう集める
田中 「そもそも,エビデンスをどう集めるかを知りたい」。若手医師からはこの質問をよく受けます。治療法のエビデンスに関する議論は盛んな割に,エビデンス探しの手法はそれほど話題になりません。まずは,先生方の実践する「エビデンスの探し方」をお話しいただけますか。
大野 雑誌を手当たり次第に読みますね。3か月おきくらいに,集中治療の専門誌とメジャーな医学誌の掲載論文のタイトルに目を通します。ウェブで無料で閲覧できるCritical Care,欧州のIntensive Care Medicine,病院で購読しているCritical Care Clinicsなどです。日本語のINTENSIVISTも良い雑誌です。
小尾口 Critical Careに目を通せば,今話題のトピックスの大まかな流れがわかります。具体的にはどう読み進めますか。
大野 自分の臨床に役立つかという視点で論文を選びます。興味を持っているテーマと,担当患者の診療で疑問に思っている内容が主です。例えば,重症肺炎による敗血症性ショックやNOMI(非閉塞性腸管虚血)の救命率がどうしても上がらない現状に何ができるのか,などを念頭に読みます。
ICUはあらゆる重症疾患に遭遇します。いまひとつ治療成績が良くない疾患の予後を何とか向上させたい,目の前の患者さんを助けたいという気持ちが,論文を読む原動力です。
小尾口 関心のある一つのテーマのウォッチャーになるのは私もお勧めです。そこから少しずつ枝葉を伸ばしていく。そうするとだんだん,自分のエビデンスの世界が広がっていきます。
大野 あとは,若手医師には,レビュー論文から読み始めることを勧めます。その領域の研究の歩みや議論の経過を概観できますし,執筆者のポリシーを感じることもできますから。
田中 原著論文に当たるのも大切ですが,最初は誰かの目線でまとめてくれたものを読むべし,ということですね。
ここまでの話は一領域の治療を深く知っていく方法でしたが,集中治療の共通言語と言える,常識的なエビデンスを知る場合はどうですか。ARDS(急性呼吸窮迫症候群)ネットワークのARMA studyやEGDT(早期目標指向型治療)プロトコールが提唱された経緯など,集中治療の方針決定に欠かせない,必ず持つべき知識もあります。
大野 それも最初はレビュー論文を読むことが一番ではないですか。
小尾口 今は良書が多くそろっているので,研修医は書籍で勉強しても良いと思います。
大野 ただ,絶対に知っておかなければならない研究もあるでしょう。
田中 レビュー論文や書籍に必ず引用されるような,集中治療の歴史に残る重要研究です。
大野 そういった研究はレビュー論文や書籍を入口にした上で,必ず原著論文に目を通してほしいです。必読の論文は思いのほか少なく,集中治療の各分野で10~20本程度と思います。
小尾口 重要論文は原著で,という意見に賛成です。
個別の研究論文の収集が追いつかない人のために,ここだけの話を一つすると……。最新のエビデンスを集めるときに,自分の力だけでなく,同業の先生の力を借りる裏技もあります。私は田中先生や林淑朗先生(亀田総合病院)などとSNSで「お友達」になって,情報収集のおこぼれをいただく「コバンザメ戦法」を併用しているのです(笑)。
田中 そんな方法がありましたか! 普段はなかなか聞けないお話でした。
臨床応用には,治療法の利点・欠点の整理が重要
田中 次は,集めた論文を先生方がどう解釈し,臨床応用しているか聞いていきます。集中治療に関する論文はネガティブスタディも多く,結果の使いこなしに苦労する人が多い印象です。
小尾口 「最新の研究で,Xに対するYは否定された」といった論文ですね。読んで,「この治療法は意味がない」と言う若手医師の勉強熱心さには拍手を送りますが,もう一歩,解釈を深めたいところです。
田中 有効性を否定する報告が出たからといって,医師は臨床で患者に何もしないわけにはいきません。論文を実践に生かすには,「では,臨床ではどうすればよいか?」と考えながら読む必要があります。
大野 例えば,複数の疾患を含む研究で,全体では結果の差が検出できなかったという報告を読み解くとき,その中で効果があったサブグループに私は着目します。水準の高いエビデンスでなくても,臨床では貴重な情報です。
小尾口 結論だけでなく,研究の前提も見ておくべきでしょう。例えばHFNC(高流量鼻カニュラ酸素療法)に関する研究を統合したメタアナリシスでは,患者の組み入れ基準や除外基準はさまざまで,エンドポイントも血液ガス分析から人工呼吸器離脱率や3か月死亡率,中には無気肺発生率まであるのです。
田中 小尾口先生には『集中治療,ここだけの話』で,急性呼吸不全に対するHFNCとNPPV(非侵襲的陽圧換気療法)の使い分けを書いていただきましたね。
小尾口 HFNC,NPPV,酸素療法を比較検討したFLORALI試験を踏まえた意見を書きました。NPPVよりHFNCが優位な結果が出たものです。SSCG(敗血症診療国際ガイドライン)2016で,「ARDSに対するNPPV使用に賛成も反対もしない」と評価を変えた判断に影響を及ぼした研究です。
しかし,試験では除外された疾患があります。急性期NPPVの適応としてエビデンスが高い慢性呼吸不全の増悪,心原性肺水腫などです。そのため臨床では,COPDの急性増悪,心原性肺水腫などには引き続きNPPVを使っています。他の症例は場合に応じてですが,NPPVはスタッフの技量の維持も重要なため,現場の負担が軽いからといって安易にHFNCを選択しないよう注意して判断しています。
田中 スタッフの力量や現場の負担を含めて,施設ごと,症例ごとに臨床応用を検討する考えには同感です。
大野 外部要因の影響が大きいので,絶対的な正解がある治療法は少ないと考えています。明確なエビデンスが存在しない場合,私は解剖学,生理学,薬理学に立ち戻って治療法やデバイスを選択するように心掛けています。組織の酸素化や心機能の程度から患者に必要な介入を推定し,治療法をうまく組み合わせていくイメージです。
田中 職人芸の世界ですね。メリットとデメリットの両面を整理した上で,現場でバランスを判断する。
小尾口 臨床は論文の世界とは異なるので,症例ごとのチューニングが必要です。エビデンスも重視するけれど,臨床とのあんばいを検討するのが集中治療医の仕事と考えています。
「ローカルルール」に惑わされないためには
田中 話してきたように,エビデンスと臨床のバランスの考え方は医師によって多少異なります。それが,病院ごとの実践の相違につながってきます。
小尾口 この3人でも手法が異なる事例は多いはずです。例えば,人工呼吸管理中の鎮静薬の使い方はいかがですか。田中先生は以前,鎮痛薬のフェンタニルが中心で,鎮静薬はほぼ使わないと話していたような気がします。
田中 フェンタニルさえ使わないことが多いです。もちろん,術後など痛みがあるときはしっかり鎮痛しますが。先生方とは,どう違いますか。
大野 病態が落ち着き次第,鎮痛+浅い鎮静です。すぐに人工呼吸器から離脱できそうな場合は鎮静なしです。開心術後はフェンタニル+ケタミンを用いている点が特徴的かもしれません。
小尾口 浅い鎮静をめざす点では大野先生と一緒です。デクスメデトミジン,プロポフォール,フェンタニルを組み合わせて使用します。それぞれ使用量を少なくできるので,多くの重症患者で早期覚醒が可能となります。研修医には,もちろん「小尾口流」と伝えますけれども。
大野 方法は三者三様ですが,早期の人工呼吸器離脱,抜管を目標に手立てを考えている点では共通ですね。
田中 いずれも,早期の覚醒・離床をめざすガイドラインの理念にのっとった方法と言えるでしょう。
目標は共通していても,世界標準から病院独自の方法まで,さまざまな次元の実践があります。経験を積むと両者を区別できるようになりますが,経験の浅い医師はそうとも限りません。何が標準治療かわからなくて困る,という相談はよくあります。
小尾口 人員や機器といった環境的制約がある中で,ローカルルールの存在自体はある程度仕方がありません。場合によっては,「私はこう考えるけれど,今議論になっているので注目してほしい」と語り掛けることにしています。
つまり,指導する側の配慮が必要ですね。教えるときには,世界標準,日本独自,病院独自といった位置付けも伝えなければなりません。鎮静方法もそうですが,「小尾口流」を世界標準と思い込んでしまったら,他院に異動したときに事故や混乱の要因になる可能性があります。
とはいえ,必ずしも全て仕分けして指導者が教えてくれるわけではありません。若手医師には病院を越えて同世代で交流の場を持つことを勧めます。他院の医師がどう考え,取り組んでいるかを若手同士で共有してほしいです。
田中 自分の診療を相対化する機会を持つのは大切ですね。インターネットの発達で,昔と比べて情報交換をしやすい環境が整っています。自分の診療スタイルの他にどんな方法や,議論があるかを知ることは,診療の幅を広げるきっかけになるでしょう。
エビデンスを振りかざすのではなく,他科との信頼関係を大切に
田中 エビデンスとの付き合い方の次なる一歩として,新しい治療法を臨床にどう取り入れていくかを話題にしていきます。集中治療の診療の常識は次々に変わります。大規模試験の結果により,それまでの臨床が大きく変化したことは一度や二度ではありません。
小尾口 ICUは新しいエビデンスを取り入れやすいですからね。従来なら亡くなっていた人が救えるという,目に見える違いがあります。
大野 例えば,2001年に発表されたEGDTプロトコールです。今は否定的なRCTが報告され,生理学的な問題点も指摘されていますが,プロトコールとしては当時,画期的だったと覚えています。
小尾口 私がEGDTプロトコールを知ったのは2004年で,SSCGの初版がきっかけでした。診療を切り替えると,確かに敗血症患者の予後が改善した感触がありました。並行して,エビデンスが少ない割に当院で多く施行されていた血液浄化療法のエンドトキシン吸着法は実施されなくなりました。
田中 EGDTプロトコールの導入で敗血症患者の容態が安定しやすくなり,エビデンスの限られるエンドトキシン吸着法を「飛び道具」的に行う必要がなくなったということですね。
小尾口 そうです。ただ,当初は他科の主治医から飛び道具を依頼されることも多かったです。特に,異動してきた医師が言うのです。「前の勤務先では,ファーストラインだった」と。
田中 どう折り合いを付けたのですか。相手の医師から見たら,小尾口先生のほうが異端者ではないですか。
小尾口 それが,特に踏み込んだことはしていません。おそらく,「どうも最近,ウチのICUでは,敗血症でも患者が死なないらしい」と,結果が自然に伝わって変わったのでしょう。
大野 当院で,エンドトキシン吸着法+CHDF(持続的血液ろ過透析)一辺倒から,状態に応じたCVVH(持続的静静脈血液ろ過)を処方するように変更したときもそうでした。
「エビデンスがあるから変えましょう」と声高に訴え,大きくかじを切るのも時に必要です。しかし望ましいのは,他科から依頼されたケースで結果を出し続けて信頼関係を作ること。処方を足し算していくのではなく,適正な処方に向けた引き算を提案する集中治療へ徐々に変えるスタイルです。主治医や各科の専門医のアセスメントや意見を集約し,エビデンスと解剖学,生理学,薬理学の知見を駆使しながら患者を診るのが集中治療医の責任です。
小尾口 集中治療医には他科の主治医との協働が不可欠です。しかし,EBMから外れる治療は主流ではなく,優先順位は低いことも同時に心得ておかねばなりません。若手医師には治療の位置付けをしっかり評価する心掛けと,チームとしてのバランス感覚を持ってもらいたいと思います。
田中 現在診療している環境下で,最も,患者さんのためになりそうな治療は何か。シンプルに見えて,治療法を決める過程は悩ましいです。そこが集中治療の難しさであり,奥深さでもあります。集中治療のエビデンスとどう付き合うかについて,本日は率直なお話をありがとうございました。
(了)
こおぐち・くにひこ氏
1993年京府医大卒。同大病院,京都第一赤十字病院にて研修。99年京府医大大学院修了後,市立大津市民病院救急診療科・集中治療部に勤務。2011年より現職。博士(医学)。『ER・ICU診療を深める 救急・集中治療医の頭の中』(中外医学社)など執筆多数。「今後は,患者本人が望まない終末期の集中治療に関する『ここだけの話』も話し合うべき」。
たなか・りょうま氏
1997年京大卒。同年沖縄県立中部病院にて研修,99年より米St. Luke's-Roosevelt Hospital Centerにて内科レジデント。2002年米University of Utah Health Sciences Center呼吸器内科・集中治療科フェロー。亀田総合病院を経て,07年より現職。編著『集中治療,ここだけの話』(医学書院)の他,著書多数。「集中治療で救命した後の,長期予後の改善とShared Decision Makingが集中治療のEBMの今後の課題」。
おおの・ひろし氏
2001年千葉大卒。飯塚病院にて研修。舞鶴市民病院内科を経て,04年米Brigham and Women's Hospital感染症科短期研修。同年より洛和会音羽病院。総合診療科,腎臓内科,感染症科,ICU/CCUに携わり,現在はICU/CCUを中心に勤務。「開心術後心房細動の予防,適切な敗血症性ショック診断・治療を一般市中病院ICUでどのように展開するかが今の関心」。
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