優性遺伝と劣性遺伝(福武敏夫)
連載
2019.01.21
漢字から見る神経学
普段何気なく使っている神経学用語。その由来を考えたことはありますか?漢字好きの神経内科医が,数千年の歴史を持つ漢字の成り立ちから現代の神経学を考察します。
[第7回]優性遺伝と劣性遺伝
福武 敏夫(亀田メディカルセンター脳神経内科部長)
(前回よりつづく)
2018年12月11日に日本医学会公開シンポジウム「適切な遺伝学用語のあり方」が開催されました。そこでは2017年9月に日本遺伝学会から唐突に提案された「優性/劣性遺伝」から「顕性/潜性遺伝」への用語変更の問題を主題に,関連学会による検討の報告や各界からの提言がなされました。平日午後の開催であり,私は残念ながら業務のために参加できませんでしたが,賛否が分かれ,戸惑いも多く,結論は持ち越されたそうです。
私は脳神経内科医かつ日本漢字学会員として,この微妙な問題の性急な決着には反対です。その理由を述べる前に,まず確認しておくべき次の3つの原則があると思います。①非科学的思考を排して,あくまでも科学的に議論すること。「劣性」が差別的と言うなら,「劣位半球」や「下位運動ニューロン」,「貧血」はどうなのでしょう。②変更するのなら,遺伝子の働きをできるだけ表すものであること。優性は対立遺伝子における支配性を表し,劣性は従属性を表すもので,「優劣」という対語をなし,不適切ではありません。③漢字/日本語文化としての整合性を保つこと。中国では「顕性」と「隠性」が使われており,「隠顕」は対語をなしています。日本医学会の遺伝学用語改訂に関するワーキンググループに漢字/日本語学者が入っていないのは不思議です。
さて,「優」は「喪に服して憂えて悲しむ人に寄り添う人」が原義で,やさしい→ゆったりしている→力がすぐる,すぐれると変化してきたようです。「劣」は字形のまま「(鋤を使う)力が弱い」が原義です。日本語の「おとる」の「おと」は落つ,落とすと同根で,低い位置にあることを意味し,「おとひと(年下の人)」が「おとうと(弟)」になり,「おとめ(乙女)」や「おとひめ(乙姫)」も派生語です(『古典基礎語辞典』角川学芸出版,2011年)。決して差別語ではなく,大事に守っていく対象を表す言葉です。私の推論では,「すぐる」も過ぎると同根で,年上のことかもしれません。
(つづく)
この記事の連載
漢字から見る神経学(終了)
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