脳梗塞と動脈硬化(福武敏夫)
連載
2018.11.19
漢字から見る神経学
普段何気なく使っている神経学用語。その由来を考えたことはありますか?漢字好きの神経内科医が,数千年の歴史を持つ漢字の成り立ちから現代の神経学を考察します。
[第5回]脳梗塞と動脈硬化
福武 敏夫(亀田メディカルセンター神経内科部長)
(前回よりつづく)
本邦において脳血管障害は長く「中風」と呼ばれていました。「脳梗塞」という言葉はいつ登場したのでしょう。1959年には使用例があるものの,1964年改訂の『南山堂医学大辞典』には採用されていません。Google Scholarによると少なくとも1930年代から「脳軟化」という言葉があって,これは病理的な意味も示すので最近まで使われています。「脳梗塞」と同じ意味での「脳軟化(症)」も1940年代には使用されており,1970年あたりでも散見されます。「心筋梗塞(症)」のほうは1932年頃からの論文に使われています。ついでに“cerebral infarction”と“myocardial infarction”の使用例をGoogle Scholarで検索すると,それぞれ1842年と1878年までさかのぼれます。
梗塞の「梗」と硬化の「硬」はどのように使い分けられているのでしょうか。両方の字の右側の「更」は「㪅」を本字としており,丙=左右にピンと張り出す意と攴=強いるの意を合わせて,緩んだものを引き締めることを表していましたが,転じて「改める」の意味を持ちます。「梗」は木部に属し,堅いとげのあるヤマニレのことであり,そこから「真っすぐ」とか「枝のように堅い」とか「塞ぐ」ことを表すようになりました。Infarctは「詰まる」という意味であり,「梗」と合致します。「硬」は石部に属し,「石のように硬い」ことを表します。Sclerosisは硬くする意味があり,理解できます。結局,「梗」と「硬」はかたさの違いを表しており,前者のほうが後者より軟らかいイメージであり,脳血管内治療で採取される塞栓子の硬さとその周囲の動脈硬化の差と対応していそうです。なお,現代中国では梗塞と同じ意味で梗死も使われ,○○硬化症は単に○○硬化とされています。
(つづく)
この記事の連載
漢字から見る神経学(終了)
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