看護職のキャリアと人材ビジネス(井部俊子)
連載
2018.09.24
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加国際大学名誉教授 |
(前回よりつづく)
8月末に届いた残暑見舞いには,「“猛烈な”暑さが“危険な”酷暑となった今年の夏は,40日間,赤道付近で暮らしたようなものです」とあった。9月になると,病院では次年度の人員計画を立てるため看護師の動向調査が行われるのが一般的である。自己のキャリア開発を考える「節目」の時期がやって来る。
キャリアとは,『広辞苑第7版』では①(職業・生涯の)経歴,②専門的技能を要する職業についていること,③国家公務員試験総合職またはI種(上級甲)合格者で,本庁に採用されている者の俗称,と説明している。一方,カタカナ語の「キャリア」とは,「長い目で見たときの仕事生活のパターンや意味付け」である。職歴や履歴という客観的な事実の記述だけではなく,本人がどのように自分のユニバースとして意味付けているのかという問い掛けが,キャリアを知り,それを節目でデザインする上で重要であるとされる1)。
また,キャリアの語源は,米国文化における独立独行の伝統を精神的支柱とする個人主義にあり,キャリアの所有はあくまで個人にあり,個人の責任を基盤としたものである。したがって,キャリアを発達させたり開発していくためには,そこには必ず自律的な個人が前提として存在することを意味する。主体はあくまでも「自律的な個人」なのである2)。
人材ビジネスが台頭する背景
近年,自分のキャリア開発に民間の有料職業紹介事業者(人材紹介会社)を利用する看護職が急増している。
2000年以前は看護婦・家政婦紹介所が主に中小病院や診療所向けに看護師紹介を行っており,企業も人材紹介免許を取っていたが市場は小さかった。2004年に労働者派遣法が改正され,看護師の人材紹介サービスが大病院にも認知され始めた。2006年の診療報酬改定で,7対1看護が導入され,大学病院なども人材紹介会社を使うようになり,エス・エム・エスを筆頭に,インターネットをフル活用した「量で勝負」のビジネスをする企業が台頭した。2008年のリーマン・ショックによって他の業界で売り上げが上がらなくなった大手人材紹介会社(リクルート,マイナビ,DODAなど)が看護師市場に参入し競争が過熱した。2018年現在,20代から30代の看護師にとってインターネットの人材紹介会社を使うことは当たり前になっていると関係者は指摘する。
厚労省「職業紹介事業に関するアンケート調査」(2013年実施)3)で,有効な回答が得られた求人企業852事業所(有効回収率8.5%)のうち,業種を「病院・診療所・福祉施設」とした164事業所の回答を集計した結果では,看護師の採用方法は,①公共職業安定所(ハローワーク)(51.2%),②民間職業紹介事業者(39.6%),③直接募集(22.6%)④職員の紹介(20.1%),⑤インターネットの求人情報サイト(15.2%),⑥新聞広告への掲載(13.4%)となっている。
キャリア教育の必要性
2013年度に実施した求職中の看護職を対象としたインタビュー調査(n=11)4)では,就職先を探すためにハローワークを利用したことがある者は4人,有料職業紹介事業者を利用したことがある者は6人,うち2人はハローワーク,有料職業紹介事業者のどちらも利用した経験があった。
ナースセンターの利用には,まずナースセンター周知の工夫が必要であること,再就職セミナーの実施回数を増やすことと開催通知手法の工夫,相談時や再就職研修時に保育サービスがあること,駐車場があること,出張・訪問相談会の実施など利便性の向上が挙げられた。ハローワークは認知度は高いが,病院や看護職に関する情報収集には不便であり,積極的に利用されていなかった。
一方,有料職業紹介事業者を利用するメリットが語られた。それらは①迅速で丁寧な対応(登録するとすぐに連絡があり,職場探しを始めるまでのスピードが速かった,希望する就職先への連絡や日程調整の代行など),②施設に関する情報の提供(就職先の聞きにくい情報も教えてもらえる等),③施設側との条件交渉の代行,④履歴書・職務経歴書の作成と面接に関する支援があった。一方,有料職業紹介事業者の利用に懸念を示す意見もあった。
厚労省は,医療機関や福祉施設を対象とした「職業紹介サービス利用の注意点」を作成している。それによると,職業紹介とは「求人及び求職の申込みを受け,求人者と求職者の間の雇用関係の成立をあっせんすること」(職業安定法第4条第1項)であり,雇用関係が成立した場合に,求人者から職業紹介事業者へ手数料を支払うという仕組みが一般的である。その紹介手数料は,原則として事業者が自由に設定できるが,「職業紹介事業に関するアンケート調査」によれば,医師・看護師の紹介手数料は年収の20~30%未満を請求している事例が多いとされる。つまり,有料職業紹介事業者を利用して看護師等を雇用すると,年収の20~30%を余分に業者に支払っているのである。
民間職業紹介事業者に対するインタビュー調査4)では,看護職は就職・転職先が決定した後も,登録を抹消せずにいることが他の職種と異なる点であり,転職を繰り返す求職者もいると述べている。つまり,看護師の個人情報が把握されているということである。昨今は新卒看護師も登録しているという。
大学では2011年に「社会的・職業的自立に関する指導等」(キャリアガイダンス)として,いわゆるキャリア教育が義務化された。看護職が専門的知識・技術を修得し国家免許を得たあと,どのようなキャリア開発を行うのかについて真剣に考えなければならないときである。
(つづく)
参考文献
1)金井壽宏.キャリア・デザイン・ガイド――自分のキャリアをうまく振り返り展望するために.白桃書房;2003.
2)平井さよ子.改訂版 看護職のキャリア開発――転換期のヒューマンリソースマネジメント.日本看護協会出版会;2009.
3)厚労省.職業紹介事業に関するアンケート調査.2014.
4)日看協.平成25 年度 看護職の職業紹介等の実態に関する報告書.2014.
https://www.nurse.or.jp/home/publication/pdf/2014/shoukai-2013.pdf
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