脳卒中によるサルコペニア(吉田朱見)
連載
2018.06.25
今日から始めるリハ栄養
入院したときよりも機能やADLが低下して退院する患者さんはいませんか? その原因は,活動量や栄養のバランスが崩れたことによる「サルコペニア」かもしれません。基本的な看護の一部である「リハビリテーション栄養」をリレー形式で解説します。[第5回]脳卒中によるサルコペニア
今回の執筆者
吉田朱見(一宮市立市民病院脳卒中リハビリテーション看護認定看護師/NST専門療法士)
監修 若林秀隆・荒木暁子・森みさ子
(前回よりつづく)
症例
60代男性。突然会話が成立しなくなり,妻が救急要請した。頭部MRIで左大脳半球全体に散在する高信号を認め,心原性脳塞栓症の診断で入院。意識レベルはGCSでE4V3M5,錯語が多く聴覚理解は不良で,右片麻痺を認めた。入院翌日からリハビリテーション(以下,リハ)と食事を開始したが,スプーンの使用方法がわからず,摂取量は2割程度。食事介助は頑なに拒否。糖尿病,高血圧症,狭心症,心房細動などの既往があり,抗血小板薬や降圧薬,利尿薬など10種類以上の薬剤を内服している。
【入院時所見】身長163 cm,体重62.7 kg,BMI 23.6 kg/m2,Alb 3.6 g/dL,Hb 14.7 g/dL,CRP 0.39 mg/dL。中等度の右片麻痺あり。手すりを使用すれば歩行可能。下腿周囲径は右31.5 cm,左32 cm。水分摂取時のむせがあり,段階1~2のとろみ(スプーンを傾けると流れる程度)1)が必要であった。スプーンや箸の使い方がわからなくなる障害(観念失行)があり,食器に直接口をつけて流し込む状態。
栄養不足への対策が重要な脳卒中のリハ栄養
脳卒中の急性期では意識レベルが不安定で,食事摂取量が安定しない症例が見られます。運動麻痺や感覚障害に伴う摂食嚥下障害も多く見られ,発症後7日以上十分な経口摂取が困難と判断された患者では,発症早期から経管栄養を開始することが勧められています2)。
しかし,患者や家族が経管栄養を希望しないために,不十分な経口摂取のみで経過する症例が見られます。その状態で積極的なリハが行われると,エネルギー消費量が増大するため,栄養に起因する医原性サルコペニアを招くことがあります。回復期リハ病棟では,脳卒中患者の53.6%にサルコペニアを認めます3)。看護師はサルコペニアのリスクを理解し,医師をはじめ多職種に発信し,対策を講じる役割があります。
リハ栄養ケアプロセスで,どう進める?
リハ栄養における看護師の役割は,24時間患者の生活場面の近くにいるという強みを生かし,活動と栄養について観察し,アセスメントを行い,多職種に発信することです。そして,その情報を多職種で検討し,リハ栄養プランを立案し,介入,評価,修正を行います。
❶リハ栄養アセスメント・診断推論,❷リハ栄養診断
入院1週間後に主治医をはじめ多職種で行いました。
【栄養障害】食事摂取が進まず,1日摂取エネルギー量が300 kcal前後。Harris-Benedictの式を用いて算出した基礎代謝量に活動係数とストレス係数を乗じ,1日必要量を1600 kcalに設定(充足率18%)。栄養障害を認め,今後さらに悪化するリスクもある。10種類以上の多剤内服による有害事象として,味覚障害や食欲低下の可能性もある4)が,失語もあり本人の訴えを明確にとらえられない
【サルコペニア】疾患に起因する右片麻痺があり,立ち上がりには軽介助が必要。下腿周囲径は左右ともに30.5 cmに減少した(入院時から-1~1.5 cm)。積極的なリハが実施され,活動に伴うエネルギー消費が増大。筋力低下と身体機能の低下があり,サルコペニアの疑い
【栄養素摂取の過不足】運動麻痺に伴う食事動作の稚拙さや顔面神経麻痺の影響で食べこぼしがあり,栄養素摂取の不足につながる可能性あり
疾患に起因するサルコペニアのリスクに加え,栄養に起因する医原性サルコペニアを合併する可能性が高い状態でした。転倒リスクの回避を最優先するあまり,看護師は活動を制限してしまうこともありました。食事や排泄というADL障害により,自宅退院や地域での生活が困難となることが予測されました。
❸リハ栄養ゴール設定,❹リハ栄養介入
患者のADLやQOLに焦点を当てたゴール設定をします。本人は失語があり,希望を言葉で聞き取れませんでしたが,トイレで座って排尿することを拒否していました。立位のふらつきがあるためにうまく排尿できず,床や衣服を汚してしまうことが多くありました。妻からは「家に帰るためにトイレとご飯を一人でできるようになってほしい」との要望があり,以下の目標を設定しました。
【短期目標(1週間)】1日必要エネルギー量の8割以上を経口摂取できる
【長期目標(1か月)】排尿動作が立位で行える,右手でスプーンを使用して8割以上自己摂取できる
❺リハ栄養モニタリング
体重,下腿周囲径,食事の摂取状況,活動状況などをモニタリングします。その情報をもとに,多職種で検討し,介入内容の追加修正を繰り返します。
看護診断と看護の実際
食事場面の観察で果物を好んでいたため,イチゴ味の栄養剤を試したところ,「おいしい。もっと」と笑顔で飲んでいました。担当看護師を調整役に,現在の問題点と予後予測,対策について多職種で検討しました。
#1 栄養摂取消費バランス異常:必要量以下
【診断指標】食事摂取量が少ない(充足率18%),麻痺や観念失行による摂食嚥下障害がある,味覚変化の可能性がある
【関連因子】失語によるコミュニケーション障害へのいら立ち,利き手である右上肢の不自由さへのいら立ち,多剤内服による味覚障害の可能性,食形態への不満,スプーン使用ができない,リハによるエネルギー消費量の増大がある
◆目標
・1日必要エネルギー量の8割(1280 kcal)を摂取できる ・立位歩行訓練を実施し,立位で排尿できる ◆介入内容
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エネルギー不足下での積極的な機能回復訓練は筋タンパク分解を助長し機能悪化を招くため,まずはエネルギーの充足を優先しました。食形態は患者が食事介助を強く拒否するため,自己摂取が可能な形態であるミキサー食のままとしました。食事動作訓練のために昼食のみ提供し,本人の好みに合った果物味の栄養剤を1日7本(1本100~125 mLで,エネルギーは200 kcal)提供しました。立位での排尿動作の安定のため,立位歩行訓練を実施しました。
介入後の経過
スプーン使用は可能となりましたが動作が稚拙で食べこぼしがあり,さらに時間がかかることから持続せず,食器に口をつけて流し込む状態でした。主食を粥からおにぎりに変更し,家族から聴取した好みの海苔の佃煮や練り梅を付けることで,進んで摂取することもありました。こまめに看護師やセラピスト,妻が栄養剤摂取を促し,栄養剤と食事で1日に1300 kcal程度のエネルギー摂取が可能となりました。下腿周囲径は左右とも30.5 cmを維持できました。
夜間失禁はありましたが,トイレでの立位排尿は可能で,転倒なく経過し,医原性サルコペニアの合併を予防できました。しかし,スプーンを用いた食事摂取は達成できませんでした。入院1か月が経過した頃,利尿薬を含む内服の拒否があり,心不全が悪化(左室駆出率30%)し,さらに前立腺癌の大腿骨転移と診断されました。リハビリの継続で運動麻痺や失行は徐々に回復し,スプーンを用いた食事摂取ができる可能性はありましたが,がんの内服治療継続のため,回復期リハ病院への転院ができず,施設に入所となりました。
今日からこれを始める!●脳卒中は疾患に伴う運動麻痺に加え,リハによる消費エネルギーの増大と摂食嚥下障害による栄養不良が加わり,サルコペニアを合併しやすいことを理解しましょう。
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(つづく)
参考文献
1)日本摂食・嚥下リハビリテーション学会医療検討委員会.日本摂食・嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2013.日摂食嚥下リハ会誌.2013;17(3):255-67.
2)日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会編.脳卒中治療ガイドライン2015.協和企画;2015.
3)Clin Nutr. 2017[PMID:28987469]
4)BMC Geriatr. 2017[PMID:29017448]
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