医学界新聞

2018.05.21



Medical Library 書評・新刊案内


慢性痛のサイエンス
脳からみた痛みの機序と治療戦略

半場 道子 著

《評 者》高橋 和久(前・千葉大大学院教授・整形外科学)

脳科学・神経科学の観点から慢性痛を解読する

 半場道子先生のご講演は何度か拝聴したことがある。痛みに関する脳科学,神経科学についての最新のお話で,大変興味深くお聞きした。しかしながら,あまりなじみのない脳の解剖用語や限られた講演時間の中で,先生が話されたことを全て理解できたとはいえなかった。一度,先生の知識と考え方をまとまった形で伺いたいと願っていたところ,書籍執筆のお話をお聞きし,上梓されたらぜひ拝読したいと申し上げた。本書を拝受後,3日ほどで読ませていただいた。

 本書は,慢性痛を侵害受容性,神経障害性,非器質性に分け,そのメカニズムについて脳科学,神経科学の観点から最新の知見を紹介している。近年の機能的脳画像法や基礎医学的な研究成果を基に,脳を中心とする神経系のダイナミックな機能を解説している。さらに,解明されたメカニズムを基に慢性痛に対する各種の治療法と,その科学的根拠について述べている。それぞれ興味深い内容であるが,中でも“骨格筋は分泌器官であり,筋活動は慢性痛の軽減に有効である。また,筋活動により多くの疾患の原因となる慢性炎症を抑制でき,疾患の予防につながる”という事実は大変興味深く,日常診療でも患者さんの指導に役立てたい知識である。

 本書を読み始めると,聞き慣れない解剖用語や専門用語が多く現れ,読者は戸惑うかもしれない。しかし,気にせず読み進められるのがよい。重要な用語については繰り返し述べられ,その都度意義が解説される。読み進めるうちに自然とその用語が記憶に残り,読者はその意味を多面的に理解することができる。本書は極めて高度な科学的内容を解説しているが,冷徹な科学書ではなく,随所に半場先生の人間に対する哲学ともいうべき優しい思いが述べられている。本書は繰り返し読むことにより,記載内容をより深く理解できる書籍である。

 インターネットなどにより,多くの情報が散乱する現代において,精査選択された情報をコンパクトにまとめた書籍の役割は大きい。本書にはそれぞれの記載の根拠となった文献が添付されており,とくに興味ある内容については検索が可能である。半場先生のご努力に改めて敬意を表する。

 本書は,整形外科,脳神経外科,神経内科,麻酔科,ペインクリニック科,リハビリテーション科ほか,慢性疼痛患者に関与するあらゆる医療関係者,さらに基礎研究者にとって有用な書籍である。ぜひ,ご一読をお勧めする。

A5・頁204 定価:本体3,400円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03428-9


外科系医師のための手術に役立つ臨床研究

本多 通孝 著

《評 者》紺野 愼一(福島医大教授・整形外科学)

無限の可能性を持った若手外科系医師たちへ

 従来,大学での医学研究は基礎的な研究が主流だった。テーマは教授から与えられ,それを従来の手法で行うのが常だった。しかし現在では質の高い臨床研究により,さまざまな疾患の診断や治療の科学的な根拠を明らかにすることが可能となった。臨床研究の質は,研究デザインの質とそのアウトカムが個人や社会にどの程度大きなインパクトを与えるかにより決まる。質の高い臨床研究を行うことは容易ではない。それを教育する資材は極めて乏しい。本書は外科系医師のための臨床研究を行う教材としては最も優れた本といえる。

 1990年代に臨床研究のエビデンスが重要視されるようになり,外科的な疾患に対する診断や治療のエビデンスが求められるようになってきた。本書は,『外科系医師のための手術に役立つ臨床研究』というタイトルである。まず第一に臨床研究を行う場合,質の高い臨床研究をデザインすることが求められる。本書はそのための手順を初心者でも理解できるように平易に記述している。一つの手術手技のエビデンスを明らかにすることは簡単ではない。しかし時代がエビデンスを求めている以上,それに応える臨床研究を行うことが今われわれ外科系医師に求められている。若い医師からベテランの外科医に至るまでぜひ読んでいただきたい一冊である。

 治療はもちろんエビデンスが全てではない。アートも求められる。したがって実際の臨床では必ずしもエビデンスに依存することはない。しかし日常診療で日々さまざまな疑問が浮かんでくる。本当にこの診断や治療は科学的に有効なのだろうか。若い医師には特にその日常の疑問を明らかにできる無限の可能性がある。ぜひこの一冊を利用し,日々の疑問を科学的に証明する努力を惜しまずに行ってもらいたい。本多通孝先生は福島医大低侵襲腫瘍制御学講座教授としてバリバリの臨床家であると同時に,一流の臨床研究を活発に行っている。彼に負けない臨床研究をできる外科医がたくさん育つことを祈念している。

A5・頁244 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03259-9


専門医が教える
研修医のための診療基本手技

大村 和弘,川村 哲也,武田 聡 編

《評 者》徳田 安春(群星沖縄臨床研修センター長)

初期研修医に必要な手技を効率よく学習できる

 総勢49人の各科専門医が研修医にとって特に必要な診察手技を書いた本です。病棟や救急室で必要とする診察手技を網羅していることが特徴です。冒頭の「医療面接」のチャプターは,病歴聴取や診療録の記載の仕方の基本,温度表,小児の診察などが網羅されているだけでなく,これからプロフェッショナルとして成長していく研修医にとって重要な事項もカバーしています。プロフェッショナリズムやフィードバック,臨終の立ち会いかたなどの項目です。

 さらにはコラムとして,臨床倫理コンサルテーションや事前指示,アドバンス・ケア・プランニングなどの具体的なやりかたについて学習することができます。超高齢社会に直面している日本では,全ての医師が,事前指示やアドバンス・ケア・プランニングについての理解と実践方法を身につけることが求められています。2年間もの激しい心理的および肉体的ストレスにさらされる研修医には,ストレスコーピングについての項目は大きな助けになるに違いないと思います。

 次のチャプターは「基本診察法」。豊富な写真やイラストとわかりやすい解説で,基本的な診察方法を身につけるベースを研修医に与えてくれます。診察部位によっては高度な手技の解説も含まれています。特に,頭頸部,眼科,歯科の領域における診察手技については,これまで出版された類書には含まれていなかった技が披露されています。頭頸部の項目では,編集者の一人であり本書の企画を考えられたエキスパート耳鼻咽喉科医の教育への情熱に触れることができます。

 続いて,「基本的な臨床検査」のチャプターがあります。研修医が現場で実施すべき心電図や超音波検査,ベッドサイドの画像診断に加えて,血液型判定と交差適合試験の基本と実施方法について学ぶことができます。評者の研修医時代,深夜の当直時間帯に遭遇した重症多発外傷患者に対し生血輸血診療を行った頃にはいい教科書がなく,検査技師さんから徒弟的に教わり,やっとの思いでマスターしたことを思い出します。今では本書があるおかげで効率的に学べると思います。

 さて,後半の2つのチャプターの「基本的手技」と「外科・救急手技・ベッドサイド手技」が,本書のコア部分であると思います。ここでも写真とイラスト,簡潔明瞭な解説文によって,それぞれの手技の全体像と重要ポイントを短時間でマスターすることができます。基本的手技を学習していく方略として最近ではビデオやシミュレーショントレーニングなどが導入されていますが,学習者の脳内シミュレーションをロジカルに構築するためにも,本書をよく読んでその図表をビジュアルとして記憶しておくと学習効率が高くなると思います。ビデオやマネキンと異なり,プリントされた書物での学習にはグラフィック記憶を促す効果があると思います。

 以上,初期研修医が最も必要とするコンテンツが効率よく学習できる書物です。クリニカルクラークシップを始める前の医学生の時からこの本を持ち歩いて何度も読み返すことにより,初期研修へのスムーズな移行がよりよくできることにつながると思います。

B5・頁304 定価:本体5,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03026-7


死を前にした人にあなたは何ができますか?

小澤 竹俊 著

《評 者》河 正子(NPO法人緩和ケアサポートグループ)

苦しむ人に何ができるか,求め続けた先に見えた道筋

 小澤竹俊先生は,求道者であると思う。緩和ケア医師として長い年月を終末期の方とその家族の傍らで過ごし,本人や家族とともに苦しみながら,援助者として何ができるだろうかと問い続け,探求し続けた。そして到達したことを平易な言葉で書き表してくださった。感謝しつつ読了した。

 本書の流れは序章で明快に示され,各章が続く。第1章「援助的コミュニケーション」では,苦しんでいる人から「この人は私のことをわかってくれる人だ」と認めてもらえるための「聴き方」を学ぶ。第2章「相手の苦しみをキャッチする」では,「苦しみは希望と現実の開き」ととらえ,その苦しみに答えがある(解決できる)のか否かを見極める必要を知る。全ての苦しみをゼロにすることはできないと認めることも必要なのだ。第3章「相手の支えをキャッチする,強める」では,解決できない苦しみの中でも自分にとっての大切な支えに気付くとき人は穏やかでいられると示される。そして第4章「自らの支えを知る」では,苦しむ人の力になれずに苦しむ援助者が逃げないでかかわり続けるための支えを考える。

 全体を通して,意外にもスピリチュアルペイン,スピリチュアルケアという言葉はほとんど現れない。実は小澤先生には,10年ほど前にスピリチュアルケアについてお考えを聞かせていただいたことがある。緩和ケア病棟から在宅診療に転身された頃であった。尊敬し師事してこられた村田久行先生の考え方を基盤として,死を前にした人のスピリチュアルケアに取り組んでおられた。しかし,本書では「苦しむ人に何ができるか」をスピリチュアルケア論として展開してはいない。看取りを幾千と重ねた中から道筋を探索し,誰でも実践できるように具体的なステップを組み上げている。

 筆者もスピリチュアルケアをどう実践するのか考え続けているが,本書は新鮮であった。苦しみを「希望と現実の開き」としてとらえ,答えることのできない苦しみの本質がスピリチュアルな苦しみであるとすれば,スピリチュアルペインを特定する精度は低くてもよいのではないか。答えることのできない苦しみを持ちながらも穏やかでいられるには大切な自らの支えに気付けばよいのであれば,援助者が意識すべきは苦しむ人の支えは何かということなのだと考えさせられた。

 個人の支えは大きく分けると「将来の夢」「支えとなる関係」「選ぶことができる自由」だと小澤先生は語っている。これは村田先生の説く人間存在の「時間性」「関係性」「自律性」を実践の日々に咀嚼(そしゃく)し,「支え」の視点でとらえ直したものであろうか。あえて「スピリチュアル」を封印された潔さに驚きつつ,看取りが誰にとっても身近な課題として迫っている現実への小澤先生の危機感を感じる。

 本書を片手に,私たちそれぞれも何ができるか,求道の歩みを早めていかなくてはならないだろう。

A5・頁168 定価:本体2,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03208-7


発達障害支援の実際
診療の基本から多様な困難事例への対応まで

内山 登紀夫 編

《評 者》田中 康雄(こころとそだちのクリニックむすびめ院長)

発達障害支援分野の半歩先を見据えた予言の書

 本書は,編者の「序」によれば,厚生労働科学研究費補助金による二つの研究を基盤に,主に思春期以降から成人期にかけて発達障害の人を支援する専門家に向けて出版されたものです。

 青年期以降の発達障害の書籍は既に多数出版されておりますが,本書では,従来,支援が難しいと思われる「多様な困難事例」の理解とかかわりについて網羅し,これが大きな特徴となっています。

 内容は9つに分かれています。第1章「発達障害の疫学」ではエビデンスを重視し,自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如・多動症(ADHD)の有病率や原因について言及しています。医療分野にとどまらず,保健福祉分野や矯正施設などの疫学的調査にも触れています。第2章「診断とその方法」では面接方法と最新の評価・診断ツールについて紹介しています。ASDやADHDは年齢,発達状況で多様な様相を見せ,ツールをいかに有効活用しても,結局は行動観察,発達歴聴取によって診断は下されるべきとの編者の弁には強くうなずくことができます。第3章で合併・併存する障害について触れ,第4章では,不登校,ひきこもり,自殺,非行,犯罪など対応に苦慮する二次障害を取り上げ,支援の心構えを説いてくれます。こうした状況を読み進み,第5章で「支援のアイディアは個々の評価に基づき個別化して行われるべき」「(その)アイディアを活用することでより自立的な生活が送れる」ことをめざすべき(p.113)と支援の原則が説かれ,たとえ非行・犯罪問題であっても,復帰支援方法は必ずあると勇気づけられます。支援の各論は第6章で詳述され,本書の大きな柱となっています。各機関それぞれの取り組みを詳しく知ることができます。個々の役割を知ることで,正しい多職種連携が可能になることでしょう。対応に苦慮する方々であっても支援する術はあります,ということでCRAFTや弁証法的行動療法,性加害行為への治療的アプローチといった最新かつ先駆的な支援技法が紹介され,第7章でリスクアセスメントを学びます。リスクアセスメントは「個別の状況を精査することにより,それによって生じうる問題の要因を明らかにし,将来の不測の事態を未然に防ぐために必要な介入のタイプを明らかにする」(p.186)ものと定義され,具体的な手法やアセスメントツールが紹介されています。第8章では,法に触れた発達障害のある方々への5か国の海外情勢が紹介され,結果,日本には日本の取り組みを一刻も早く作る必要があると理解するのですが,その前に,この分野に真剣に取り組む姿勢を,日本はまず示すべきというメッセージを強く感じました。最後の各事例に関しては,読者諸氏が症例検討会に参加したつもりで読むと役立つと思いました。

 本書はエビデンスに裏打ちされた書籍です。読ませていただき,全ての執筆者に敬意を払うとともに,長く発達障害臨床をされている内山登紀夫先生にとって,触法や対応困難事例というのは,避けては通れない課題であったのだろうと痛感しました。

 本書で取り上げたツールや手法は,一般の臨床ではまだ使用できないところもあり,今しばらく待たねばならないことに一抹の焦りを感じつつ,それほどの先駆的なテーマを紹介してくれたことに感謝しています。

 2点,評者として注文があるとしたら,いわゆる虐待・トラウマと発達障害との関係についてあまり言及されていないことと,本書のタイトルが“発達障害支援”となっていることです。前者は,さらに今後の発展を期待したいところです。後者は,本書の内容がASDを対象としているといっても過言ではないため,「自閉スペクトラム症支援の実際」と表記したほうが内容が正しく伝わるのではないかと思いました。中身が非常に優れたものだけに,表題で損してしまわないかと危惧したところです。

 いずれにしても本書は,ASD中心の発達障害支援分野における,半歩先の未来を見据えた予言の書,あるいは大きな方向性を指し示す良書であることは間違いありません。

 どうか,医療関係者だけでなく,連携し合う多職種の方々全てに,ぜひ読んでいただきたいと思います。

B5・頁264 定価:本体5,400円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03239-1


《ジェネラリストBOOKS》
いのちの終わりにどうかかわるか

木澤 義之,山本 亮,浜野 淳 編

《評 者》前野 哲博(筑波大病院総合診療科)

医療者が行うべき行動に焦点を当てた実践書

 人は誰でも死から逃れることはできず,医療者は,いのちの終わりに向き合う機会は多い。ところが,医療者になるためのトレーニングでは,病気を取り除いて回復をめざす治療法については詳しく学ぶものの,エンドオブライフ・ケアについて体系的なトレーニングを受ける機会は極めて乏しい。そのため,往々にして医療者は,患者がいのちの終わりに向かう事実をタブー視したり,自らの業務範囲外と見なしたりしがちである。その上,エンドオブライフ・ケアに正面から向き合おうにも,医療者の個人的な経験や見識に任されている部分が大きいので,具体的にいつから,どのように対応すべきなのか戸惑うことも多い。

 本書『いのちの終わりにどうかかわるか』は,まさにこのテーマに正面から取り組んだ本である。本書は,いのちの終わりが近づいたときの時系列に沿って構成されており,冒頭の総論に引き続いて,評価,予後予測,治療とケアのゴールの話し合いについて取り上げられている。臨死期の対応については,1週間,48時間,臨終時のそれぞれのフェーズに合わせて詳しく述べられており,さらに患者が亡くなった後の喪失と悲嘆への対応と続き,最終章では,アドバンス・ケア・プランニングとベスト・インタレスト論がまとめられている。このように,エンドオブライフ・ケアの全てのフェーズが網羅されているので,本書一冊で包括的にエンドオブライフ・ケアについて学ぶことができる構成となっている。

 各章では,典型的なケースが取り上げられ,簡潔でわかりやすい解説に続いて,ケースへの具体的な対応,そしてClinical Pearlsの順にまとめられている。本書の特徴は,全ての章が,実際に医療者が行うべき行動に焦点を当てた実践書というコンセプトで貫かれていることである。さらに詳しく勉強したい読者に対しては,簡単な解説のついた参考文献リストがついているので,さらに掘り下げて学びを深めるガイドにもなっている。

 エンドオブライフ・ケアの対象となるのは,がん患者の緩和医療のみではなく,病気の終末期になってから考え始めるものではない。医学的な症状にだけ対応すればいいわけではなく,ケアの対象は患者のみでもない。身近なところで,包括的に,継続的に,チームで協調しながら,一人ひとりの状況や価値観を尊重しながら行うべきものであり,本書を読んで,これはまさにプライマリ・ケアの特徴として位置付けられるACCCC(Access, Comprehensiveness, Continuity, Coordination, Contextual care)に通じる概念であることを改めて実感した。

 未曽有の多死時代を迎える今,医療者としての確かなスキルを持って,いのちの終わりに正面から向き合い,最善のエンドオブライフ・ケアを提供するために,プライマリ・ケアにかかわる全ての医療者に,ぜひ一読をお勧めしたい。

A5・頁304 定価:本体4,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03255-1


脳腫瘍臨床病理カラーアトラス 第4版

日本脳腫瘍病理学会 編
若林 俊彦,渋井 壮一郎,廣瀬 隆則,小森 隆司 編集委員

《評 者》嘉山 孝正(山形大医学部参与/国立がん研究センター名誉総長)

脳腫瘍病理の本質を理解するための必携書

 私が医学部を卒業した1975年ごろの脳腫瘍病理は,その分類が世界でまちまちで統一されたものがありませんでした。したがって,治療成績の比較も科学的にはできなかったのです。その後,世界保健機関(WHO)が79年に脳腫瘍を世界共通の分類でまとめました。日本では,88年に医学書院が本書の初版を世に出しました。それ以前は,欧米の書物以外で進歩に合った知識を得ることは困難だったのです。初版が世に出た時には,日本の全ての脳神経外科医は必携の書にしました。その後,本書は版を重ね,それぞれの時代の各著者の熱意と能力で時代の進歩に合った素晴らしい著作としての評価を得てきました。

 脳腫瘍を治療する脳神経外科医にとって,病理学的知識は時には手術手技以上に重要です。腫瘍の生物学的特性を理解しないと脳腫瘍の的確な治療はできません。腫瘍の生物学的特性を理解していれば,手術では摘出範囲の参考になり,放射線の効果も予測でき,抗がん薬も的確に使用できます。

 分類とは,ある疾患の予後を決める最も重要な要素です。その分類の根幹といえる腫瘍の生物学的特性は,従来,組織学的分類が基礎になっていました。「組織学的」は「形態学的」と言い換えてもよい分類でした。しかし,世界の研究者の貢献で,形態学的分類では計り知れなかった腫瘍の遺伝学的特性の解析が蓄積されました。ここ十数年は脳腫瘍の分類も形態学と遺伝子解析とが入り混じったカオス的な状態でしたが,2016年のWHO分類で形態学と遺伝子解析が統合された分類が提唱されました。本書はこのWHO分類の改訂に合わせて編集されています。したがって,全ての脳神経外科医は,標準医療をするにしても最先端の医療をするにしても,本改訂第4版は常に机の上に置いておくべき書物といえます。

 第4版が従来のものと大きく異なる素晴らしい点を挙げると,従来以上に総論に厚みが出て,脳腫瘍病理の本質がより理解できる内容となっていることです。私が上記した内容が懇切丁寧に記載されており,脳腫瘍病理を習得する際に最も重要な歴史,分類,遺伝子解析や免疫学的解析の現在までにわかっている事項と課題が適切に記載されていて,若い研究者のこれからの研究のヒントも包含する内容になっています。

 各論では,本書の従来からの特質である美しいカラー写真がふんだんに配置され,理解の大きな援助になっています。内容は,従来の書式に加えて新たな知見が大幅に加筆され,形態学と遺伝子解析が統合された記述になっています。すなわち,形態学としての光顕所見,電顕所見に加えて,免疫染色所見と遺伝子所見が統合され記載されています。ここ十数年のカオスが整理されていますので,理解度が大変上がっています。これらができたのは,今回から著者が大幅に変わったからです。従来の版では脳神経外科医の中の脳腫瘍病理を勉強された方が主に解説していたところに,腫瘍病理学者,神経病理学者が共著として加わり,従来と比較して記載の厚みが出ています。編集者の知恵が詰まっているといえます。

 以上の大改訂を経ている本第4版は,脳腫瘍の治療を専門とする医療者,研究者だけではなく,専門医資格取得以前の脳神経外科医,すでに専門医を取得し終わった脳神経外科医全員が手元に置いておくべき書物として推薦いたします。

A4・頁232 定価:本体19,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03047-2

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