慢性痛のサイエンス
脳からみた痛みの機序と治療戦略

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痛みの概念に大きなパラダイムシフトが起きている。本書では、加速化する新しいサイエンスの視点から、慢性痛を脳科学、神経科学からそのメカニズムを紐解き、そこから治療のターゲットを明らかにする。さらに、新しい痛みの概念として慢性炎症による神経変性疾患の病態に迫る。
半場 道子
発行 2018年01月判型:A5頁:204
ISBN 978-4-260-03428-9
定価 3,740円 (本体3,400円+税)
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 本書は慢性痛の謎解きに,脳科学,神経科学の視点から迫った最初の本である.
 慢性痛は急性痛が長引いたものではなく,脳回路網の変容に因る痛みが主体である.それゆえ治療は難渋し,患者数は各国共通して人口の2割以上を占めている.慢性痛の治療に要する医療費は膨大で,がんや心臓病の医療費をはるかに上回るに至っている.こんな事態を何とかせねば,というのが世界の研究者や臨床医師の願いである.
 「急性痛は機序も治療法も目覚ましく進歩したのに,なぜ慢性痛の機序解明は遅れたのか」と,よく尋ねられる.ヒトの脳内活動をon-lineで解析する手法がなかったことが,遅れの主因であるが,超高齢社会への移行が急だったことも患者増を招く一因になった.ようやく機能的脳画像法の進歩によって脳内機構が解析されるようになり,痛みの概念に大きなパラダイムシフトが起きている.
 私たちはいま人類史の大きな曲がり角を生き,稀有な瞬間に遭遇している.これほど短期間に平均寿命が倍に延びたことは,現生人類の歴史に前例がない.誰もが長生きする時代とは,誰もが慢性痛や神経変性疾患に悩まされる可能性を意味している.さまざまな難問が一挙に噴出して,混沌の渦中にあるのが現代である.
 しかし渦巻く混沌の中で,神経科学,脳科学は目覚ましく加速して新しいページを開いてきた.本書では最新サイエンスの視点から,慢性痛の機序を大きく2つに分けて解説した.(1)慢性痛(慢性腰痛,線維筋痛症など)の脳内機序と治療法を前半に,(2)慢性炎症による神経変性疾患(パーキンソン病など)の病態と機構を後半の章に記述した.
 従来の痛みの本とは大きく違うと,感じられるかもしれない.しかし(1)も(2)も痛みの新しい概念であり,今後の医療への問題提起である.(2)に関しては,現代の混沌を健康に導く解として,筋運動がもたらすSuper-healthyな生理的意義を示した.慢性炎症を防ぐ確かな秘薬である.運動器機能の維持と向上を担う整形外科領域に,新しく重要な使命が加わっている.本書が臨床の新しい治療法を拓く嚆矢となることを心から願っている.

 2017年11月
 半場道子

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第1章 慢性痛とは何か
 I 慢性痛の定義と分類
  1.慢性痛の定義
  2.慢性痛の分類
 II 慢性痛をめぐる問題
  1.日本における慢性痛
  2.慢性痛の患者数と医療費
  3.慢性痛と精神疾患
 III 慢性痛の評価法
  1.痛みの強さの評価法
  2.質問票による痛みの評価法

第2章 慢性痛のメカニズム
 I 痛みを伝える情報伝達系
 II 痛みを抑制する脳内機構
  1.Mesolimbic dopamine systemと疼痛抑制機構
  2.下行性疼痛抑制系
  3.Placebo analgesiaと脳内変化

第3章 侵害受容性の慢性痛
  1.変形性膝関節症への新しい視点
  2.変形性膝関節症と慢性炎症
  3.変形性関節症の痛み
  4.痛みを軽減する薬物
  5.DMOADsの薬理作用と開発の現状
  6.OA患者急増の社会的リスクファクター

第4章 神経障害性の慢性痛
  1.神経障害性の痛み
  2.痛みを慢性化させる要因
  3.痛みの慢性化を防ぐには

第5章 非器質性の慢性痛─Dysfunctional Pain
  1.慢性腰痛:脳内で何が起きているか?
  2.腰痛を慢性化させる要因
  3.線維筋痛症の痛み
  4.線維筋痛症患者の脳で何が起きているか?
  5.Dysfunctional pain(機能障害性疼痛)
  6.負情動と慢性痛
  7.痛みの破局的思考
  8.Default Mode Networkと慢性痛

第6章 慢性痛の治療法
 I 薬物療法・神経ブロック
  1.非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
  2.アセトアミノフェン(Acetaminophen)
  3.麻薬性鎮痛薬,合成麻薬,オピオイド
  4.抗てんかん薬(抗けいれん薬)
  5.抗うつ薬(Antidepressants)
  6.神経ブロック
 II 認知行動療法・マインドフルネス
  1.認知行動療法(CBT)
  2.マインドフルネス・ストレス軽減法(MBCT)
  3.治療で回復する慢性痛患者の脳
 III 脳刺激法
  1.大脳皮質運動野刺激
  2.反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)
  3.経頭蓋直流刺激(tDCS)
 IV 筋運動
  1.筋運動による痛みの軽減
  2.筋活動の生理的意義:骨格筋は分泌器官
  3.筋活動の生理的意義:PGC1-αの発現
  4.PGC1-αによる慢性炎症の抑制
  5.PGC1-αの抗酸化・抗老化作用
  6.PGC1-αによる筋力増強作用
  7.健康維持に適した筋運動は?

第7章 神経変性疾患と慢性炎症
 I パーキンソン病
  1.パーキンソン病:運動症状と非運動症状
  2.パーキンソン病:痛みの脳内機構
  3.脳内ドパミンの変動と痛み
  4.パーキンソン病:痛みの治療
  5.パーキンソン病:発症を源にさかのぼる
 II 慢性炎症と疾患
  1.免疫細胞とインフラマソーム
  2.慢性炎症は万病の源
  3.慢性炎症の抑制
 III 認知機能障害
  1.アルツハイマー病
  2.脳の時限爆弾 AβとTau
  3.脳内グリアによる慢性炎症
  4.認知症と海馬
  5.認知症のリスクファクター
 IV 記憶のメカニズム
  1.海馬:記憶の中枢
  2.海馬では日々,ニューロンが新生している
  3.新生ニューロンが記憶機能を担う
  4.高齢者の脳と記憶力
  5.認知機能と筋運動
  6.海馬萎縮の原因
  7.記憶には反復と睡眠
 V 高齢者とサルコペニア
  1.サルコペニア─死のリスク
  2.サルコペニアの診断
  3.サルコペニアの機序

終章
  1.慢性痛の謎解きと進化の系譜─古代の海から宇宙ステーションへ
  2.快・不快情動に焦点を当てる─今後の医療の根幹
  3.人は希望によって生きる

索引
あとがき

[Box一覧]
 ・痛みの研究に革命をもたらした機能的脳画像法
 ・「古代エジプトの秘薬」から「ケシ」の用例
 ・慢性炎症とインフラマソーム(inflammasome)
 ・複合性局所疼痛症候群(CRPS)と脳構造の変容
 ・エピジェネティック修飾
 ・Default Mode Networkと時の旅人
 ・海馬とノーベル賞

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脳科学・神経科学の観点から慢性痛を解読する
書評者: 高橋 和久 (千葉大大学院前教授・整形外科学)
 半場道子先生のご講演は何度か拝聴したことがある。痛みに関する脳科学,神経科学についての最新のお話で,大変興味深くお聞きした。しかしながら,あまり馴染みのない脳の解剖用語や限られた講演時間の中で,先生が話されたことを全て理解できたとはいえなかった。一度,先生の知識と考え方をまとまった形でうかがいたいと願っていたところ,書籍執筆のお話をお聞きし,上梓されたらぜひ拝読したいと申し上げた。本書を拝受後,3日ほどで読ませていただいた。

 本書は,慢性痛を侵害受容性,神経障害性,非器質性に分け,そのメカニズムについて脳科学,神経科学の観点から最新の知見を紹介している。近年の機能的脳画像法や基礎医学的な研究成果を基に,脳を中心とする神経系のダイナミックな機能を解説している。さらに,解明されたメカニズムを基に慢性痛に対する各種の治療法と,その科学的根拠について述べている。それぞれ興味深い内容であるが,中でも“骨格筋は分泌器官であり,筋活動は慢性痛の軽減に有効である。また,筋活動により多くの疾患の原因となる慢性炎症を抑制でき,疾患の予防につながる”という事実は大変興味深く,日常診療でも患者さんの指導に役立てたい知識である。

 本書を読み始めると,聞きなれない解剖用語や専門用語が多く現れ,読者は戸惑うかもしれない。しかし,気にせず読み進められるのがよい。重要な用語については繰り返し述べられ,そのつど意義が解説される。読み進めるうちに自然とその用語が記憶に残り,読者はその意味を多面的に理解することができる。本書は極めて高度の科学的内容を解説しているが,冷徹な科学書ではなく,随所に半場先生の人間に対する哲学ともいうべき優しい思いが述べられている。本書は繰り返し読むことにより,記載内容をより深く理解できる書籍である。

 インターネットなどにより,多くの情報が散乱する現代において,精査選択された情報をコンパクトにまとめた書籍の役割は大きい。本書にはそれぞれの記載の根拠となった文献が添付されており,とくに興味ある内容については検索が可能である。半場先生のご努力に改めて敬意を表する。

 本書は,整形外科,脳神経外科,神経内科,麻酔科,ペインクリニック科,リハビリテーション科ほか,慢性疼痛患者に関与するあらゆる医療関係者,さらに基礎研究者にとって有用な書籍である。ぜひ,ご一読をお薦めする。
慢性痛に関する現在の科学を理解できる
書評者: 田口 敏彦 (山口大教授・整形外科学)
 『慢性痛のサイエンス―脳からみた痛みの機序と治療戦略』は,わずか200ページ強の本である。しかし副題にもあるように,痛みについて痛みの局所からの視点ではなく,脳からの視点で最新の情報をコンパクトにまとめて書かれた本である。この本の趣旨は,決して局所の病態を軽んじているわけではない。痛む局所の病態を正しく評価したうえで,脳からの視点で慢性痛をどう理解するかが著者の趣意である。慢性痛治療に際して,慢性痛患者の頭の中で起こっている病態を,基礎知識として知っておくことは,非常に有益である。実際に治療戦略を立てるためだけではなく,慢性痛を持つ患者への痛みの共感をも一層育むことのできる本になっている。

 慢性痛が大きな社会問題になって久しい。慢性痛の頻度は,多い報告では全人口の30%,少ないものでも11%と報告されている。慢性痛の部位についてのアンケートでは,腰,肩,膝,頚,頭の順に多く,頭痛を除けばほぼ運動器の疼痛である。また現在では,元気で活動的な高齢者が増えているだけに運動器の痛みは,ますます重要になってきている。そして慢性痛が問題なのはその頻度だけではなく,難治のことが多いからである。特に「運動器に関する慢性痛」は,運動器の局所の病態だけでは説明しきれない部分が問題である。例えば,本来なら亜急性の痛みであるいわゆる腰痛症が慢性化して長引くのはなぜかという疑問である。腰の局所だけでは説明し得ない病態を単に心因性と片付けていた時代もあった。しかし,それがfMRI,PETの登場により脳内の変化も客観的に示すことができるようになった。その脳内の変化が慢性痛の原因なのか結果なのかは,現在のところ不明であるが,この科学の進歩の現況を知っておくことが極めて重要である。もちろん臨床家にとって,局所の病態を理学所見,神経学的所見,X線検査などの従来の画像診断を駆使して,慢性痛を持つ患者の局所の病態を正確に把握し評価する能力は大前提にある。その上で,慢性痛における脳内の変化を知っておくことは,治療上非常に有益なことだと思う。

 本書は,この目的にまさに符合して,時宜を得て出版されたと思う。本書では,慢性痛という病態を通して運動(運動器活動)の新しい意義が示されている。さらには,慢性炎症が生活習慣病や癌を含む加齢関連疾患に共通する基盤病態であることは最近のトピックではあるが,慢性痛にもこの慢性炎症が関与していることを鮮やかに説明している。約200ページの本書ではあるが,慢性痛に関する現在の科学を理解するに当たり推薦の書であり,さらに詳細を知りたい読者にとっては非常に有用な198の引用文献が掲載されている。

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