MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2018.05.14
Medical Library 書評・新刊案内
神経救急・集中治療ハンドブック 第2版
Critical Care Neurology
篠原 幸人 監修
永山 正雄,濱田 潤一,三宅 康史 編
《評 者》野々木 宏(静岡県立総合病院安全衛生監/集中治療センター長)
救急・集中治療に携わる全医療スタッフに最適の実践書
本書の初版は2006年に出版された。約10年ぶりの待ちに待った,満を持した改訂といえる。
日本蘇生協議会(JRC)が国際蘇生連絡委員会(ILCOR)に加盟を果たしたのが2006年である。JRCはILCORへ国際コンセンサス(CoSTR)作成者を多数派遣し,2011年に「JRC蘇生ガイドライン2010」を,2016年に「JRC蘇生ガイドライン2015」を出版することができた。「JRC蘇生ガイドライン2010」の画期的なことの一つは,CoSTRでは心肺再開後集中治療で取り上げているのみの「神経蘇生」の章を含むことである。これは本書の初版のメンバーの力によるところが大きいと思われる。さらに「JRC蘇生ガイドライン2015」では脳を含む全神経系を対象とするため「神経蘇生」から「脳神経蘇生」へと章名が改められた。救急蘇生領域の集中治療ケアには,脳卒中のみならず全神経系への取り組みが必須であることが,監修者の篠原幸人先生が本書の第1章の冒頭で強調されていることでよく理解できる。
本書は「JRC蘇生ガイドライン2015」の勧告に基づいた実践の書で,集中治療の現場で役立つように構成されている。多数の分担執筆者によるものであるが,編集方針が一貫され,どの章を読んでも同じような記述形式であることが素晴らしい。各トピックの最初に「Pearls and Pitfalls」(ヒントと間違いやすい落とし穴)として注意点が要約されている。ここだけまず目を通すことで概要をつかむことができる。定義と原因に続き,「医療面接のポイント」「身体診察のポイント」や診療する上での注意点が記述され,診療の基本として何が重要であるかという著者らの姿勢がうかがえる。次に「初期対応」「その後の方針と各科へのコンサルテーション」とまとめられ,まさに実践の書であり,神経救急・集中治療がチーム医療であることが強調されている。最後には適切な文献が挙げられ,さらに探求したい読者にも優しい配慮である。
集中治療における重症者管理では,A,B,C,すなわち気道と呼吸,循環が優先されてきたが,同時にDである中枢神経の評価とその対応も求められることが本書を通読すると明らかになる。これまで神経学的な評価は,神経内科あるいは脳神経外科の先生方へのコンサルテーションでタイミングが遅れていた。本書により非痙攣性てんかん重積状態の存在や心拍再開後の体温管理療法による脳保護の重要性がよくわかる。大いに反省して本書の内容をぜひ現場で生かしたいと思う。あえて注文をするとすれば,JRC蘇生ガイドラインで触れられていた頭部外傷の集中治療に関する記載が本書では少ないため,次回の改訂時には検討いただけると幸いである。
救急蘇生は心肺脳蘇生であると約60年前にPeter Safar教授が提唱されていた通り,脳神経蘇生は現代の集中治療において誰もが認識している必要があり,これだけ神経系全体にわたって網羅されたハンドブックは,臨床の場で重宝することは間違いない。診療科を問わず,救急・集中治療に携わる多くの医師,そしてメディカルスタッフの方々に手に取っていただきたい一冊である。
A5・頁672 定価:本体6,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01754-1
上條 吉人 著
《評 者》小林 憲太郎(国立国際医療研究センター病院救急科)
救急医療にかかわる者が持つべきエッセンスを凝縮
救急医療の現場に立つと,精神障害のある患者がいかに多いかという事実にすぐに気付かされる。そして,その患者らが必要としている急性期医療が単に精神科的な問題のみでは解決しないことを,身をもって感じるようになる。
実際,当院にも毎日のように薬物過量内服による意識障害,水中毒による痙攣,自傷による多発外傷など,精神疾患をベースとした外因性疾患の患者が数多く救急搬送されてくる。また,抗精神病薬内服中の副作用・合併症として尿崩症やイレウス,肺動脈血栓塞栓症,致死性不整脈など,重篤な身体的な疾患を来していることも決して珍しくはない。どれを取っても,まず必要となるのは身体的な問題に対する救急診療であるが,同時に精神障害への対応もある程度必要とされる。そのため,精神障害のある患者の診療に不慣れな医療従事者にとっては,救急初期診療自体に不安を覚えたり,初期診療が落ち着いた後の診療継続にも苦慮したりすることが多いのが現実であろう。
さらに,救急搬送の現場で精神障害の疑いをもたれるような患者が本当に精神障害であるのかは,実際に診療をしないと何もわからないという事実も目の当たりにする。不穏状態で暴れている患者が,実は急性薬物中毒やアルコール離脱せん妄であったという状況は常に考えておくべきであるが,その診断に至るようになるにはそれなりの経験や考え方が必要である。
つまり救急医療に携わる者は,精神障害のある患者がどのような身体的問題にさらされることが多いのか対処・治療法も含め知っておく必要があり,また精神障害があるように見える患者に対しても本当に「精神障害」なのか鑑別し,本来必要な治療につなげていく能力も持ち合わせなければならない。
しかし,こういった診療能力を身につけていく方法はどんな専門書にも書かれておらず,これまでは実際の診療現場で経験を積んでいくしかなかった。本書は,救急と精神両方の専門的立場から語ることのできる上條氏だからこそ書くことのできた,「救急」と「精神」のはざまで日々救急診療を行っていく上での唯一のマニュアルである。改訂第2版となり近年話題となった「危険ドラッグ中毒」などの新たな項目も加わり,よりベッドサイドに近い臨場感のある本となった。医師だけでなく,救急医療に携わる全ての医療従事者にぜひ熟読いただきたい良書だ。
B6変型・頁304 定価:本体3,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03205-6
《ジェネラリストBOOKS》
病歴と身体所見の診断学
検査なしでここまでわかる
徳田 安春 著
《評 者》小野 正博(都立松沢病院内科部長)
問診と身体診察,臨床疫学を学んで名医をめざそう!
徳田安春先生の『病歴と身体所見の診断学』を拝読した。一読してこれは画期的な本だと思った。それは凡人が名医に到達する方法が書かれていると思ったからである。
この本の「序」では,エキスパート診断医の無意識の暗黙知とは一体何なのかということが説かれている。通常この暗黙知については,エキスパート診断医本人も説明できず,ブラックボックスであると考えられている。それを徳田先生は「この暗黙知,実は究極的には条件付き確率理論なのです。ベイズの理論ともいいます」と喝破されている(「序」より)。
ベイズの理論と言うと事前確率をオッズに変換し,尤度比をかけて得られたオッズをさらに変換して事後確率を得るという煩雑なイメージがある。確率とオッズの変換が苦手な私は,実際に尤度比を使って診断したことはなかった。そもそも事前確率をどのように見積もるのか,ということもわかっていなかった。この本には事前確率の求め方の一つとして「稀であれば0.1%,比較的コモンであれば1%,かなりコモンであれば10%」というざっくり見積もる方法が紹介されている(p.16)。またノモグラムを使用するため,事前確率と尤度比がわかれば面倒な計算をせずに事後確率を得ることができる。
以前からよくわからなかったのは,症状や所見の尤度比が教科書に書かれていても,どのような場合にそれらを組み合わせてよいのかということだ。それらの症候が「独立」であれば組み合わせてよく,「独立」でなければ組み合わせてはならないのだが,私は今まで具体例を挙げて説明しているものを読んだことはなかった。この本では全19症例の全てで,毎回尤度比とは何か,事前確率はどのように求めるか,どの症候の尤度比を組み合わせるかということが繰り返し具体的に説かれている。例えば,インフルエンザを疑う場合,発熱+咳,倦怠感,悪寒は「独立」と考えられるから組み合わせてもよい。逆に,肝硬変を疑う場合,手掌紅斑とクモ状血管腫はいずれも高エストロゲン血症に関連していて「独立」していないため,それらの尤度比を組み合わせて使うことはできない。このようなことを具体的に書いてある本を読んだのは初めてで,大変勉強になった。
臨床医には事前確率を判断する能力,診断に有用な症候を見いだす能力,症候の尤度比を適切に使って診断する能力が求められているし,実際にできるのだと教えていただいた。これを励みにあらためて問診と身体診察,臨床疫学を勉強したいと思った。また,研修医の身体診察の能力が落ちていると言われる欧米に代わり,世界の医療をリードするのは,Japan Physical Club(部長:平島修先生)などで盛り上がっている日本しかないとの思いを強くした。
本書には上田剛士先生との対談も収められており,これが実に面白かった。上田先生が学生時代からACPジャーナルクラブの『Diagnostic Strategies for Common Medical Problems』やJAMAの『The Rational Clinical Examination』シリーズを読んで勉強し,2万本もの論文を集められたことを知って驚嘆した。名著『ジェネラリストのための内科診断リファレンス』(医学書院,2014年)を著すことができたのもむべなるかなと納得がいった次第である。
A5・頁210 定価:本体3,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03245-2
泉 孝英 編
八幡 三喜男,長井 苑子,伊藤 穣,Simon Johnson 編集協力
《評 者》冨岡 洋海(神戸市立医療センター西市民病院呼吸器内科部長)
ICT時代にこそ必要な医学英和辞典
泉孝英先生による『ポケット医学英和辞典』第3版が出版された。辞典に「書評」というのも,おかしな企画と思われるかもしれないが,これは単なる辞典ではない。それは,故・渡辺良孝博士による1967年の初版以来,脈々と受け継がれてきた崇高で,そして謙虚な学びの精神「欧米から最新の医学を学ぶ」が宿っているからである。この「第3版序」には,第2版出版(2002年)からの医学・医療の変動が解説されており,この辞典に「現代性を与える」(故・渡辺博士)ことが理念とされていることがわかる。その流れの中で,医薬品,医療機器の開発のほとんどは米国を中心に行われている現状を嘆きつつも,急速な変貌・進展を遂げる米国医学・医療の的確な把握こそが,わが国の医学・医療の向上につながる,と結んでいる。この辞書の価値は,この泉先生の信念にある,と言っても過言ではない。
収録語数は7万語と膨大なものになっているが,驚くほどコンパクトで,まさに“持ち歩ける”辞典となっている。収録語については,『Dorland’s Illustrated Medical Dictionary』や『Current Medical Diagnosis & Treatment』などを参照し,また,八幡三喜男博士による『The New England Journal of Medicine』からの緻密な情報も取り入れて,用語の刷新,削除,追加が的確に行われている。うれしいことは,略語の収録が充実していること,薬剤名も充実し,薬剤用語集としても活用できること,さらに,医学研究者とその業績までもが収録されており,世界医学人名事典としても活用できることである。この膨大な人名の収録は,「日本近現代医学人名事典【1868-2011】」(医学書院,2012年)という大著も出版されている泉先生の真骨頂である。「欧米から最新の医学を学ぶ」とともに,「過去から学ぶ」姿勢も大切にしてほしい,とのメッセージである。
時はICT(Information and Communication Technology)の時代である。小冊子のポケットマニュアルの代わりに,タブレットパソコンをいじる研修医諸君との毎日を送っている私ではあるが,やはり,この『ポケット医学英和辞典』という“字引”もお薦めしたい。ICTは膨大な情報を瞬時に提供してくれる。しかし,その中から,何を信頼し,何を選択すべきかについては,若い彼らには荷が重かろう。さらに,現在の医学は,分子生物学・遺伝学のみならず,広く薬学,看護,介護などとの連携が重要である。専門外の領域からの情報選択にも,ICTの時代であるからこそ迷うことも多い。そこで,賢者の確かな,そして,老練な選択がちりばめられた本辞典は,確かな道しるべとなるものである。そして,各人が学んだ印を,歩みを,直接書き込める「紙」という媒体は捨てがたい,と私は考える。ICT時代にこそ信頼できる紙の“字引”が必要なのである。
新書判・頁1282 定価:本体5,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02492-1
《ジェネラリストBOOKS》
認知症はこう診る
初回面接・診断からBPSDの対応まで
上田 諭 編
《評 者》大蔵 暢(やまと在宅診療所大崎院長)
認知症診療のエッセンスがスラスラと頭に入ってくる
先日,ある高齢男性が自身の講演会で,自ら認知症であることを明らかにした。その男性とは,認知症医療の第一人者,長谷川和夫先生である。「長谷川式認知症スケール」(HDS-R)の開発者といったほうがピンとくるかもしれない。それぐらい長谷川式は日本の認知症診療に根付いている。半世紀ものあいだ診療と研究に心血を注いでこられた権威でも認知症にかかるのであるから,やはりその予防は難しいのであろう。先生はご自身で診断し認知症治療薬も服用されているという。これからもありのままを受け入れながら生きていくとおっしゃる一方で,「認知症になっても安心して楽しく生活できる社会づくり」と「その人中心のケア」の重要性を訴えられておられた。
認知症ほどその人の生活や,とりまく社会に影響を与える病はない。他の疾患と同様に,予防や診断,治療といった医学モデルが重要なのはいうまでもないが,それ以上にケアや地域・社会づくりといった生活モデルに注目する必要がある。そのような包括的な視点から書かれた認知症の教科書がようやく出版された。編者の上田諭先生はイントロダクションでこう強調する。「本当に目指すべき治療目標は,認知機能の変化いかんにかかわらず,認知症の人が生き生きと生活できること,日々の役割や生きがいをもって暮らしていけること」だと(p.3)。
本書を読むと,まるで教室で講義を受けているかのように,認知症診療のエッセンスがスラスラと頭に入ってくる。事例が多いのと平易な言い回しのためだろう。医学モデルと生活モデルの絶妙なミックスとそのタイミングが秀逸だ。認知症診断の解説の後には,「本人への病名告知はどうする?」のように臨床医が常に迷う問題が議論されているし,行動・心理症状(BPSD)の章でも薬物的・非薬物的介入がバランスよく扱われている。受診の拒否や徘徊への対応など,他ではあまり議論されない話題にも向き合っている。
宮城県の農村部に住むコウキチさん(88歳,男性)は中等度の認知症があり,私の訪問診療を受けていた。小一時間ほどの野山の散策が毎日の日課だった。ある日の夕方に長女さんから診療所へ電話があった。コウキチさんが帰ってこない。懸命な捜索が続けられたが,3日後に数km離れた池の中で無残な姿で見つかった。「認知症になっても安心して楽しく生活できる社会づくり」は急務であり,本書がその道しるべとなると確信している。
A5・頁264 定価:本体3,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03221-6
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