医学界新聞

対談・座談会

2018.03.26



【対談】

「実践の知」をどう創り,生かすか

山本 則子氏(東京大学大学院医学系研究科 高齢者在宅長期ケア看護学/緩和ケア看護学教授)
藤沼 康樹氏(医療福祉生協連 家庭医療学開発センター センター長)


 患者・家族の満足度が高い看護を見て,憧れを抱くことはあるだろう。しかし,優れた看護実践は必ずしも言語化されたものばかりではないため,自身の看護にそのまま生かすのは難しく,思考過程や判断基準を解き明かす必要がある。知を創り,共有するにはどのような方法が求められるだろうか。

 優れた看護実践の言語化に質的研究の手法を用いて取り組む山本氏と,質的看護研究の知の体系に関心を持ち,研修医教育などに生かしているという家庭医の藤沼氏の対談から,看護実践のレベルアップにつながる知の創出と活用の方向性が見えてきた。


山本 家庭医の藤沼先生が質的看護研究に関心をお持ちと耳にし,今日の機会を楽しみにしていました。対談を通じて,質的看護研究の発展につながる知見を得られればと期待しています。

藤沼 質的研究は学問として純粋に面白いですね。中でも日本の質的看護研究は実践の知が凝縮されていて興味深いとかねてより思っていました。

 山本先生はこれまで,どのような考えのもとに研究に取り組んできたのですか。

山本 優れた看護実践を可能にする知の開発をめざし,「現場から知を創る」ことを目標にしてきました。現場感覚を知りたくて数年間臨床現場に身を置いた後,大学院に戻りました。それからはずっと,それを目標に研究をしています。

 博士課程で社会学を基盤とするグラウンデッド・セオリーによる質的研究を学んでから,この方法を使う研究を多く行ってきました。研究を始めた当初は,データからの抽象化,概念化の手法を基本とするグラウンデッド・セオリーは全く科学に反するように見えて抵抗を持っていましたけれど。

藤沼 科学に反する(笑)。考えが変わるきっかけは何だったのでしょう。

山本 これまでに概念化,尺度化されていない現象を把握するためには質的研究がどうしても必要という結論になりました。米カリフォルニア大サンフランシスコ校(UCSF)への留学も転機の一つでした。グラウンデッド・セオリーの基盤を作った一人,アンセルム・ストラウスに学ぶ経験ができたのです。もう一人の創始者,バーニー・グレイザーの厳密な実証主義的な考えとは対照的に,米シカゴ大の社会学出身のストラウスは社会構築主義的な態度で柔軟にデータに向き合っていました。その影響が,人間に向き合う看護師のケアの在り方を追求する今の姿勢につながっている気がします。

質的研究には本質が立ち現れる

山本 藤沼先生が質的研究に出合った経緯はどのようなものだったのですか。

藤沼 プライマリ・ケア領域に進んだ1980年代後半,『プライマリ・ケア研究』(Sage Publications)というシリーズ書籍を海外から購入していました。その中に質的研究に関する巻があったのが最初の出合いです。

 家庭医療学という領域は,患者の「疾患」に着目する医学生物学的な学問体系ではなく,地域を基盤に住民の健康を包括的に支えることを目的とする学問です。だから,患者さんが病いに対して抱く思いなどを知る必要があり,そこに質的研究が役立つのです。

山本 当時から看護研究論文も読んでいたのですか?

藤沼 少しずつ読んではいましたが,面白さに気付いたのは2012年ごろだったと思います。酒井郁子先生(千葉大大学院)に薦められた数本の論文を読んだら,「これはすごい,医学研究がカバーできていない問題に取り組んでいる。医者も読むべきだ!」と感じて。それからは家庭医療学の立場から質的看護研究の論文を読むことにハマっています。正直に言うと,「えぇ,まじっ!?」という仰天が潜んでいるんです。現場の本質を突く面白い論文が多いんですね。

山本 その言葉は看護研究者として率直にうれしいです。最近印象に残った研究は何でしたか?

藤沼 進行がんのエンドオブライフ・ケアの論文を読んで,「マンネリが当事者にとって最重要」という研究結果には目からウロコが落ちました。「同じことを繰り返してきた毎日が大切だからこそ,患者さんは自宅に帰りたい」ということが書いてあったのです1)

 研修医などの若手によくあるのですが,家に帰りたいという患者さんには,「家の桜の花が見たい」といった特別な理由があると思い込んでいたりする。でも,実際はそうでもない。この構図が言語化された研究を目の当たりにしたのは初めてで,とても驚きました。こうした有用性を知ってからというもの,私は質的看護研究を研修医教育や症例検討にも使っていますよ。

山本 確かに,看護師だけでなく,医療者なら共通して使える知見も多いはずです。

藤沼 経験ある医療者でさえもそういった「本質の落とし穴」にはまることがあります。私がときどき出席する地域の困難事例検討会での事例は,理屈だけでは効果的な介入ができない事例ばかりです。そういった状況になったとき,患者さんの言動の裏にある本質を質的研究から知ることが指針になります。

山本 本質を明るみに出すことは,質的研究の醍醐味です。その性質上,研究者自身も予想していなかった帰結となることも多いですね。生成されたデータに忠実に結論を導いていく質的研究ならではです。

論文を通じて得る,読者の経験を超えた視点

藤沼 研修医教育で私が質的看護研究を使うのは,患者さんの行動と,その行動の意味の理解を研修医に促すときです。これらは人生経験で次第にわかってくるものなので,若い研修医の場合,視野がまだ狭いため,気付かないこともあるのです。私が研修医から受けた相談の中に,「単身の高齢者で,ときどき寂しそうだから施設で生活したほうが幸せなのではないか」というものがありました。

山本 客観的なアドバイスが難しい質問ですね。

藤沼 そうなのです。そのとき私が研修医に読んでもらったのは,単身高齢女性のQOLをグラウンデッド・セオリーで解析した論文2)です。一人暮らしの高齢女性のQOLは「しあわせ型」「心残り型」「あきらめ型」「うらみ・くやみ型」の4類型に識別され,一人暮らしを意識的に選んだ人は「しあわせ型」「心残り型」に集中するとまとまっています。この論文を読んで研修医は,「自分の見方の狭さを実感した。この枠組みを念頭に患者さんと対話したいと思う」と,行動の変化につながったようです。

山本 それは質的...

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