血液腫瘍と感染症① 急性骨髄性白血病と感染症(森信好)
連載
2018.02.19
目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症
がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。
[第21回]血液腫瘍と感染症① 急性骨髄性白血病と感染症
森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科副医長)
(前回からつづく)
今回からは血液腫瘍の各疾患における感染症リスクについて,個別に紹介していきます。血液腫瘍は「疾患そのもの」でも「治療によって」もさまざまな免疫低下が起こります。初回は急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia;AML)と感染症を解説します。
AMLと感染症リスク
まず,治療を行う前の「AMLそのもの」ではどのような免疫低下が見られるでしょうか。AMLは造血の過程の未熟な血液細胞である骨髄芽球に遺伝子異常が起こり,白血病細胞が無制限に増殖することで発症します。末梢血を見ると一見好中球数は1000/μL以上に保たれています。だからといって安心はできません。その好中球の貪食能や遊走能などが機能異常を来しているからです。これをfunctional neutropenia1)と言い「好中球減少時」と同様の対応をする必要があります2)。
また,「バリアの破綻」も見られます。特に急性白血病の分類(FAB分類)がM4の急性骨髄単球性白血病(AMMoL)やM5の急性単球性白血病(AMoL)では歯肉浸潤により口腔内バリアの破綻が起こり得ます。一方,AMLにより「液性免疫低下」や「細胞性免疫低下」が見られることはまずありません。
次にAMLの治療ではどのような免疫低下があるでしょうか。AMLの治療は世界的に確立しています。寛解導入療法はシタラビンとアントラサイクリン系薬剤(イダルビシンやダウノルビシン)を組み合わせますが,一般的に「7+3」と呼ばれており,シタラビンを7日間,アントラサイクリン系を3日間用います。シタラビンもアントラサイクリン系も高度の骨髄抑制や中等度の粘膜障害を引き起こします。
では,その他の「液性免疫低下」や「細胞性免疫低下」はどうでしょうか。AMLの治療成績を高めるべく上記の7+3にプリンアナログであるクラドリビンやフルダラビンを加えた寛解導入療法が報告されています3, 4)。プリンアナログと聞けばピンとくる読者もいらっしゃるのではないでしょうか。第12回(3224号)で説明したように,細胞性免疫が高度に低下するため,アレムツズマブと合わせて注意しなければならない治療薬でしたね。
ではAMLに対してプリンアナログを加えた寛解導入療法を行った場合も同様に「細胞性免疫低下」が見られるでしょうか。私がMDアンダーソンがんセンター(MDACC)で勤務していた時,初発のAMLに対してどのプリンアナログを追加すればよいかというphase II trialがちょうど行われていました。具体的にはクロファラビンとフルダラビンの比較試験5)です。昨年報告され,効果は同等で副作用はクロファラビン群でやや多いという結果でした。大変興味深いことに,感染症は両群ともに30%程度で発症したものの,プリンアナログを追加しても細胞性免疫低下で起こるような感染症はほとんど見られませんでした。ですので,AMLの治療での免疫低下も「好中球減少」と「バリアの破綻」に集約することができます。
AMLにおける予防投与
では,実際にどのような感染症に対し予防投与を行えば良いのでしょうか。予防投与の戦略は,①細菌,②真菌,③ウイルスに分けて考えるとスムーズです(表)。
表 急性骨髄性白血病(AML)における予防投与(文献7より一部改変) |
①細菌
遷延する高度の好中球減少がありますので,基本的には緑膿菌をターゲットとする抗菌薬の予防投与が必要になります。2005年に発表された95のランダム化比較試験(RCT)に対するメタ解析6)ではフルオロキノロン系抗菌薬の予防投与により全死亡率や感染症関連死亡率などを有意に引き下げることが示されました。ですので好中球減少が続く間はレボフロキサシンの予防投与が推奨されています7)。
②真菌
ターゲットとする真菌はカンジダとアスペルギルスです。カンジダは皮膚や腸管に常在する真菌ですので,中心静脈カテーテルなどによる皮膚バリアの破綻や化学療法による腸管粘膜バリアの破綻が感染成立の主なリスクとなります。ですので抗真菌薬による予防が重要です。一方,アスペルギルスは環境中に存在しており好中球減少が主なリスクです。そのため,抗真菌薬もさることながら,防護環境という観点がより重要になってきます。具体的には個室管理の上,HEPA(high-efficiency particulate air)フィルターなどを設置することです。
では,実際にはどのような抗真菌薬を用いるのでしょうか。実は国や施設によってかなりのばらつきがあります。MDACCでは大部分の症例にposaconazole(POSA)というアゾール系抗真菌薬を使用していました。POSAはボリコナゾールの次の世代のアゾールで,アスペルギルスに加えてムーコルにも活性があります。2007年にAMLと骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndromes;MDS)においてPOSAとフルコナゾールあるいはイトラコナゾールの予防投与を比較したRCTが発表されましたが8),POSA群で有意に侵襲性真菌症が減少し全死亡率も改善しました。これをもってMDACCを含む米国の多くのがんセンターではPOSAを用いているのです。一方,日本でPOSAは使用できませんので,アスペルギルス活性のあるボリコナゾールやイトラコナゾール,あるいはアスペルギルス活性のないフルコナゾールを用いる施設もあります。防護環境を整えればアスペルギルスの発症は少ないというのがその根拠となっているようです。
アゾール系抗真菌薬が使用しにくい症例にはエキノキャンディン系抗真菌薬を用いることもあります。
その他の真菌症としてニューモシスチス肺炎がありますが,これは「細胞性免疫低下」がリスクですので,AMLでは考慮する必要はありません。
③ウイルス
AMLにおいて考慮すべきウイルスは単純ヘルペスウイルス(HSV)がメインです。特に寛解導入療法前にHSV抗体が陽性の場合には再活性化が起こり得ますが,アシクロビルの予防投与が有効であることが過去のRCTで示されています9~11)。
本連載で,AMLの症例でアシクロビル予防投与を紹介したところ,多くの先生方から「本当にAMLでもアシクロビルの予防投与が必要か」というご意見をいただきました。確かに日本のガイドラインには明記されておらず,AMLではアシクロビルを予防投与しなくてもあまり問題が起きないと,身を持って感じていらっしゃる先生も少なくないでしょう。好中球のHSVに対する免疫メカニズムですが,好中球が分泌する抗ウイルス性のtumor necrosis factor-α(TNF-α)がHSVに感染した上皮細胞のアポトーシスを促すことにより防御している12)と考えられています。
AMLと感染症は「好中球減少」がメインですが,化学療法を行わなくても疾患そのものでfunctional neutropeniaが起こることを紹介しました。「好中球減少」に伴いさまざまな細菌,真菌,ウイルス感染のリスクにさらされます。それぞれの予防投与の重要性をご理解いただけましたか。次回はその他の白血病と感染症リスクについてお話しします。 |
(つづく)
[参考文献]
1)Blood Rev. 1995[PMID:8563520]
2)Clin Infect Dis. 2011[PMID:21258094]
3)J Clin Oncol. 2012[PMID:22508825]
4)J Clin Oncol. 2013[PMID:23940227]
5)Cancer. 2017[PMID:28708931]
6)Cochrane Database Syst Rev. 2012[PMID:22258955]
7)NCCN Guidelines ver1. 2018 Prevention and Treatment of Cancer-Related Infections.
8)N Engl J Med. 2007[PMID:17251531]
9)Ann Intern Med. 1983[PMID:6359995]
10)J Clin Oncol. 1997[PMID:9196140]
11)BMJ. 1995[PMID:7767151]
12)J Neurovirol. 2013[PMID:23943467]
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