医学界新聞

インタビュー

2018.01.29



【interview】

認知症の人と対話し,張り合いをつくる診療を
上田 諭氏(東京医療学院大学教授・精神医学)に聞く


 認知症は専門医に限らず,多くの医師が日常的に診る疾患の一つである。しかし,低下した認知機能の回復は現在の医学では困難だ。臨床で多くの認知症患者の診療を行い,このたび『認知症はこう診る』(医学書院)を編集した上田氏は,認知機能だけに主眼を置いた診療では行き詰まると警鐘を鳴らす。患者,家族・介護者,医師の3者にとって満足度の高い認知症診療とは何か。上田氏に,認知症診療にかかわる全ての医師が持つべき診療の心構えを聞いた。


――上田先生の主な診療分野について教えてください。

上田 専門分野は老年精神医学で,認知症,うつ病を中心に診療しています。認知症では他院で認知症の診断を受けた後,家庭や施設内で新たな問題が生じた患者さんを診ることも多いです。

――専門外の医師にとって,認知症診療は難しいと聞きます。

上田 難しいと言って良いでしょうね。老年精神医学を専門にし始めたころは,私も悩みに悩んでいました。どうすれば認知症の人と家族・介護者が満足する診療ができるのだろうと。

――同じ悩みを持つ医師は多いと思います。難しさの理由は何ですか。

上田 認知症診療がうまくいかない第一の理由は,患者の問題を診断し治療的に解決するという「医学モデル」を治療目標としていることです。これは医学の標準的な考え方ですが,根治療法がない進行性疾患の認知症にそのまま当てはめることは間違っていると思うのです。

 大事なのは,認知症の人の生活の質(QOL)に着目し,本人が張り合いのある楽しい生活を送ることではないでしょうか。いわば「生活モデル」です。これを認知症診療の基本として,認知症を診る医師全員に実践してもらいたいです。

「治さなくていい」を出発点にした治療目標に

――まず,「医学モデル」による認知症診療の問題点を教えてください。

上田 生活上の困った点,つまり「症状」を介護者から聞き取り,認知機能を測定して診断した上で,生活能力や認知機能検査の数値の改善を治療目標にします。しかし,根治療法のない認知症では改善は基本的に見込めません。やがて治療は行き詰まってしまいます。

 さらに,患者さんの「困ったこと探し」になりがちなことや,家族・介護者の意向ばかり優先されることも難点です。家族・介護者が困っているために通院が始まることが多いので,家族・介護者が患者さんの問題点を訴える場面が自然と多くなります。結局本人の気持ちはほとんど聞かないまま,家族・介護者の意向をもとにした治療をしてしまいます。

――それでうまくいくのですか。

上田 ほとんどのケースで問題は解決しません。認知症の進行につれて家族・介護者の不満は大きくなっていき,医師は抗認知症薬の増量などで対処しようとする。患者さんはその間に挟まれて,自分の問題点が増えるのを聞きながら,悲しそうにポツンと座っている状況が生まれます。家族・介護者の不満はどうしても本人に向けられてしまい,本人と周囲の衝突なども起こりやすくなってしまいます。

――医師にとっても望ましい展開ではありませんね。

上田 はい。家族・介護者も医師も,認知機能の改善にしか目が向いていないことが大きな問題です。見方を変える必要があります。

――どのように変えればよいのですか。

上田 認知機能をなんとか向上させたいと考えるのはやめて,「治さなくていい」を出発点としてほしいのです。根治療法はないのですから。認知症を持ちつつも本人が張り合いを持って楽しく過ごせることを治療目標とする「生活モデル」へ転換してほしい。同時に,生活の中で患者さ...

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