肺癌を見逃さない!(皿谷健)
連載
2017.11.13
身体所見×画像×エビデンスで迫る
呼吸器診療
肺病変は多種多彩。呼吸器診療では,「身体所見×画像×エビデンス」を駆使する能力が試されます。CASEをもとに,名医の思考回路から“思考の型”を追ってみましょう。
[第5回]肺癌を見逃さない!
皿谷 健(杏林大学呼吸器内科 講師)
(前回からつづく)
CASE 80歳の生来健康な独居女性が3日前からの咳と全身性浮腫で近医を受診。胸部X線(図1A)で心拡大を指摘され,心不全の診断で救急外来を受診した。意識清明,vital signsは血圧140/80 mmHg,脈拍108回/分,体温36.9℃,SpO2 98%(O2 6Lマスク),呼吸数18回/分。
図1 胸部X線写真 |
A)80歳女性の症例。右上肺野の容積減少と著明な心拡大を認めた。B)83歳男性の症例。左下肺に肺腫瘤(緑色矢印)を認めた。 |
病歴と身体所見からの手掛かり
呼吸器疾患では,肺癌に関連する傍腫瘍症候群(図2)や緊急の治療を要する病態(oncologic emergencies)(図3)を念頭に置きましょう。悪性腫瘍の初発症状として来院する場合もあるからです。傍腫瘍症候群は癌の診断前でも出現し,治療や進行に伴って多彩な症状を呈するため,臓器別分類が鑑別に役立ちます。
図2 傍腫瘍症候群の鑑別診断(クリックで拡大) |
図3 Oncologic emergencies |
本症例の胸部X線(図1A)では右上肺野の容積減少が疑われ,著明な心拡大を指摘できます。起坐呼吸や夜間発作性呼吸困難,急激な体重増加や血圧の上昇はなく,病歴からは通常の急性/慢性心不全の増悪とはやや異なる印象を受けます。
本症例は低酸素血症と頻脈がありますが,注意深く診察すると以下の所見が得られました。
・臥位では内頸静脈波が見えないが,坐位にすると耳たぶの高さに描出
・心音微弱
・奇脈陽性(26 mmHg)
・前胸部の両側中下肺野でcoarse crackles
奇脈にフォーカスする
心エコーで大量の心嚢液の貯留が比較的速やかに診断され,胸部造影CTの結果も加味し,大動脈解離による心嚢液貯留の可能性はないと判断しました。身体所見単独での心嚢液貯留の診断は難しいことがありますが,坐位での内頸静脈波の評価は重要です。内頸静脈波が見えないのは頸静脈圧が高すぎて見えない可能性があるからです。
奇脈(pulsus paradoxus)は正常呼吸の吸気時に収縮期血圧が10 mmHg以上低下することで,“吸気時の過度の血圧低下”と言い換えることができます。心嚢液の大量貯留または心タンポナーデで奇脈が出現する理由は,吸気時に左房に流入する血液量が減少すること,さらに右室を介した心室中隔の左室側への圧排が強くなり,左室から拍出される血液量が減少するためです。正常でも吸気時に収縮期血圧は低下しますが,奇脈とは“正常で認める現象が誇張された状態”なのです。奇脈はCOPDの急性増悪や気管支喘息でも認めることがあり,動画でも確認できます1)。
奇脈の存在そのものが心タンポナーデ移行へのリスクであり,心嚢液のドレナージを必要とし,外科へのコンサルトが必須となります。本症例は心嚢液の緊急ドレナージにより肺腺癌と診断されました。
図1Bは肺腫瘤と軽度の心拡大を指摘され,紹介受診した83歳男性の症例です。10年前に肺線癌で左上葉切除術の既往があります。この症例では,心エコー,胸部CTで少量の心嚢液貯留が判明しましたが,奇脈は陰性で外科的な介入をせずに,肺癌の再発/癌性心膜炎と診断し,化学療法を開始しました。心タンポナーデは心嚢液の量よりも貯留スピードに依存するため,このような軽度から中等度の心嚢液貯留患者では,奇脈や心拍数の増加に注目することが重要だと考えられます2,3)。
傍腫瘍症候群は図2のように,障害された部位で可能性を考えると良いでしょう4)。ヘルペス脳炎が疑われていた症例が,実は癌を背景とした辺縁系脳炎や癌性髄膜炎であったり,繰り返す肺塞栓を契機に癌が見つかったりすることもあります。
血液の異常や代謝性疾患(高Ca血症,SIADHによる低Na血症)はよく遭遇する病態です。傍腫瘍症候群の抗体検査は保険適用外ですが,その多くが2017年9月から外注検査が可能となりました。
肺癌のoncologic emergencies
肺癌のプ......
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