医学界新聞

連載

2017.10.30



目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症

がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。

[第17回]固形腫瘍と感染症① 固形腫瘍特有の病態を知る

森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科副医長)


前回からつづく

 今回からは固形腫瘍と感染症についてお話ししていきます。固形腫瘍は血液腫瘍よりもはるかに頻度の高い悪性腫瘍ですが,感染症の合併はまれです。血液腫瘍は疾患そのものによりさまざまな免疫低下がありましたね。例えば,急性骨髄性白血病であれば長期間にわたる高度な「好中球減少」,多発性骨髄腫であれば「液性免疫低下」,T細胞性悪性リンパ腫であれば「細胞性免疫低下」が見られます。

 一方,固形腫瘍そのもので免疫低下が起きることは一般的には多くありません。固形腫瘍では,化学療法に伴う好中球減少の程度と期間が短いことも重要なポイントです。ただし,固形腫瘍だからといって感染症が起きないわけではありません。今回は固形腫瘍患者において特に注意すべき感染症について系統立てて説明していきましょう。

「バリアの破綻」に注意

 固形腫瘍の治療ではなんといっても「バリアの破綻」がメインになります。手術による皮膚や粘膜・管腔のバリア破綻,化学療法,放射線治療による消化管粘膜や気道粘膜のバリア破綻,中心静脈カテーテル挿入やオンマヤリザーバーによる皮膚バリア破綻,胃瘻や腸瘻造設に伴う皮膚・粘膜バリア破綻など,非常に多岐にわたります。

 固形腫瘍で用いられる化学療法で特に粘膜障害を起こしやすいものには以下があります1)

・代謝拮抗薬(フルオロウラシル,カペシタビン)
・アルキル化剤(シクロホスファミド,イホスファミド)
・プラチナ製剤(シスプラチン,カルボプラチン)
・タキサン(ドセタキセル,パクリタキセル)
・ビンカアルカロイド(ビノレルビン)

 また,胸部への放射線治療では気管支の線毛運動が低下することで誤嚥性肺炎が起こりやすくなることにも注意しましょう。

 さて,「バリアの破綻」において起因菌の鑑別に難渋することはあまりありません。というのも内因性,つまり常在している微生物を考慮すればよいからです。例えば皮膚であれば黄色ブドウ球菌,表皮ブドウ球菌,溶血性連鎖球菌,ブドウ糖非発酵菌やカンジダなど,口腔内であれば緑色連鎖球菌や嫌気性菌など,消化管であれば腸内細菌,嫌気性菌,あるいはカンジダなどといった具合です。

「解剖学的異常」は固形腫瘍に特有

 固形腫瘍に特有の病態として「解剖学的異常」があります。腫瘍の圧排による「管腔の閉塞」や,腫瘍の浸潤による「瘻孔形成」などがこれに当たります。本連載ではこれら「解剖学的異常」も広義の「バリアの破綻」として分類します。

 「管腔の閉塞」による感染症として,肺がんによる気道閉塞で引き起こされる閉塞性肺炎,胆管がんや膵がんなどによる胆道系の閉塞で引き起こされる閉塞性胆管炎,左側結腸がんによる閉塞で起きる腹腔内感染や穿孔性腹膜炎,尿管がんによる閉塞性尿路感染症などが挙げられます。

 また,「瘻孔形成」による感染症として,肺がんの浸潤による胸膜気管支瘻で引き起こされる膿胸,食道がんの浸潤による気管食道瘻で起きる縦隔炎,S状結腸がんの浸潤による膀胱結腸瘻で引き起こされる尿路感染症などがあります。つまり,がん種によって感染部位が異なることがおわかりかと思います。これらの感染症も「バリアの破綻」同様,起因菌の推測は比較的容易です。ただし,治療には手術(閉塞の解除,瘻孔閉鎖術・切除術)やドレナージなどのsource controlが大前提となります。いくら抗菌薬投与を行ってもsource controlを行わない限り治癒は困難であるということを常に意識しましょう。

「好中球減少」は軽度

 「がんの感染症」の主役はやはり「好中球減少時の感染症」です。固形腫瘍患者の感染症が比較的取っ付きやすいとされるのは,「好中球減少」が軽度である点に尽きます。第4回(3191号)で説明したとおり,発熱性好中球減少症(FN)はリスク分類が重要です。高リスク群と低リスク群,さらに本連載では中間リスク群の3つに分類してきました。固形腫瘍では通常,好中球減少は7日以内に改善するため,全身状態が良く合併症がない限り大部分が低リスク群に相当します。

 つまり想起する微生物は細菌がメインであり,高リスク群で大きな問題となり得る真菌感染症はまれです。もちろんバリアの破綻があればカンジダ感染症は考慮しますが,侵襲性糸状菌感染症(アスペルギルス症やムコール症など)を心配する必要はまずありません。低リスク群では微生物の鑑別が絞られますので「くみしやすい」のです。

固形腫瘍で便利なCISNEスコア

 ちなみに,第4回の内容を熟読した読者は覚えていらっしゃるかもしれませんが,FNのリスク分類で有用なツールとしてMASCC(Multinational Association for Supportive Care in Cancer)スコアがありましたね。また,より客観的なCISNE(Clinical Index of Stable Febrile Neutropenia)スコアにも少し触れましたが,固形腫瘍に特化したスコアですので詳細については割愛していました。せっかくの機会ですので,今回少し詳しく説明しましょう。

 普段,外来で固形腫瘍の診療に携わっている読者は「FNといっても全身状態が良い患者さんがけっこう多いよね」という印象をお持ちではないでしょうか。このCISNEスコアは,まさにそのような「外来治療を行っている固形腫瘍患者」で「全身状態の良いFN患者」をリスク分類して合併症などを予測しよう,という目的で提唱されたスコアリングシステム2)なのです。具体的に見ていきましょう。まず以下の6項目(合計8点)があります。

ECOG performance status(ECOG PS)2以上:2点
慢性閉塞性肺疾患(COPD)あり:1点
慢性心血管疾患あり:1点
NCIグレード2以上の粘膜障害あり:1点
単核球<200/μL:1点
ストレス性高血糖あり:2点

これらを合算し,以下に分類します。

低リスク群:0点
中間リスク群:1~2点
高リスク群:3点以上

 CISNEスコアの妥当性を前向きに評価したところ,合併症の発症率は低リスク群,中間リスク群でそれぞれ1.1%と6.2%,高リスク群では36%であることがわかりました。また,死亡率は低リスク群も中間リスク群も0%であるのに対し,高リスク群では3.1%となっています。

 このCISNEスコアの3点以上をカットオフ値とした場合,重大な合併症を予測するにあたり,感度78%,特異度78%,陽性的中率36%,そして陰性的中率は96%にものぼります。少なくとも固形腫瘍におけるFNではMASCCスコアよりも正確であるとされています。2016年にスペインから発表された固形腫瘍におけるFNガイドライン3)でも紹介されており,今後アメリカのガイドラインにも登場する可能性があり注目されます。

 最後に,固形腫瘍そのもので「液性免疫低下」や「細胞性免疫低下」が見られることはまずありませんが,治療では以下の場合に注意が必要です。

液性免疫低下
 脾摘患者
細胞性免疫低下
 ステロイド,代謝拮抗薬(メトトレキサレート),アルキル化剤(シクロホスファミド),脳腫瘍に対するテモゾロミド4)(特に放射線療法併用時)

 今回は固形腫瘍の感染症について系統立てて解説しました。基本的には免疫が保たれることが多いものの,固形腫瘍特有の「解剖学的異常」や治療による「バリアの破綻」がメインであることを強調しました。また「好中球減少」は軽度のことが多く固形腫瘍におけるリスク分類であるCISNEスコアについて詳しく説明しました。「液性免疫低下」や「細胞性免疫低下」も見られますが,特殊な治療によって引き起こされますので,ポイントを押さえておけば比較的対処しやすいものとおわかりいただけたのではないでしょうか。

 次回以降は,固形腫瘍の主な疾患ごとに症例ベースで解説するとともに,がん治療の市場を席巻しつつある免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブなど)についても取り入れていく予定です。

つづく

[参考文献]
1)Infect Dis Ther. 2017[PMID:28160269]
2)J Clin Oncol. 2015[PMID:25559804]
3)Clin Transl Oncol. 2016[PMID:26577106]
4)Clin Cancer Res. 2011[PMID:21737504]

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