認知症高齢者の疼痛管理(許智栄)
連載
2017.10.16
ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス
高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。
[第19回]認知症高齢者の疼痛管理
許 智栄(アドベンチストメディカルセンター 家庭医療科)
(前回よりつづく)
症例
脳梗塞後左半身麻痺,高血圧,慢性腎臓病があり,認知症にて施設に入居している84歳女性。最近ケアを嫌がる傾向にあり,なんとなく表情も暗く活気がない。体位変換時には大声を出して嫌がることもあると相談を受けた。介護者は痛がっているようだというが,痛みとこの行動は関連があるのだろうか?
ディスカッション◎常に考えてほしい,認知症高齢者の疼痛
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認知症高齢者に多い症状はどういうものだろうか? 物忘れや周辺症状と考えがちだが,そうではない。米国で行われた認知症外来患者(MMSE平均値17)とその家族への調査では,患者本人の訴える症状の第1位は疼痛(42%)で,2位のうつ症状(11%)よりはるかに多かった1)。年齢と疼痛の関連は複雑だが,年齢に伴い変形性関節炎などの痛みを伴う疾患が増えることは自明である。オランダの老人福祉施設では93%に慢性疼痛を認めた報告もある2)。
しかし残念ながら,この訴えにわれわれはあまり耳を傾けていないのが実状のようだ。老人福祉施設で死亡した330人の認知症患者の終末期QOLの観察研究では,やはり1番多かった症状は痛み(52%)で,有意にQOLを悪化させていた3)。70%以上の患者が麻薬での治療を受けていたにもかかわらず,このような状態であった理由として,使用期間が死亡前のたった48時間(中央値)だったという対応の遅さが考えられる。さらに,米国の退役軍人病院では,認知症患者(FAST 2~6)の約70%がひどい痛みを持っていると答えているが,カルテ上は64%で「痛みなし」と表記されていた4)。
一般の高齢者ですら,諦めや耐え忍びから痛みの訴えに消極的になる。表現方法が限られた認知症高齢者の訴えを見逃さないよう細心の注意を払い,積極的に耳を傾けなければならない。
認知症高齢者の疼痛の評価
退役軍人病院の調査では,98%で痛みのスクリーニングが行われていたのに,このような悲惨な結果であった。なぜなのか? 同研究の著者はスクリーニングが自己回答に依存していたこと,認知機能低下に合わせた評価法がたった2%でしか活用されていなかったことを分析している。認知症高齢者では,認知機能に適応した評価方法が求められる。しかし認知症における疼痛に関する研究の歴史は浅く,まだ全容が解明されているとは言い難い。認知症における脳の器質的変化が,痛みの解釈や痛みへの応答を変化させるという報告もあり,認知症高齢者の痛みの表現は行動の変化や興奮症状として表出されることが知られている5, 6)。
米国老年医学会(AGS)は2002年に認知症高齢者の痛みを示唆する行動を6つに分類・整理している(表1)7)。コミュニケーションに制限がある場合は本人の訴えのみに頼るのではなく,表情や声,食事やケアへの抵抗,興奮症状などを患者なりの痛みの表現ととらえる姿勢が大切である。ノルウェーの18の高齢者福祉施設,352人の認知症患者(MMSE 20以下,FAST 4以上)で行われた疼痛治療のRCTでは,治療群でNPIが有意に改善(-15.9 vs. -4.8, p<0.001)し,特に興奮症状の改善が顕著だった8)。この結果からも,認知症患者の疼痛が,精神症状を含めた多様な症状や行動で表現されることが理解できる。
表1 痛みを示唆する行動(文献7より一部改変) |
治療方法
非麻薬系薬物治療を中心に
慢性疼痛治療の3原則を以下にまとめる9, 10)。❶現実的な治療目標を設定し,効果の評価を行う。認知症高齢者では,本人の訴えが興奮症状などの場合もある。治療目的を明瞭にしてフォローを行い,漫然と薬剤を使用しない。❷頓用ではなく,定期投薬を行う。本人の訴えに依存する頓用では痛みが十分評価されず,投与されないまま放置される危険が高い。❸効果の得られる最小限の使用を心掛ける。高齢者では腎機能等によって至適用量が異なる。用量依存的に副作用が認められることが多いため,常に注意する。
前述のノルウェーの研究では2009年のAGS提言9)に基づいた段階的プロトコールを使用している。第1段階はアセトアミノフェン(ASAP,最大1日3 g),第2段階は経口麻薬(最大1日モルヒネ換算20 mg),第3段階は経皮麻薬(ブプレノルフィン最大10 μg/時),第4 段階は補助薬剤(プレガバリン最大1日75 mg)とし,第1を基本に,第2~4は適応や経口摂取が可能かどうかで変更して対応した。このアプローチにより痛みの有意な改善が認められた11)。興奮症状の改善も,リスペリドンを用いた研究と同等の効果が確認された12)。疼痛への対応は,痛みも,それに伴う症状も改善が期待される。
現段階では安全性からASAPが多くの場合に第1選択となるが使用方......
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