医学界新聞

連載

2017.11.06



ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス

高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。

[第20回(最終回)]認知症の神経精神症状とそのマネジメント

狩野 惠彦(厚生連高岡病院 総合診療科)


前回よりつづく

症例

 84歳女性。中等度の認知症があり,長女と二人暮らし。お金を近所の人が盗んだなどと訴えることが次第に増えてきた。怒りっぽく,入浴させようとすると怒り出し,抵抗されるため困っていると相談があった。


ディスカッション

◎認知症の神経精神症状とは?
◎非薬物療法,薬物療法のエビデンスは?
◎抗精神病薬の中止は可能?

 認知症患者においては,神経精神症状が問題となる註)。これには易刺激性,興奮,うつ,不安,妄想,幻覚,無関心,睡眠障害などの症状が含まれる1)。認知症患者の98%が,疾患経過のいずれかの時期に何らかの神経精神症状を認めるという2)。神経精神症状は,患者本人だけでなく,介護者や医療者もケア・治療上の問題やストレスを生じ,この影響により患者の施設入所が早まったり3),死亡率が上昇したり,入院期間が長引いたり4)することがある。神経精神症状に対する効果的な治療は患者,介護者の生活の質を改善・維持するためにも重要である2)

 認知症患者の神経精神症状の治療には,薬物療法と非薬物療法が存在する。後述するように薬物療法に関してはエビデンスが乏しい現状から,患者の神経精神症状に対する最初の試みとしては非薬物療法が勧められている2, 5, 6)

まずは非薬物療法を試みる

 非薬物療法のアプローチとしては,多職種による多角的な目線からの評価・介入が望ましい。ここではKalesらによるDICEというアプローチ法を紹介する2)。DICEはDescribe, Investigate, Create, Evaluateの頭文字からなる。

 まずは患者の神経精神症状について把握することから始まる。問題となる行動はいつ,どこで,どんな状況で,誰といるときに起こったのか,何か誘因になることはなかったかなど,その特徴を細かく述べる(Describe)。

 その後に,その問題となる行動の原因を調べる(Investigate)。患者に関しては,尿路感染や脱水,便秘,疼痛,うつなどといった潜在的な医学的問題点がないかの考察は常に必要である。服用している薬剤の影響の確認も大切である。他にも身体機能低下の程度,認知症の進み具合,視覚聴覚の変化なども神経精神症状に関連していることがある。また,介護者に関しての考察も必要である。認知症に対する理解が乏しいために認知症に関連した症状を患者が意図して行っていると考えたり,患者の能力を過大・過小評価していたりすることで,ストレスを感じている場合がある。介護者の態度は,患者の神経精神症状の悪化にもつながる。

 これらの評価後,各問題点に対して具体的に対策を考える(Create)。対策を実行した後は,その効果を評価する(Evaluate)。対策を考えるステップは創造性が必要とされることが多い。

 本症例の入浴拒否を例に考えてみる。

Describe:介護者である長女は毎日患者を風呂に入れようとするが,患者は入浴そのものを拒否することが多い。風呂場になんとか連れていっても浴槽に入らない,身体を洗うときに「痛い」と言う,などの情報が収集された。

Investigate:患者は関節炎の診断があるにもかかわらず鎮痛薬を服用していなかった。長女が患者の四肢を動かそうとするときに痛みを訴えていたとわかった。また,毎日風呂に入るのは認知症発症前からの患者の生活スタイルであること,患者の認知症の程度に対する長女の認識が低いこと,介護のストレスで口調が荒くなりがちなこと,風呂場には手すりがなくしばしばふらついて倒れそうになることもわかった。

Create/Evaluate:鎮痛薬投与と通所リハビリを開始した。長女には,患者の認知症に伴う行動は意図的ではないことを伝え,落ち着いた口調で単純な行動を1つずつ順を追って患者に説明するよう促した。現在の患者にとって毎日の入浴は現実的なゴールとはなりにくいため,頻度を減らす対処を提案した。風呂場での体位変換や移動がスムーズになるよう手すりを設置した。

 このような対応が認知症患者の神経精神症状の治療や予防となり得る。これらの対処にもかかわらず症状の改善が見られない場合,もしくは最初から症状の程度がひどい場合には薬物療法の併用を考慮することになる。

薬物療法はエビデンスが乏しい

 前述したが認知症患者の神経精神症状に対する薬物療法のエビデンスは全体的に乏しい。コリンエステラーゼ阻害薬に関しては,15のランダム化比較試験のメタアナリシスが行われた。結果,同薬剤投与群において神経精神症状がわずかながら有意に改善するという結果が得られている7)。コリンエステラーゼ阻害薬はもともと軽度から中等度の認知症で投与が考慮される薬剤であることからも,同病態に伴う神経精神症状に対して投与を考慮され得る。

 抗うつ薬は,一部のSSRI(セルトラリンやシタロプラム)で易刺激性を減らす効果があるとの研究結果が報告されているものの,エビデンスとしては乏しい8, 9)

 他の薬剤はカルバマゼピンやバルプロ酸などが認知症に伴う神経精神症状に用いられることがある。しかし効果に関するエビデンスは乏しく,バルプロ酸に関しては現在の研究結果からは投与はむしろ勧められていない8, 10)

 実際の臨床において使用されることが比較的多い抗精神病薬に関してはどうであろうか? これも効果のエビデンスははっきりとしないのが現状である8)。そんな中,認知症患者の神経精神症状に対して抗精神病薬を用いた場合に,脳血管障害のリスク11)や死亡率が上昇する12)という研究結果が発表され,米国食品医薬品局は同薬剤の使用に対して警告を出している。いずれにせよ,効果が実証されていない抗精神病薬を漫然と使うことは勧められず,やむを得ず使用する必要がある場合には家族にリスクを説明した上で,期間を決めて使用をすることが望ましい。転院などの場合には,どの時期に抗精神病薬継続の必要性を再評価するのか申し送ることが重要になる。

 厚労省公表「かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第2版)」も参照いただきたい6)

抗精神病薬中止の考慮

 認知症患者では,いつ始まったのかわからない抗精神病薬が継続して処方されていることがあると思う。基礎疾患に精神疾患がない場合,おそらく経過中に神経精神症状を呈し開始されたものと推定される。このような場合,特に症状が安定している場合には,落ち着いている現状を変えたくないという思いからそのまま抗精神病薬を継続する場面も多いのではないだろうか?

 2013年にコクランが慢性的に抗精神病薬を投与されている認知症患者での投薬中断に関する9つの研究結果をまとめている13)。この結果,投薬中止群と投薬継続群において神経精神症状に有意差は認められなかった。しかし一部,抗精神病薬に非常によく反応した経過のある患者,非常に重症な神経精神症状を認めていた患者に関しては,抗精神病薬の中止は慎重に検討すべきとのことであった。


症例その後

 膀胱炎の疑いがあり,抗菌薬治療を行った。便秘傾向もあり,下剤を処方し排便コントロールを行った。また,家族と相談の上,認知症に対してコリンエステラーゼ阻害薬を開始した。これらの治療で怒りっぽさ,妄想などの症状はある程度は軽快したものの依然遷延していたため,家族にリスクを説明の上,少量の抗精神病薬を併用した。3か月後の評価時には神経精神症状は軽快しており,抗精神病薬は中止した。

クリニカルパール

✓認知症の神経精神症状には薬物投与以外の対処をまず試みる。
✓抗精神病薬を用いるときは,期間を決めて使用する。
✓不要な抗精神病薬は中止を試みることも必要。


一言アドバイス

●認知症の神経精神症状ではないか?と疑ったとき,それが慢性経過でなければ,まずせん妄と老人性うつを除外しよう。(関口 健二/信州大病院)

●徘徊に有効な内服はなく,薬剤による鎮静は転倒や廃用等のリスクが高い。安全な徘徊路の確保も検討しよう。(玉井 杏奈/台東区立台東病院)

(了)

註)神経精神症状は,本邦ではBPSD(Behavioral and Psychotic Symptoms of Dementia)と表現されることが多い。

【参考文献・URL】
1)Alzheimers Dement. 2011[PMID:21889116]
2)J Am Geriatr Soc. 2014[PMID:24635665]
3)JAMA. 2002[PMID:11966383]
4)Int J Psychiatry Med. 2003[PMID:15089007]
5)Lantz MS, et al. Chapter 37 Behavioral Disturbances in Dementia.In:Medina-Walpole A, Pacala JT, editors. The Geriatrics Review Syllabus. 9th ed. American Geriatrics Society;2016. pp339-48.
6)かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第2版).厚労省;2015.
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000140619.pdf
7)J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2015[PMID:24876182]
8)JAMA. 2005[PMID:15687315]
9)Cochrane Database Syst Rev. 2011[PMID:21328305]
10)Cochrane Database Syst Rev. 2009[PMID:19588348]
11)Am J Geriatr Psychiatry. 2006[PMID:16505124]
12)JAMA. 2005[PMID:16234500]
13)Cochrane Database Syst Rev. 2013[PMID:23543555]