医学界新聞

連載

2017.07.24



院内研修の作り方・考え方

臨床現場で行われる研修会や勉強会をより効果・効率・魅力的な内容にするために,インストラクショナルデザインを用いた研修設計をご紹介します。初めて教育委員を任された「はじめさん」,頼れるベテラン看護師「ゆう先輩」と一緒に,教育を専門に学んでいなくても自信を持って教えられるスキルを学びましょう。

【第4回】研修事例② 多重課題(問題解決) 実践に応用できる研修とは

政岡 祐輝(国立循環器病研究センター副看護師長/熊本大学教授システム学研究センター連携研究員)


前回よりつづく

日常的に直面する多重課題をどう解決するか

(はじめさん) 新人看護師が複数の患者を受け持つようになり,優先度を考え行動できるようにするための研修を頼まれました。ぼくも受講した経験はあるんですが。
(ゆう先輩) どんな研修にしようと考えてるの?
(はじめさん) うーん。まず優先度についての講義,その後,事例について考える研修を考えてます。
(ゆう先輩) はじめさんは,新人のときにその研修を受けてどう感じたのかな?
(はじめさん) 内容が難しく,正直,現場で生かせた感覚はありませんでした。

 多重課題研修とは,複数の患者に異変が起きて切迫した状況の中,何を優先しどのように対応すべきかを学ぶ研修です。看護師は,多くの業務が重複することは日常茶飯事。優先順位の判断を間違えると,患者の安全を脅かすことにもなるため,重要な学習課題です。

 OJTでの実施が理想ですが,時間や教える側のリソースには限りがあるため,院内研修としてシミュレーションを行う施設が多いと思います。

 シミュレーション研修は受講者自身が身体を動かすため,終了後のアンケート調査では高い満足度が見られます。しかし,それが臨床で生かせるものか確信を持てるでしょうか。

 多重課題の解決は,前回(第3回/第3229号)紹介したガニェの学習成果の5分類では「知的技能」に当たります。ただし,2つの違いを区別する(弁別)という単純なものではなく,2つ以上のルールを組み合わせて未知の問題を解く方法を生成するという高次の知的技能です。与えられた問題に対して,どのルールを適用するかの判断スキルと,選択したルールを実際に適用して解決策を導くルール学習の応用が共に必要になると言われています1)

臨床現場を意識した問題設定を

(ゆう先輩) はじめさんが受けた研修は,残念ながら臨床場面で応用できる研修じゃなかったね。何が改善できるかな。
(はじめさん) 前回,教えてもらった「出入口」はしっかり押さえないといけないですね。実際の内容は悩みます……。
(ゆう先輩) では,臨床に生かすポイントを踏まえた研修例を一つ紹介するね。

 研修プログラムを考える上で参考となるのがメリルの「IDの第一原理」です。効果的な学習環境の実現に必要な5つの要件をまとめています。なお,これに基づいた研修例をに示します。

 メリルの「IDの第一原理」を用いた多重課題の研修例(クリックで拡大)

IDの第一原理2)
1)問題(Problem):現実に起こりそうな問題に挑戦する
2)活性化(Activation):すでに知っている知識を動員する
3)例示(Demonstration):例示がある(Tell meではなくShow me)
4)応用(Application):応用するチャンスがある(Let me)
5)統合(Integration):現場で活用し,振り返るチャンスがある

1)問題(Problem)
 臨床で遭遇しそうな場面を学習者に提示し,研修によって「これを学べばこんな場面に活用できるのか」というイメージを持ってもらいます。さらには「ぜひチャレンジしたい」と思わせます。「臨床で遭遇する問題」に挑戦させる中で基礎を徐々に培っていく形です。ありがちな「仕方なく参加している」研修を,「明日にでも役立つ」「すぐ実践したいと思う」研修へと変換することにもつながります。

 基礎から積み上げることに慣れている学習者には,いきなり応用では身構えてしまうでしょう。見通しをつけることで,臨床場面に使える知識やスキルが得られると想像できるのです。単純な事例でも構わないので,臨床で遭遇しそうな問題場面を最初から取り入れ,徐々に難易度を上げていく手法を取ると,学習者を引き込み,学んだことも生かされやすくなります。

2)活性化(Activation)
 研修受講者はすでに,さまざまな場面に数多く遭遇しているはずです。正解を示す前にまず,「あなたはどう対応するか」を問い掛け,すでに知っている知識を総動員させます。「あれ,今まで学んだことだけでは不十分だ。何か新しい知恵が必要だ」という“壁”の実感が,新たな学びのきっかけになります。

 問題解決に関する研修で多く見受けられるのは,「何をどの順序で教えるか」を中心に計画された研修で,講師が「基本的な情報」を先に提供してしまうものです。基本的な情報の使い方は説明しても,臨床でどう応用するかは学習者個人に任せてしまう。これは順序が逆です。基本的な情報の意義を確認するために,学びを振り返り,応用場面を思い描き,新しい学びへの準備を整える。これが「活性化」です。

3)例示(Demonstration)
 「基本的な情報」を与える際も,一通り説明するのではなく,その情報が現実の業務のどの場面でどう使われているかを例示する必要があります。

 多重課題で患者の優先度を考えるには,「生命の危険性に対する緊急度,安全,患者への配慮,時間などが重要な視点」と説明するだけでなく,「優先順位はこう判断できる」という事例まで示すことです。優先順位を考える上で最も重要なルールを学んでもらい,徐々にその他のルールを紹介するアプローチが良いでしょう。

4)応用(Application)
 応用とは,次のフェーズに進むことです。1~2場面について考えたからといって,臨床現場で活用できるとは限りません。臨床での活用を促進するには,いろいろな場面を想定した練習機会を与えることが重要です。練習問題にチャレンジするに当たって,優先順位のつけ方を間違えることもあるかもしれません。しかし,間違えることで,どう優先順位を判断すべきかを深く学ぶことにつながります。指導者側は,練習問題を見守り,学習者には考えを言語化してもらい,適切なアドバイスや間違いを指摘(情報付加的なフィードバック)することが肝要です。

5)統合(Integration)
 統合とは,学びの成果を振り返るチャンスを与えることです。学んだことを臨床で生かす機会がなければ,本当の学びにはなりません。研修後にどう臨床に臨むのか学習者なりのアクションプランを考えさせることの他,病棟の管理者・教育担当者と協力して,学んだ成果の確認や研修の学習内容に沿った振り返りの実施が必要です。

教え方のポイント

→研修だけで完結しないこと。学習者に対し,臨床現場でどう応用できるかを研修中に提示する。
→指導者は,振り返りとフィードバックで学習者の理解を深めたい。

つづく

[参考文献]
1)鈴木克明.研修設計マニュアル――人材育成のためのインストラクショナルデザイン.北大路書房;2015.p109.
2)Merrill MD. First principles of instruction. Educational Technology Research and Development. 2002;50(3):43-59.

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