医学界新聞

連載

2017.07.17



目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症

がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。

[第14回]HIV感染症とがん

森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科副医長)


前回からつづく

 今回は少しテイストを変えてHIV感染症とがんについて解説します。米国での感染症診療で真っ先に驚くのがHIV感染症の多さです。日本ではエイズ治療拠点病院で仕事をしない限り,日常診療でHIV感染症に出会う場面はほとんどありませんが,米国では日常茶飯事です。入院患者には必ず抗HIV抗体の検査をしますし,症例のプレゼンテーションでも必ずHIV感染の有無を確認します。HIV感染の有無により鑑別が大幅に異なるからです。

 本稿では,皆さんがあまり遭遇することのないHIV感染症についてお話ししたいと思います。そもそもHIV感染症とがんにどのような関係性があるのでしょうか。ピンと来る方は少ないかもしませんね。2020年には東京オリンピックが開催されるなど,訪日外国人が増えることで,今後日本もHIV感染症の増加の恐れがあります。ちょうど良い機会ですのでぜひお付き合いください。

HIV/AIDSではどの免疫が低下する?

 まずは,言葉のおさらいです。HIVはHuman immunodeficiency virus,つまりウイルスの名前です。ではAIDSとは何でしょう? Acquired immuno-deficiency syndromeのことですが,正確な定義はご存じですか? 「HIVに感染していて免疫が下がった状態」では不十分です。正解は「HIVに感染していて,23のAIDS指標疾患のうち,1つでも満たすもの」です。AIDS指標疾患を全て暗記する必要はないものの,日和見感染症やがんなどが含まれていることは,ぜひ覚えておいてください。

 ではHIV/AIDSではどのような免疫の壁が下がるのでしょうか? 皆さんもよくご存じのように,HIVはCD4陽性T細胞に感染しCD4数を直接的に減少させます。そう,「細胞性免疫低下」ですね。がんの感染症と異なり,日和見感染症はCD4数によっておおむね規定されますので取っ付きやすいのではないでしょうか()。

 CD4数の低下によって引き起こされる疾患(文献1より改変)

 では他の免疫はどうでしょうか。実はHIV感染症では「好中球減少」と「液性免疫低下」も見られます。

 国際的な多施設研究によって,HIV感染患者のうち14%程度で「緩やかな好中球減少(ANC<1300/μL)」が見られることが知られています2)。HIVそのものが造血前駆細胞に感染し骨髄基質を変化させる3)こと,またHIV感染患者では非感染者と比べて顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)が低下している4)ことがその原因と考えられています。

 次に液性免疫についてです。HIV感染患者ではB細胞の異常調節が起こり,細菌感染症に罹患しやすくなることはよく知られています5)。ところが最近の研究では,HIVが直接B細胞に働き掛けてB細胞の機能異常を引き起こしていることがわかりました6)。その他,免疫グロブリンのポリクローナルな増殖がよく見られますが,これは正常な機能を果たしているわけではありません7)。また,CD27陽性のメモリー B細胞の低下も見られます8)。つまりHIV感染症では直接的,間接的に「液性免疫低下」が起きているのです。

HIVとがんの関係

 ではHIVとがんはどのような関係があるのでしょうか? 実はHIVにより,がんのリスクが増大します。HIVに関連するがんをAIDS-defining cancer(ADC),関連しないものをnon-AIDS-defining cancer(NADC)と呼びます。ADCは前述のエイズ指標疾患に入っていましたね。

 さて,抗HIV薬(antiretroviral therapy;ART)の導入によりADCは減少している一方で,長期生存が得られるようになったことも相まって,NADCは増加の一途をたどっています9)。最近の大規模研究でがんの種類や進行度,また治療方法にかかわらず,HIV感染症があるだけでがんの予後が悪いことが報告され,衝撃を与えました10)。では,われわれ医療者はどのように対応すれば良いのでしょう。一つは適切なスクリーニングの実施です。特にmen who have sex with men(MSM)では肛門がんのリスクが極めて高いため,米国では多くの病院で肛門がんのスクリーニングを行っています。また肝細胞がんの原因としてウイルス性肝炎(B,C型肝炎)が重要でありスクリーニングが必要です。

 もう一つはHIVに対する早期治療です。HIV感染診断後早期にARTを開始することで予後を改善させることが2015年に報告11)され,一斉にガイドラインが改定されました。その後のサブ解析の結果,早期治療によりHIV関連のがん発症リスクをも大幅に軽減させる12)ことがわかりました。「HIVとわかればすぐに治療する」。これが現在のHIV診療の基本となっています。

 今回は皆さんになじみの薄いHIV感染症について,免疫低下の様子とがんとの関係を中心に解説しました。HIV感染患者では細胞性免疫低下に加えて好中球減少や液性免疫低下も見られること,またHIV感染症ではがんのリスクが増大するだけでなくがんによる死亡率が高くなることがわかっていますので,ARTによる早期治療が重要であることをお伝えしました。

 次回はモノクローナル抗体による感染リスクについて解説します。お楽しみに。

つづく

[参考文献]
1)Ann Intern Med. 1996[PMID:8607591]
2)Int J Infect Dis. 2010[PMID:20961784]
3)Blood. 1987[PMID:3663934]
4)J Acquir Immune Defic Syndr Hum Retrovirol. 1997[PMID:9170417]
5)Lancet Infect Dis. 2008[PMID:17974480]
6)Nat Immunol. 2013[PMID:24162774]
7)N Engl J Med. 1983[PMID:6224088]
8)Front Immunol. 2012[PMID:22566879]
9)J Natl Cancer Inst. 2011[PMID:21483021]
10)J Clin Oncol. 2015[PMID:26077242]
11)N Engl J Med. 2015[PMID:26192873]
12)Clin Infect Dis. 2016[PMID:27609756]

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