リアルワールド・データが示すDOAC時代の心房細動診療(赤尾昌治)
インタビュー
2017.07.17
【interview】
リアルワールド・データが示すDOAC時代の心房細動診療
赤尾 昌治氏(国立病院機構京都医療センター診療部長/伏見心房細動患者登録研究・研究代表者)に聞く
心房細動(atrial fibrillation;AF)による脳梗塞発症の予防薬としては,半世紀にわたりワルファリンがほぼ唯一の選択肢であった。近年になって異なる作用機序を有するDOAC(direct oral anticoagulant;直接型経口抗凝固薬)が続々と登場し,RCTにおいてはワルファリンと同等以上の効果と安全性を示したことから,抗凝固療法における新時代の幕開けを告げることとなった。
DOAC時代の変化に注目が高まる中,AF診療における国内屈指のリアルワールド・データとも評される伏見心房細動患者登録研究(以下,伏見AFレジストリ)の最新報告が今年4月に発表された(MEMO)。しかしその結果は,RCTに基づく楽観的な期待を裏切るものであった。なぜRCTとリアルワールドでこうも結果が異なってしまうのか。今後のAF診療にどのような教訓を残したのか。伏見AFレジストリ研究代表者の赤尾氏に聞いた。
――伏見AFレジストリはどういった経緯で始めたのでしょうか。
赤尾 発端は地域連携パスの導入です。2009年に私が京都医療センターに着任した後,近隣の慢性期病院や診療所との病診連携を推進するために地域連携パスを構築しようという話になりました。その協議の中で2010年春頃,「診療情報の共有も兼ねて,AF患者のデータを取ってみたらどうでしょう」と,伏見医師会に提案したのです。
ちょうど翌2011年には新しい抗凝固薬,今でいうDOACが臨床使用可能となることが決まっていました。AFの治療方針やアウトカムが今後どう変わっていくのか,注目を集めるのは間違いない。それを見越して,データを取っておこうと考えたわけです。
――絶好のタイミングでしたね。
赤尾 そうなのです。現在も世界各国で新たなAFレジストリが次々と立ち上がっていますが,伏見AFレジストリの強みのひとつが「ワルファリン時代からDOAC時代への変遷を示すデータがあること」です。今振り返ると,いいタイミングで開始できました。
――2010年に提案し,11年3月に登録開始。準備も大変でしたか。
赤尾 研究計画の策定に始まり,伏見区内の医療機関への参加要請や研究費の確保など,その1年間は多忙を極めました。私自身は大学から異動してきたばかりで人脈もなかったのですが,当時の伏見医師会長だった依田純三先生をはじめ,多くの方々が後押ししてくださって,人のつながりに助けられましたね。
それに,対象疾患がAFだったのも大きいです。AFは心電図のみで容易に診断ができるので,登録研究に向いているのです。もし特殊な検査が要る疾患だったら,開業医の先生方を巻き込むことは難しかったでしょう。
――調査票の設計は,どのような観点で行ったのでしょうか。
赤尾 調査項目の取捨選択は,最も頭を悩ませたところです。開業医の先生方が診療の合間を縫ってデータを入力してくださるわけですから,項目が多く入力作業があまりに大変だと続かなくなり,研究自体が頓挫してしまう。かといって項目を削りすぎると,必要なデータが取れません。
私自身,それまでさまざまな症例登録を行ってきた経験から,入力が面倒だとイヤになることも多かったのですね。ですから,調査票入力のウェブサイトを作製する過程では,何度も自分で入力してみて,適度な時間で完了できる分量をめざしました。その設計には非常にこだわりましたね。
――ジレンマの中で諦めた項目もあったのですか。
赤尾 もちろん,あります。今になってみて,「あの項目はやはり入れておけばよかった」という後悔もあります。でも,全てを網羅するのは無理ですし,ある程度の諦めも大切だと思います。
唯一の真実は存在しない,多様性に富むリアルワールド
――伏見AFレジストリにはどういった特徴があるのでしょうか。
赤尾 世界各国で,さまざまなAFレジストリが進行中です。国内だけをみても,症例数最大のJ-RHYTHM(日本不整脈心電学会)のほか,心研データベース(心臓血管研究所),KiCS AF(慶大)など数多くあります。ただ,登録患者の背景がそれぞれ大きく異なっているのですね。伏見AFレジストリの最大の特徴は,大病院だけではなくて,診療所を含む地域全体をみている点です。患者背景としては,高齢・低体重,併存症が多い傾向があります。そのせいか,「伏見AFのデータは自分たちが診ている患者の実感と近い」という評価を,実地医家の先生方から受けることがよくあります。
――まさにリアルワールドである,と。
赤尾 ただ,よく誤解されるのですが,「伏見こそが日本のリアルワールド」というわけではありません。高齢化率や医療機関の機能など地域によって千差万別で,都心には「都心のリアルワールド」があるし,農村部には「農村部のリアルワールド」があるのです。多様なリアルワールドがあるなか,地方都市の平均的な現実を,伏見AFレジストリがうまく描き出すことができたのだと考えています。
――登録基準も各レジストリでかなり異なるのですか。
赤尾 心電図にてAFが記録されていることはどのレジストリも共通です。ただ,「直近1年に発作があった症例のみ」「新規発症の患者に限定」「外来患者に限定」など登録基準がそれぞれ異なります。伏見AFレジストリの場合は,時期は問わず1回でもAFと診断されれば登録していて,除外基準も特に設けていません。そういう意味では幅広く取っています。
――レジストリ研究としては選択バイアスはないほうが良いのでしょうか。
赤尾 研究の目的に適した登録基準・除外基準があるので,一概には言えません。逆に言うと,目的に応じて適切な登録基準・除外基準を設ける必要があります。
選択バイアスがない研究はありませんし,レジストリ研究によって患者背景はさまざまで,そこから得られる結論も異なります。ですからデータを読む側としては,「どのリアルワールドが自分の診療現場に近いのか」「どのデータが明日からの診療に活かせそうか」を見分ける能力が求められるのだろうと思います。
DOAC「以前」「以後」でみるAF診療のリアルワールド
――伏見AFレジストリが示すリアルワールドについてお聞かせください。
赤尾 まず,DOACが本格的に普及する以前のデータからお話しします。2012年10月までに登録されたAF患者(2914例)の1年追跡調査で,ワルファリン投与群と非投与群で臨床イベントの発生頻度に有意差はありませんでした1)。内訳をみると,出血を恐れるあまりにワルファリン投与が低用量となり,脳卒中の予防効果が不十分となっている現状が示唆されています。
――つまり,抗凝固薬を投与しても実際には脳卒中を予防できていなかった。ショッキングなデータです。
赤尾 発表時は,日本全国で驚きの声が聞かれました。ただ,「今後普及が進むDOACは固定用量の薬なので低用量にはならないし,...
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