MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2017.06.19
Medical Library 書評・新刊案内
滝川 一廣 著
《評 者》青木 省三(川崎医大教授・精神科学)
常識を覆す「基本」の書
「素手で読める」と「あとがき」にある。専門用語も厳選して用いてあり,難しい理論で説明を押し切ることもなく,平易な美しい日本語でつづられている。だが,読み始めると,「基(もと)や本(もと)から考えること,土台から考えを積むこと」(p.13)により,ふと気付くと,私たちの常識や当たり前がしばしば覆されている。
私たちが観察する障害特徴と呼ばれるものは,当の子どもにはどのように体験されているものなのだろうか。滝川一廣先生は一貫して子どもの体験世界を理解しようとする。その中で,子どもたちの“病理現象”と呼ばれているもの,例えば,変化への恐れは“世界を少しでも安定した世界としてキープする”試みであり,無意味な常同行動は“味わい深い興味尽きない遊び”であり,“適応のための合理的な対処努力”でもあるととらえていく。
極めて不安と緊張の高い世界で,周囲の人との関係という支えがないまま,過剰なナマの感覚刺激にさらされ,孤独に生きている子どもたち。それは,人々の中に生きているにもかかわらず,人と接点なく生きていることであり,とても孤独なものである。しかも,子どもは生まれてからずっと人と親密に交わる経験がないまま成長しているので,孤独として感じ取ることもできない。このような圧倒的な孤独を,私たちはどれほど感じ取ることができるのであろうか。
そういう子どもへの支援について,滝川先生は考え進めていく。圧倒的な孤独の中ででも,子どもは微(かす)かかもしれないが,人を,そして人と関係を築くことを求めている。だが,人との関係を築く力が弱いぶんだけ,養育者や支援者の側からの関係づくりには配慮が求められるのである。養育者や支援者の急速な接近や熱い接近,すなわち“過刺激”は,子どもに混乱と恐怖を与える。だからといって,距離を置き,遠くに構え,接近しないでいると,孤独な世界は変わらない。
「目の前の生身の相手の気配や雰囲気を,言葉(概念)以前の直覚的なもので敏感にキャッチする」(p.258)子どもに対して,滝川先生は,子どもを脅かさず,子どものサインに応えていくことを考える。「はたらきかけが,その子にとって刺激が強すぎて侵入的なものにならない配慮が不可欠で,その呼吸が勘どころになる」(p.247)という。支援は何か特殊なことではなく,基本は普通の子育てやかかわりと同じ世界の中にある。理解は深く根源的に,支援は丁寧で穏やかなものをと,考えるのである。
例えば,「おもしろい子じゃないかという親和感も抱ければ,その親和感は子どもにおのずとキャッチされ,ふたりをつないでくれる」(p.257)という一文がある。グイグイ引っ張る熱血教師と比べて,「おもしろい子じゃないか」という教師は,一見地味ではある。だが,その教師のまなざしから,子どもたちは負荷のない,だが大切な暖かさを感じ取り,変わり始めるのである。発達障害の人たちには,このような熱くない,さっぱりとした暖かさが,しばしば支援の“勘どころ”となる。
読んでいると,圧倒的な孤独の中で生きている子どもが浮かび上がり,子どものそばで,その孤独をヒリヒリと感じながら寄り添っている滝川先生が見えてきた。
滝川先生は,いつの時かにご自身も,孤独な世界を微かに体験し,それを貴重な財産としてこころの中に大切に持っているのではないか。それが,子どもや人への理解と共感を深いものとし,地道で粘り強い支援に向かわせているのではないか。それだけでなく,支援者というものは,自身のうちにある孤独を大切にしながら,丁寧に人とのつながりを紡いでいく存在ではないかと感じた。そもそも,私も含めて,人が生きていくということはそういうことではないか,などと感じながら,本を読み終えた。
発達や障害だけでなく,人間とは,そして生きることとは何かを考えさせる,本当に奥の深い本であった。
A5・頁464 定価:本体2,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03037-3
青木 省三 著
《評 者》滝川 一廣(学習院大教授・臨床心理学)
患者の日常・生活に絶えず目を注ぐ精神科臨床の極意
著者,青木省三先生の日々の診療の姿が目に浮かぶ本である。さまざまな知恵や工夫が語られているけれども,それを知識として覚えるよりも,その姿を思い浮かべながら,つまり,診療に陪席しているつもりで読んでいくとよい。陪席しているかのように読み進められる希有な診療の書である。
症例が数多く出てきて,その多くが「症例→仮説→対応→ポイント」というかたちで語られている。「症例」を読んだところでいったん本を置いて,自分ならどんな仮説を持ちどう対応するだろうかと考えてから(できればメモしておいて)先を読むことをお勧めしたい。臨床家として力を伸ばすのに役立つし,著者青木先生の診療への理解も深まるだろう。陪席とは“見学”することではなく“参加”することである。これはそのように参加的に読むべき(それができる)本であり,著者の読者への願いもそこにあると思う。参加的に読めば,ここにあるのはマニュアル的なノウハウではなく,個々の患者や状況へのその都度の理解から生み出される配慮や工夫であることがよくわかる。
本書の診療に特定の技法やプログラムは出てこない。治療理論が説かれるわけでもない。では無手勝流や行き当たりばったりかといえば,もちろん違う。診療の基底に流れているのものは何だろうか。ぴたっと言い当てる言葉がみつからなくもどかしいが,あえて“日常性”と呼んでみたい。
「次の方,どうぞ」,患者を診察室に招じ入れて話を聴く。5分で済むことも,20分,30分のときもある。いつも真剣に耳を傾ける。話が終わって診察室を出る姿を見送りながら,その患者に思いをはせる。そうした毎日を5年,10年,15年と重ね,それはすっかり日常の営みとなって治療者のこころの底に根付いている。そうした日常の連なりと重なりから生み出されるある感覚や居ずまいのようなものが,青木先生の臨床を貫く一本のしなやかな筋金になっている。何らかの高度な(ある意味で“非日常的”な)専門技術の駆使によってプロフェッショナルたらんとするのも一つの方向だけれども,青木先生はそれとは別の方向に自身の臨床を鍛えてこられたと思う(もちろん,専門技術を持っておられな...
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