医学界新聞

連載

2017.02.13



めざせ!病棟リライアンス
できるレジデントになるための㊙マニュアル

ヒトはいいけど要領はイマイチな研修医1年目のへっぽこ先生は,病棟業務がちょっと苦手(汗)。でもいつかは皆に「頼られる人(reliance=リライアンス)」になるため,日々奮闘中!!……なのですが,へっぽこ先生は今日も病棟で頭を抱えています。

[第9話]
医者のジレンマ,患者のジレンマ
知っていますか? “アドバンス・ケア・プランニング”

安藤 大樹(岐阜市民病院総合内科・リウマチ膠原病センター)


前回よりつづく

 先生! Aさんの呼吸が止まっています!――慌ただしく心肺蘇生が行われましたが,88歳のAさんの心拍は戻りません。入院した際に急変時の対応を奥さんに確認してはいたものの,「自然な形が一番だけど,私だけじゃ決められないし……」といった返事でうやむやになっていました。30分間の蘇生処置が行われた後,ご家族が来院されました。「もう十分です。一生懸命ありがとうございます」。死亡診断書を書き終えたへっぽこ先生,病棟の隅で物思いにふけっています。

(セワシ先生) お疲れさま。あとはお見送りだけだね。しっかりお見送りしてあげようね。
(へっぽこ先生) Aさんの状態は確かに良くありませんでしたけど,最近は少し落ち着いていたんです。急なことだったので救命処置をしてしまいましたが,本当によかったのか……。心臓マッサージで肋骨も折れてしまいましたし,僕たちはむしろ悪いことをしちゃったんじゃないでしょうか?
(セワシ先生) その疑問,すごく大切なことだからこれから先も常に意識してほしいな。あと,入院時に確認しようとはしていたみたいだけど,そこで終わりにしちゃったのがマズかったかもね。へっぽこ先生は“アドバンス・ケア・プランニング”って知ってる?
(へっぽこ先生) “アドバンス・ケア・プランニング”?


 医療技術の進歩は目覚ましいものがあります。それはもちろん素晴らしいことですが,その分,生きること,死ぬことに関する選択肢が増えたとも言えます。それに反比例するかのように,現代の日本人は「死」を考える機会が減っていると言われます。戦後間もないころの日本では,多くの方が自宅の畳の上で最期を迎えました。子どものころから,家族の「死」を目にすることが当たり前の文化だったのです。現在は「病院死」が約80%に上る時代です1)。さらに,核家族の増加に伴い孤独な「在宅死」が増えています。

 医師は「死」を扱うプロフェッショナルでなければなりません。「死」を考えるきっかけとして,今回は“アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning;ACP)”について考えてみましょう。

アドバンス・ケア・プランニングって?

 ACPは「意思決定能力を有する患者の死生観や価値観を,家族や医療チームが相互に理解・共有し,尊重していくプロセス(筆者訳)」と定義されています2)。患者さんの価値観を確認し,個々の治療選択だけでなく,患者さんのQOL維持や,介護者の社会的・心理的負担が軽減するよう,全体的な方向性を明確にすることを目的にしたケア全体を指します。よく語られるDNAR(Do Not Attempt Resuscitation)もACPの一部です。急変時の対応も含めた事前指示(Advance Directive)を導き出す過程の全てがACPに含まれます。

どんな患者さんに行うべきか

 病気の進行パターンは,①突然発症型(健康な人の急変),②慢性進行型(悪性腫瘍,心・肺・腎疾患末期等),③緩徐進行型(認知症,老衰等),④判断力保持型(ALS等の神経難病)の4つに大きく分けられます。もちろん,全てのパターンにACPを行うことが理想ですが,現実問題として①は難しいでしょう。また,④にはかなり高度な医学知識や倫理観が必要になりますので,難易度が高くなります。皆さんに主に行ってほしいのは,②と③の患者さんに対してです。具体的なACPの進め方は以下の通りです。

1)終末期医療の“今”を知る
 クリニックなどで診療をしていると,「もう年も年だし,コロッと逝きたいわ」なんて会話は日常茶飯事ですが,研修中はそうした生の声を聞く機会はなかなかないと思います。でも,社会における「死生観」の現在のトレンドを知っておく必要があります。メディアの情報でもいいですし,書店に行って医療コーナーをぶらぶらするだけでも結構です。こうした“肌感覚”を持つことで,あなた自身の死生観を養ってみてください。

2)現時点での“見立て”を行う
 死生観を語るばかりでは,プロとしては不十分です。医学的知識や客観的データに基づき,患者さんの今後の“見立て”を行いましょう。さまざまな見立てが必要ですが,少なくとも治療可能な状態か,治療の目的は完治か維持か延命か,どの程度まで回復するか,治療による利益と不利益はどの程度あるか,治療介入によって予後はどのように変化するか,状態悪化時に救命処置の有用性はあるかといったポイントは押さえておきたいところです。

3)過去に表明された意思の情報を集める
 死に際に関する問題は,「そんな縁起でもないことを」と避けられがちであることは事実です。でも,知り合いが亡くなった際などに「死ぬときは○○がいいなぁ」なんてひと言をつぶやいている場合もあります。そうしたわずかな情報まで拾い上げることが大切です。また,開業医の先生の中には,かかりつけ患者さんのリビングウィルを確認している先生もいるので,情報提供を求める際に確認してみてもいいでしょう。

4)患者さんの意思決定能力を確認する
 意思決定能力の評価は,難しいこともあります。病気に関する情報や治療による利益・不利益を理解しているか,選択した内容に合理性があるかといった情報から,総合的に判断する必要があります。意思決定能力があれば,その意思が最も優先されるべきですが,ない場合は代理意思決定者(key person)を選ぶ必要があります。

5)現時点の見立てを説明する
 われわれの見立てを伝えます。患者さんとご家族に一緒に伝えることが理想ですが,患者さん自身が受け止められないような精神状態であったり,患者さんから「家族には伝えないでほしい」と言われたりすることもあります。医療チーム内で話し合い,誰に伝えるかを確認しておきましょう。

6)病気に直面している“今”の意思を確認する
 人間なんて弱いものです。たとえ過去に意思を表明していたとしても,いざ現実的な「死」を突き付けられると,気持ちが変わることも珍しくありません。ご家族に伝えていた過去の意思も,もしかしたらご家族への気遣いや強がりであった可能性があります。あらためて意思の確認を行いましょう。

7)ご家族の“本音”を確認する
 「集中治療室で治療されても,お金が払えません」「本人は家に帰りたいと言っているけど,介護する人がいません」など,患者さんの前では言えない本音をご家族が抱えている場合もよくあります。もちろん,優先されるべきは患者さん本人の意思ですが,ご家族の声もACPの大切な要素です。

8)定期的に見立てを伝え,意思の再確認を行う
 病状の変化に伴い,当初の見立ても変わってきます。また,入院が長引くと患者さんの頭にさまざまなことが浮かびます。日々良くなっていく体調を実感して前向きになることもあれば,先行きの見えなさに不安を強くしていくこともあるでしょう。可能な限り新しい見立てを伝え,患者さんとご家族の意思を確認しましょう。

9)プロセスが適切か,医療チームで評価する
 そのプロセスは,あなたの独り善がりになっていませんか? 臨床現場では医師の意見が強く反映されがちですし,そうでなければならない場面が多いことも事実です。でも,ACPにおいては,それが弊害になることがあります。現在のプロセスが本当に患者さんにとって最良であるかを,患者さんにかかわる全員で再評価する習慣をつけましょう。

 こうした意思決定プロセスは,元気なとき,つまり入院前にゆとりを持って行われていることが理想です。研修医の皆さんがACPの概念を持って地域医療に携われば,終末期医療の未来は今よりもっと明るいものになると思います。

セワシ先生の今月のひとこと

医療の専門家であるわれわれは,「死」に対してもプロフェッショナルでなければなりません。研修医時代にACPのプロセスを考えることは,「死」を考える第一歩。目の前の患者さんの満足度を上げるだけでなく,今後出会う患者さんの未来も明るくするかもしれませんよ。

つづく

参考文献・URL
1)厚労省.人口動態統計年報 主要統計表(最新データ,年次推移)――死亡第5表 死亡の場所別にみた死亡数・構成割合の年次推移.2011.
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii10/dl/s03.pdf
2)BMJ. 2010[PMID:20332506]

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