結核 低まん延化の実現に向けて(石川信克,吉山崇,髙﨑仁)
対談・座談会
2017.01.30
【座談会】結核 低まん延化の実現に向けて | |
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かつて「国民病」や「亡国病」とまで呼ばれた結核。その状況は,国を挙げた取り組みによって劇的に改善した。その結果,現在では結核は過去の病気ととらえられがちである。しかしながら,日本の結核罹患率は依然として先進国の中でも高く,中まん延国に位置付けられている。今後さらに結核を減少させ,低まん延国としての水準を達成するためには,今,どのような対策が求められているのだろうか。
本紙では,結核医療にかかわる3氏が,日本が抱える課題やその中で医療者が心掛けるべき点などについて,意見を交わした。
髙﨑 日本では1930年代から戦後しばらくにかけて,結核が死因の第1位となっていました。1950年代以降,初の抗結核薬ストレプトマイシンの導入やBCG接種・集団結核検診の拡大,結核療養所・保健所の整備など,国を挙げての結核対策が強化・実践され,患者数は激減しました。2015年時点で,新登録結核患者は年間1万8280人と,2年連続で2万人を下回るまでになっており,死亡者数も年間1955人と国内における死因の29位にまで低下しました1)。
しかしながら,他の先進国の多くが低まん延国の水準である結核罹患率(人口10万人あたりの年間の新規結核発病者数)10を下回っているのに対し,日本は14.4と,いまだ中まん延国に位置付けられています(図)。結核患者数は減少傾向にあるとは言え,その減少率もやや鈍化しつつあり,厚労省が目標に掲げる2020年までの低まん延国水準の達成に向けては課題が残されていることも事実です。
図 日本の結核罹患率の推移と目標値(参考文献1より作成) |
高齢者の感染・発病の多さが日本における結核の特徴
髙﨑 まず石川先生,世界における結核の現状についてお話しください。
石川 結核はHIV,マラリアと並び世界三大感染症の一つに数えられています。WHOのデータによると,2015年には年間約1040万人が発病し,約180万人が亡くなったとされています2)。さらに,世界人口の約4分の1から3分の1が結核に感染していると言われ,結核は現在でも世界の重大な健康課題だと言えるでしょう。ただし,実態調査の結果では結核患者数は増えているものの,これは低かった過去の患者数推定値を訂正したことと,人口の増加によって感染者の絶対数が増えているためであり,状況が悪化しているわけではありません。
髙﨑 患者数ではなく罹患率で見れば減っているわけですから,各国の結核対策はある程度成果を上げていると言えますね。日本の結核における疫学的な特徴などはありますか。
石川 日本は既感染者の多くが高齢者であることが大きな特徴です。また,世界的に見ると結核は比較的若年層の発病が多い傾向にあるのですが,日本の年間発病者の6割近くは70歳以上の高齢者となっています。80歳以上の8割以上は若いころに結核に感染しており,加齢に伴う免疫機能の低下やその他の疾患にかかることで結核を発病しやすくなっていきます。
吉山 少し補足をすると,低まん延国となっている西欧諸国の高齢結核患者の割合は,日本ほど高くはありません。結核は産業革命による都市化が進む中で流行するため,流行時期は国によって異なるのです。日本の高齢者の多くが結核に感染した1930~50年代,イギリスなどでは結核は既にある程度沈静化していました。そういった意味でも,現在の日本の結核事情は特殊と言えます。
石川 途上国などの高まん延国でも,結核に感染した若年層が高齢になっていくにつれ,日本のように高齢結核患者が増えてくることが予想されます。したがって,今日本が直面している高齢結核患者への対応は,高まん延国の先行例となり得るでしょう。
高齢者と若年者とで異なる対策が求められている
髙﨑 日本の結核感染者の大多数が高齢者である一方で,未感染の若者がこのまま結核に感染することなく過ごしていけるような対策を考えていくことも,結核患者を減らしていく上では重要なポイントだと感じています。65歳未満の罹患率に限って言えば,日本は全国平均で低まん延国の水準に到達しています。つまり,日本は中まん延国としての対策と同時に,低まん延国としての対策も行っていく必要があるのです。
石川 若年層への対策のうち特に問題になっているのは,外国から日本にやってきた人たちです。労働人口の減少に伴い,外国からの労働力に頼らざるを得ない状況がある以上,当然それに付随して生じる問題があります。もちろん,外国から来た人全員が結核に感染しているわけではありませんが,高まん延国出身者は感染者の割合が高い傾向にある点は,念頭に置いておく必要があります。
髙﨑 現在,日本における20代の発病者の約半数は外国出生者です(2015年で50.1%)。アメリカでは,10年以上前から結核患者全体の半数以上が外国出生者となっています。日本も低まん延化を実現していく中で,こうした傾向が高まっていくと予想されますから,低まん延国の対策に学ぶべきところも多いのではないかと思います。
吉山 国によっては,長期滞在予定者には入国前に胸部X線検査を受けてもらい,結核の疑いがあった場合は入国前に治療を完了させるよう条件付けています。今後,日本でも類似の仕組みが必要になってくるかもしれません。ただ,こうしたプレエントリー・スクリーニングは有効な手段であるものの,それだけで結核の流入を完全に防ぐことは不可能です。入国後に発病する人も一定数いるため,国内で発病した場合に早期発見・早期治療が可能な体制を構築していくことも欠かせません。
髙﨑 若年層の結核は人口の密集した都市部に多いことから,彼らが知らず知らずのうちに感染してしまわないような対策も同時に求められています。高齢者,都市部の若者,外国出生者の3つのグループが,現在の日本の結核の疫学をつくっているということになりますね。
基本は,早期発見・早期治療“長引く咳”は赤信号!
吉山 そもそも,感染者全員が結核を発病するわけではなく,発病リスクの高い人は大きく2つに分けることができます。1つは最近感染したばかりの人で,感染して2か月から2年までは発病リスクが高いため特に注意が必要になります。もう1つが,過去の感染者のうち,他の疾患やその治療などによって免疫機能の低下した人です。
急性感染症であれば発病者を発見・治療すれば収束させることが可能ですが,結核は人によって発病のタイミングが異なる点に,難しさがあるように思います。
石川 ある程度病状が進行しないと日常生活に支障を来さないのも,結核の厄介なところですよね。
吉山 これからは医療機関受診に対するハードルを下げる取り組みも求められてくると思います。例えば経済的には,ホームレスのような方は症状があっても病院を受診しない傾向にあります。また,認知症患者は自身の症状に自覚的ではありません。日本は国民皆保険制度があるとは言え,そうした人たちを今後いかに拾い上げていくかは重要な問題です。
石川 結核は典型的な症状があまりないことから,せっかく患者が自ら受診してきても,医療者側が結核に気付かないケースも結構あります。 “長引く咳”は赤信号のサインです。2~3週間咳が続いているようであれば,一度は結核を疑い,胸部X線検査などを行ってください。
吉山 胸部X線画像に関しても,結核の可能性を疑った上で見なければ見落とす危険性があります。結核は既にまれな疾患ですので,鑑別診断に際して優先順位が下がってしまうのも仕方のないことだとは思います。ですが,結核を見落としたまま入院させてしまうと,その間に集団感染を引き起こすことも十分にあり得ます。一度集団感染が発生してしまうと,後々の対応にかなり難渋するので,鑑別には必ず挙げたいところです。
また,結核はさまざまな疾患に似た症状を呈します。その一例が,肺炎症状に類似した結核です。肺炎の一般治療の経過が思わしくないと,薬剤耐性肺炎の可能性を考えてしまいがちですよね。確かに,結核よりも薬剤耐性肺炎であるケースのほうが多いのですが,すぐに抗菌薬を変更するのではなく,結核の可能性も考慮してみてください。
髙﨑 塗抹陽性率が高いにもかかわらず診断が難しい結核の特殊病態として,気管・気管支結核があります。主訴は頑固な咳嗽ですが,胸部X線で異常がはっきりしないため,気管支喘息や咳喘息などと誤診されることがあります。喘息治療において広く用いられる吸入ステロイドの投与が,肺結核の発病リスク上昇や診断の遅れ,集団感染の一因となり得ると言われています。このような病態についてはいかがでしょうか。
吉山 喘息症状も本当に喘息であるケースがほとんどですが,気管・気管支結核でも喘息様の喘鳴が聞こえることがあります。数としては非常に少ないものの,結核の典型的な画像所見を取らないために胸部X線での診断が難しく,診断が遅れることは確かに多いです。喘息症状の患者全員に抗酸菌検査を行う必要はありませんが,膿性痰が出た場合には必ず検査をしてほしいと思います。
ハイリスクグループには健康診断の積極的実施を
石川 早期発見という観点から言えば,健康診断は有効な手段の一つです。ただし,やみくもに行っても患者さんは発見できないので,結核をより発病しやすいグループや結核患者が潜んでいる可能性が高いリスクグループに対して定期的に健康診断を実施していく必要があります。例えば,外国から来た若者が多くいる日本語学校で健康診断を行うと,同年齢の日本人よりもはるかに多くの結核患者が見つかります。
髙﨑 健康診断や検診のターゲットをハイリスク者に絞ることで,発見効率が上がると同時に,感染拡大の防止効果も期待できますよね。どのようなグループをターゲットとするかは,今後の検討課題でもあると思いますが,他にどのような層が考えられますか。
石川 HIV感染者は結核の感染・発病を起こしやすく...
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