うつ症状と「安心さがし」・「ダメ出し要求」行動(杉本なおみ)
連載
2017.01.23
わかる! 使える!
コミュニケーション学のエビデンス
医療とコミュニケーションは切っても切れない関係。そうわかってはいても,まとめて学ぶ時間がない……。本連載では,忙しい医療職の方のために「コミュニケーション学のエビデンス」を各回1つずつ取り上げ,現場で活用する方法をご紹介します。
■第10回 うつ症状と「安心さがし」・「ダメ出し要求」行動
杉本 なおみ(慶應義塾大学看護医療学部教授)
(前回よりつづく)
「最近家が散らかり放題であきれてる?」と聞くうつ病の妻に,夫は「病気だから仕方がないよ」と優しい口調で答えました。するとあに図らんや,妻は「やっぱり散らかっていると思っていたのね。それならこんな主婦失格の私とは別れて早く他の人と一緒になって……」と泣き出しました。
うつ症状がある人の「安心さがし」と「ダメ出し要求」
うつ症状のある人(註1)が配偶者や恋人に対して行う確認行動に「安心さがし(reassurance-seeking)」と「ダメ出し要求(negative feedback seeking)」(註2)があります。安心さがしは,上記の「あきれてる?」に見られるような,愛されているという確証を求める言動です。交際初期などにも用いられる一般的な方略ですが,うつ症状のある人の場合,長年連れ添った夫などにもこのような問いを繰り返す傾向があります。
一方,ダメ出し要求は自分への批判や軽蔑を強く求める言動であり,安心さがしよりも複雑で理解しにくい行動です。自分に対する否定的な言動など,通常であれば極力避けたいと思うものですが,うつ症状のある人の場合には,ダメ出しによって自己が否定され感情的には傷ついても,その人が本来持っている低い自己像が肯定されるため認知的には安定します。
上記の「家が散らかり放題で」という妻の自嘲は,実は夫から「そんなことはない。全然気にならないよ」とか「このところ僕も片付けをサボっていたね」といった答えを引き出そうと発せられた可能性があります。ところが夫の返事は「病気だから仕方がないよ」でした。これは,実は夫が「家が散らかっているのを不快に思って」おり,「それは妻に責任がある(=家事は自分の仕事ではない)と考えている」ことを示唆しています。妻はこれを自分への「ダメ出し」と受け止め傷つきながらも,主婦失格という自己像を再確認し,懐かしい痛みを味わいます。
統合対人理論(integrative interpersonal theory)によれば,うつ症状のある人は,愛されている確信が持てず,相手との関係をより正確に予測したいという思いから確認行動の負の連鎖に陥ります。「早く他の人と一緒になって」と言われた夫が「そんなことを考えたことは今まで一度もないよ」と答えても,またほどなくして妻は不安に苛まれ,「じゃあこれからはあるかもしれないということ?」と尋ねます。このような状態が続けば互いに疲弊し,関係を維持する意欲が削がれてしまいます。
相互作用という視点の欠如と自己申告に頼った「測定」
これらの行動は心理学において長年論じられてきましたが,近年コミュニケーション学研究者がその研究方法に疑問を呈しました1)。まず「会話は両者の相互作用による動的なプロセスである」というコミュニケーション学の考え方に基づき,本人だけでなく相手(配偶者・恋人)側の要因も考慮すること,また両者が互いの関係に対して感じる不確実性(図1)をその一つとして加えることを提案しました。
図1 関係の不確実性(relational uncertainty)の構成要素 |
さらに確認行動の判定に関しては,自己申告ではなく実測を用いることを提唱しました。うつのような個人の心理状態は質問紙で判定できても,安心さがし・ダメ出し要求のようなコミュニケーション行動を,「相手に好かれようとして同調することがある」(註3)といったアンケート項目に対する自己評価だけを頼りに「測定」することは無意味です。真実に近づくには,実際の会話の中で生じる確認行動を直接測定する必要があります。
うつ症状や関係に対する不安と確認行動との間に存在する関係
そこでこの研究では,夫婦・恋人69組による50分間の会話の中で生じた言動を...
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