医学界新聞

寄稿

2016.10.24



【寄稿】

「閾値下せん妄」の理解が,せん妄予防ケアの構築を可能に

石光 芙美子(愛知県立大学看護学部准教授・成人急性期看護学)


せん妄ケアは治療から予防へ

 せん妄は主に身体疾患により惹起され,65歳以上の高齢者や,術後および集中的な治療を要するICU患者で頻繁に認められる症候群です。その特徴は注意力の散漫や見当識の低下,さらに記憶の欠損や幻覚を伴う精神・行動の障害で,時に生命の危機的状態を引き起こします。認知機能が緩やかに低下する認知症と異なり,症状は急激に発現して日内変動もします。さらにせん妄の発症メカニズムは,多因子が複雑に絡み合うことから,発症回避の手だては容易ではないのが現状です。

 また近年は,せん妄の罹患がその後の長期的な認知機能の低下に影響を及ぼすことや,ICU入室中にせん妄などを発症した患者の多くが,ICU退室後も錯覚や記憶の混乱が生じ,心的外傷後ストレス症候群のような精神的な障害が長期にわたり継続していることが報告されています1)。医療技術の発展に伴い平均寿命が延び続ける超高齢社会の日本では,一生のうちに複数回手術を経験する高齢者の増加が見込まれます。患者は集中的な治療を受ける一方で精神的な障害を繰り返し経験する危険性が存在することを,先の報告は示唆しており注目に値します。

 こうした背景から,チームアプローチを基盤にしたせん妄ケアの重要性が指摘され,議論の中心はせん妄に対する治療や対処から,せん妄を予防し発症を回避する方向へと移行しつつあります2)。では,チーム医療の中でせん妄ケアに中心的な役割を担う看護師が,予防と発症回避に向け実践できることは何でしょうか。

「閾値下せん妄」とはどのような状態を指すのか

 医療者がせん妄を診断する,あるいはスクリーニングする際,CAM(Confusion Assessment Method)3)やICDSC(Intensive Care Delirium Screening Checklist)4)などの測定尺度を用いて,せん妄かせん妄でないかを評価します。その中で「subsyndromal delirium(閾値下せん妄)」と位置付けられる状態があります。これは,せん妄としての病像は完成していない,つまりせん妄であると診断(評価)されないけれども“せん妄症状”が出現している状態を示します()。例えば,ICDSCでは8項目ある評価項目のうち4項目(4点)以上該当する場合をせん妄と判定しています。一方,これに満たない1~3点の場合には,評価項目のいずれかは認められるがせん妄ではない状態として,「閾値下せん妄」と位置付けられています。

 閾値下せん妄の考え方(筆者の解釈)

 おそらく,CAMやICDSCなどでせん妄を評価したことのある医療者の中には,閾値下せん妄の状態にある患者と遭遇した経験を持つ方も多いのではないでしょうか。

 本邦ではsubsyndromal deliriumを「閾値下せん妄」5)や「亜症候性せん妄」6)と呼んでおり,その意味については,2015年に改訂された『せん妄の臨床指針〔第2版〕』5)の中で,「せん妄と非せん妄の中間に位置する状態であるが,せん妄を発症する危険性が高く,予後においてもせん妄と非せん妄の中間の病態である」と説明されたばかりです。「閾値下せん妄」という概念の理解や事象そのものへのアプローチは,まさにこれから進展していく段階にあると言えます。

 海外の状況はどうでしょうか。1987年にLipowski7)が初めて「せん妄症状が全くない状態と,せん妄の診断基準を完全に満たした状態の間に,症状を伴う知覚や認知機能に変化が認められる状態」と記述し,今日に至るまで高齢者せん妄を中心に検討が進められてきました。その過程で,閾値下せん妄の発症に関連する要因はせん妄自体の要因とほぼ同じであり8),せん妄へ進展するリスクを高めること9),外科患者を対象にした調査では閾値下せん妄の罹患率は28~34%であること8)が報告されています。さらに閾値下せん妄の状態で予防的に抗精神病薬を投与することによる,せん妄の発症率等のアウトカムに対する効果についても検討され始めています。ただし,閾値下せん妄に対する看護......

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