医学界新聞

対談・座談会

2016.08.29



【対談】

成長を支援し,自律性を育むOJT

西田 朋子氏(日本赤十字看護大学 准教授)
松尾 睦氏(北海道大学大学院 経済学研究科教授)


 人にとって「経験」は貴重な学習資源であり,OJT(On-the-Job Training)は,経験を通して学びを進めるための手段の一つです。しかし多忙な環境の中,自身も看護実践をしながら指導を行うことに,難しさやプレッシャーを感じている指導者も多いのではないでしょうか。「なぜ自分が指導者になったのだろう」「うまく指導できているのだろうか」と思いながら,指導している方もいることと思います。

 では,現場での実践(経験)を通して,どのように看護師の成長を支援していけるとよいのでしょうか。『新人看護師の成長を支援するOJT』(医学書院)の著者である西田氏と,ビジネスや医療の現場などさまざまな分野において経験学習に関する研究を行っている松尾氏にお話しいただきました。


西田 看護では,3~4年目に指導者を任されるケースが多く,自分自身がまだエキスパートとは言えない段階で後輩を指導することに不安を抱く方も少なくありません。松尾先生は看護を含め,これまでにさまざまな分野で人材育成に関する研究をされていますが,看護とそれ以外の分野において違いを感じることはありますか。

松尾 総じて,看護はすごく進んでいる分野だと思います。OJTは基本的にマンツーマンで行われますよね。でもプリセプターに任せきりにしてしまい,完全に1対1の関係になってしまうと,お互いフラストレーションがたまるのです。それが看護では,プリセプターに対するフォローなどがきちんと行われているケースが多く,組織全体で育成に取り組む雰囲気ができているように感じます。

西田 看護以外の分野から看護での人材育成を見ると,進んでいると評価されるのですね。中にいるとわからない,看護の良い部分です。

育成に関する考え方を形にし,共有する

西田 個人的には,看護師は指導においても一生懸命やろうとしすぎるというか,自分や他人に厳しすぎる部分があるのではないかと感じることがあります。例えば指導者の話を聞くと,新人に対して,「大人なのだし専門職なのだから,フィードバックがなくても自分で気づいていくべきだ」と言う人もいます。育成とはこうある“べき”という考え方が強固な指導者への対応は悩ましいところです。

松尾 そうした育成観のようなものは,自分が教えられた経験から構築される傾向にあるので,厳しい人というのはおそらく自分も厳しい指導を受けてきたのでしょう。反対に,あまり指導を受けてこなかった人は,そもそも教えることに対するマインドセットを持っていないので,「そんなことまで教えなければならないのか」「指導って面倒くさい」と感じてしまうのだと思います。

西田 その価値観を変えていく必要があるわけですよね。先生は,具体的にはどのような方法を使っていますか。

松尾 まずは,育成に関する自分の方針や基本的な考えを“形”にすることが重要です。ただ,言語化するのは意外と難しい。ですから,「自分が成長したと感じたときに,どのようなサポートを受けたか」といったテーマで絵を描いてもらったりしています。視覚化して他人と比べたり,フィードバックを受けたりすることで,自分一人で頑張ってきたと思っていた人も,実は誰かの支えやアドバイスがあったことや,成長するための場を与えられていたことに気づく機会にもなります。

西田 面白そうです。一人で成長してきたわけではないことに気づくのは,とても大事なことですね。ある程度時間や気持ちにゆとりがないと自分のことを振り返ることは難しいので,そうした機会を設けることも施設内教育では心掛けたいところです。

松尾 普段一緒に仕事をしていても,相手が感じていることや考えていることって案外わからない。週に1回,あるいは月に1回でも,振り返りの場や皆で話ができる場を持つことで,相手の成長はもちろん,価値観なども見えてきます。管理者はその場をファシリテートし,皆が思いを共有しやすい雰囲気を作っていくことも求められるでしょう。

西田 確かにオープンな雰囲気がないと,話すことは難しいです。日頃からそうした場が保障されていることが重要で,それを積み重ねていく中で「こういうことを言っても大丈夫なんだ」「困っていたら一緒に考えてもらえるんだ」と思えるようになると,ネガティブな感情も含めて思いを共有することに向き合いやすくなる気がします。

批判に対してオープンになることが成長の鍵

松尾 先生がおっしゃった“オープン”には二つの意味があります。一つが,思ったことを何でも言えるという「心理的安心感」。これはリフレクションの基本にもなっています。そしてもう一つが,「批判を受け止めるオープンさ」。経験から学ぶ上では後者が重要であるとされています。

西田 批判されると自分の価値観を否定されたようで,中には批判を受け入れられない人もいます。

松尾 そこは志向性が深くかかわっていて,批判を受け入れにくい人というのは「業績志向」が強い傾向にあるんですよ。業績志向の人は他人からの承認・評価を行動の原動力にしているため,認められずに批判されるとはねつけてしまう。一方,「学習志向」の強い人は,他人の評価ではなく自分の成長・向上を求めているので,自分の成長につながることとして批判を受け入れられるわけです。

西田 業績志向・学習志向という考え方は非常に興味深いです。

松尾 どちらの志向性がより強いかは人によって異なりますが,業績志向には学習志向を阻害する側面があります。実は僕は業績志向が強くて,困っているんです(笑)。ただ,自分の志向性を知っていれば,批判をはねつけてしまったときに「これではいけない」と気づけるので,多少は対処が可能になります。

西田 そこに気づくのは,若いうちのほうがよいのかもしれません。人はいつでも変わるチャンスがあるとは言うものの,看護に限らずネックになりがちなのは,ある程度経験を積んだ中堅以降の人だと思います。その年代の方が変わらないので,組織全体がギスギスしてしまうという相談を受けることがあります。

松尾 そういう人は,職場でもなんとなく腫れ物扱いされていませんか。本人もそれに気づいているから,余計に意固地になってしまっている。どんな人にも得意な面や強みがあるはずです。ですから,そこを生かせる役割を与えたり,頼ったりすることで,居場所を与える。地道ですが,そうして相手を尊重していけると,状況は改善していくのではないかと考えています。

西田 自分のまわりにいる人たちがそれぞれどのような強みを持っているかは,意外とわかっていないことも多いです。以前,職場の全員の名前を書き出して,その人はどんなことが得意か,何をどう頼んだらよいかを現場の看護師さんと考えてみたことがあります。すると,職場には本当にさまざまな人がいるということに皆さ...

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