認知症治療薬,どう使う?(関口健二)
連載
2016.04.04
ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス
高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介。老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします。
[第1回]認知症治療薬,どう使う?
関口 健二(信州大学医学部附属病院/市立大町総合病院 総合診療科)
症例
71歳女性,物忘れを心配して夫と受診。夫によると,この1年間で物の置き忘れなどが目立つようになった。料理中に鍋を焦がしたことも2回あったため,現在調理はさせていない。家に引きこもりがちで,ちょっとしたことでイライラするようになった。ミニメンタルステート検査では30点中19点。Treatable dementiaや認知症様症状を来す病態(せん妄,うつ病,薬物有害事象)は否定され,アルツハイマー型認知症と診断された。
ディスカッション◎認知症治療薬のそれぞれの特徴は?
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認知症の治療戦略は,認知機能障害とBPSD(認知症に伴う行動・心理症状)に対する治療から成る。認知機能障害の治療は,脳を活性化させるようなリハビリや家族へのコミュニケーションテクニックの指導,環境調整といった非薬物療法と,薬物療法に分けられる。現在,認知症治療薬は4種類あり(表),それぞれの特徴を理解した上で適切に使い分けることが重要である。
表 認知症治療薬の分類と特徴(クリックで拡大) |
認知症治療薬はいずれも同程度の効果を示す
●コリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)
ChEIはドネペジル,リバスチグミン,ガランタミンの3種類に大別される。ドネペジルは選択的アセチルコリンエステラーゼ阻害,リバスチグミンはアセチルコリンエステラーゼ阻害とブチリルコリンエステラーゼ阻害,ガランタミンはそれらに加えてニコチン性アセチルコリン受容体刺激作用を持つ。ADAS-cog(70点満点の認知機能検査;点数が高いほど重度)のメタ分析によると,ドネペジルは2.8点,リバスチグミンは3.9点,ガランタミンは2.5点だけ,内服していない患者よりも点数が低い1)。別のメタ分析でも,薬剤の種類によらず1年当たり2か月程度ADL低下を遅らせる効果があるとされている2)。薬理作用に若干の違いはあるものの,いずれも同等の効果を有しており,どれかがより優れているということはないと言えるであろう。
適応はいずれもアルツハイマー型認知症だが,血管性認知症に対しても同程度の効果を有することが複数のRCTで報告されている3,4)。また,レビー小体型認知症に対してはリバスチグミンが他よりも効果を有することが示されている5)。ただし,前頭側頭型認知症は脳内のアセチルコリン系の障害を認めないことから,ChEIは効果がないばかりか,易怒性や焦燥が出現する可能性があり,注意が必要である。
●NMDA受容体拮抗薬
NMDA受容体拮抗薬であるメマンチンは,中等度以上のアルツハイマー型認知症に適応となっている。NMDA受容体を阻害することで神経興奮毒性の抑制をうながすため,焦燥感や幻視などのBPSDがみられる患者で特に効果が期待される。認知機能・ADLの改善に関しては,ChEIと同程度の効果が証明されている一方で,軽度から中等度認知症に関してはADAS-cogで1点以下の差しかない6)。また,メマンチンはChEIとの併用が可能で,中等度から高度アルツハイマー型認知症で効果が認められている7)。
有害事象を適切に評価し,その後の投与を考える
上述のように,臨床効果そのものは決して大きいとは言えない認知症治療薬であるが,そもそも本当に服薬を開始するべきなのだろうか。データ上では効果が限定的とは言え,試す価値がないとは言い難い。30-50%の患者では全く効果を示さないものの,約20%の患者ではADAS-cog 7点以上の改善を認めたという報告もある8)。患者と家族にエビデンスを提供し,開始するか否かの協議を行なうべきであろう。また,ChEIを6週間中止することで認知機能はプラセボ群との有意差が消失するとのデータ9)もあり,認知症そのものを治療しているわけではないことも併せて説明したい。開始することが決まれば少量から開始し,増量は時間をかけて慎重に行い,必ずしも添付文書どおりの用量まで増量する必要はない。筆者は,いずれかのChEIを開始して3-4か月経過しても何の変化も認めない,あるいは有害事象を疑う症状が出現するようであれば,他のChEIへの変更を考慮するようにしている(過剰医療を行わないための推奨事項を示す「Choosing wisely」では,12週間での評価を推奨)。
認知症治療薬の服薬中は,有害事象の出現評価が重要になる。ChEIに共通する有害事象で最も多いのは,消化器症状(嘔吐,下痢)。リバスチグミンは消化器症状の有害事象が比較的少なく,消化器症状の出現しやすい患者に有用と言えよう。ChEIはコリン作動性神経に作用することから,徐脈性不整脈も有害事象として挙げられる。
知らなければ有害事象と気付きにくい症状が,錐体外路症状,興奮,不穏である。頻度は多くないものの,処方した医師が自覚的でないと,安易な薬剤の増量や他の薬剤の併用などを行い,さらなる悪化を招きかねない。有害事象であることに気付くには,有害事象を疑うべき症状の出現様式や環境変化の有無,服薬アドヒアランスなどをきちんと聴取し,認知症症状の増悪か,薬剤の有害事象かを見極めることが必要になる。有害事象が疑われる場合,中止や減量,他剤への変更(ChEI間の切り替えも可)を考慮するとよい。服薬を中止した後に症状が軽快するようであれば薬剤による有害事象である可能性が高く,中止しても症状が改善しなければ認知症症状の増悪である可能性が高いと言える。
NMDA受容体拮抗薬であるメマンチンは,ChEIに比べると有害事象は少ないものの,興奮,幻覚,ふらつき,便秘などが挙げられる。また,腎機能障害(CCr<30 mL/分)のある患者には慎重な投与が必要になる。
症例その後
患者・家族と協議し,ドネペジル3 mgから開始,2週間後5 mgに増量した。4か月後,以前よりご飯を食べなくなった,怒りっぽくなった気がするなどの報告が夫からあり,うつ病の合併も考慮されたが,GDS(老年期うつ病評価尺度)では15点中3点と否定的。ドネペジルの有害事象を疑い,2週間の休薬後にリバスチグミン4.5 mgから開始し,漸増した。さらに4か月後,物忘れについては改善を認めないものの,食欲不振はなく,イライラする様子も減って穏やかに暮らせているとの報告があり,効果ありと判断し薬物療法を継続している。
クリニカルパール✓ 認知症治療薬は,効果が限定的であることも,改善効果を示すこともあり,各薬剤の特徴を知って適切に使用したい。
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一言アドバイス●高齢者で新規の転倒をみたら,ChEIによる徐脈性不整脈も原因として疑いたい。現実的に認知症治療薬が投与可能か,誰が管理すべきかも検討が必要である。パッチ剤が3枚も4枚も貼られたままの患者さんに遭遇することもある。(玉井 杏奈/台東区立台東病院) ●ChEI継続症例では,止める時期も検討しておきたい。作用機序から考えても重度に進行した場合の効果は未知数である。施設に入るような状況では中止しても安全だという報告もあり,重度認知症では中止を考慮するようにしている。(許 智栄/アドベンチストメディカルセンター) |
(つづく)
【参考文献】
1)Ann Intern Med. 2008[PMID : 18316756]
2)JAMA. 2003[PMID : 12517232]
3)Cochrane Database Syst Rev. 2004[PMID : 14974068]
4)Lancet Neurol. 2007[PMID : 17689146]
5)Lancet. 2000[PMID : 11145488]
6)Cochrane Database Syst Rev. 2006[PMID : 16625572]
7)JAMA. 2004[PMID : 14734594]
8)JAMA. 2004[PMID : 15598922]
9)Neurology. 1998[PMID : 9443470]
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