医学界新聞

寄稿

2016.04.04



【特別寄稿】

敗血症の新定義・診断基準を読み解く
2001年以来の改定で臨床・研究はどう変わるか

山本 良平(亀田総合病院集中治療科)
林 淑朗(亀田総合病院集中治療科/クィーンズランド大学臨床研究センター)


 敗血症の定義が2001年以来,15年ぶりに改定された。新定義では臓器障害を伴う病態のみを「敗血症」とし,旧定義における「重症敗血症」という用語は消失した。また,診断基準としてSOFAスコアが採用されたほか,ICU外の場でのスクリーニングツールとしてqSOFAスコアが新たに考案されるなど,大幅な変更となっている。

 今回の改定にはどのような背景があるのか? 日本の臨床および研究はどう変わるのか? 新たな定義・診断基準を支える重要な臨床研究を踏まえて解説する(「週刊医学界新聞」編集室)。


 敗血症の定義が変わった。「敗血症および敗血症性ショックの国際コンセンサス定義第3版(Sepsis-3)」が2016年2月22日,第45回米国集中治療医学会において報告され,JAMA誌にも同時掲載1)されたのである。敗血症は集中治療室のみならず,一般病棟や救急外来,急性期病院以外の場においてもよく遭遇するため,定義・診断基準の改定内容を把握することは,多くの医療者にとって重要である。

1991年定義から2001年定義へ,その経緯と問題点

 Sepsis(敗血症)の語源は古代ギリシャ語で「腐敗」を意味するseptikosからなり,その概念は古くはヒポクラテスの時代から存在していた。現代では,1914年にSchottmüllerが「細菌の血流感染による侵襲」をsepticemiaと定義し,以降はsepsis,septicemia,toxemia,bacteremiaなど,同一の臨床状態を表す用語が次々に登場し,混同され用いられてきた。

 1989年にBoneらがsepsis syndromeという概念を提唱し,これをもとに1991年,米国の専門家らが敗血症を「感染による全身性の炎症反応症候群(Systemic Inflammatory Response Syndrome;SIRS)」と定義した2)。この定義には,全身性の炎症反応に焦点を当て,バイタルサインを中心とした簡便な基準で幅広く敗血症を拾い上げるという利点があり,「感染症+SIRS」が敗血症の診断基準として広く用いられることとなった。

 しかしながら,敗血症の病態は過剰な炎症反応だけでなく抗炎症反応もあり,この定義は敗血症の病態の一部分を反映するにすぎない。また,軽度の侵襲下患者でも拾い上げてしまうこと,診断基準の特異度も高くないことがSIRSの問題として指摘された3,4)

 その後2001年に,欧州や米国のより多様な専門家らによって敗血症の定義が改定された5)。2001年の定義ではSIRSのみを診断基準として使用することをやめ,敗血症を「感染に起因する全身症状を伴った症候」と定義し,診断基準にSIRSの構成要素以外にも多数の項目を採用している(表1)。この定義は,国際的な敗血症診療ガイドラインであるSurviving Sepsis Campaign Guidelinesの第3版(SSCG 2012)6)においても踏襲されている。

表1 敗血症・重症敗血症・敗血症性ショックの定義と診断基準(2001年)(クリックで拡大)

 しかし1991年定義と比べて診断基準の項目数が多く,診断基準をいくつ満たせばよいのかの明確な記載やカットオフ値の科学的根拠もなかった。また,敗血症の診断に対する感度・特異度も1991年定義と大きく変わらなかったため7),より簡便かつ客観的な1991年定義が臨床現場や臨床研究で用いられることが多かった8)

 さらに,1991年定義と2001年定義に共通して言えることであるが,敗血症(sepsis)と重症敗血症(severe sepsis)という用語が混同され,臨床現場・学術論文共に,敗血症は「重症敗血症」の意味で使用されることが多かった。このため,「敗血症の中でもより専門的なマネジメントを要する重症敗血症を定義の対象とすべきであり,“臓器障害のない敗血症”を“敗血症”と呼ばなくても良いのではないか」という指摘もあった8)

 また,敗血症性ショック(septic shock)は「十分な輸液負荷にもかかわらず持続する低血圧を伴う敗血症」と定義されたが,血圧のみで定義することは細胞・代謝の異常を伴う敗血症性ショックの病態を正確に反映する上で不十分であった。敗血症性ショックの定義には血管作動薬の有無や収縮期血圧のカットオフ値が明記されておらず,臨床研究において微妙に異なる定義が用いられてきた経緯があり9),このばらつきのため,研究によって発症率や死亡率が異なってしまうことも問題であった。

 そこで,米国集中治療医学会/欧州集中治療医学会の専門家19人から成るタスクフォースが設置され,敗血症の新定義・診断基準を策定することになった。新定義・診断基準はタスクフォース内の会議,データベースを用いた新たな解析研究,投票などを通じてドラフトが作成され,関連専門家団体による査読機会を広く国際的に設け,最終的に日本集中治療医学会を含む31の専門家団体の賛同を得て確定版の公表に至った。

新定義・診断基準のポイントと裏付けとなる臨床研究

 以下,新定義・診断基準(表2)のポイントを解説する。

表2 敗血症・敗血症性ショックの新たな定義と診断基準(2016年)(クリックで拡大)

1)「重症敗血症」という用語の消失
 旧定義における「臓器障害のない敗血症」は取り扱われなくなり,新定義の敗血症は「感染症が疑われ生命を脅かす臓器障害」とされた。これにより新定義では,「重症敗血症」という用語はなくなった。

2)敗血症の診断基準に「SOFAスコア」を採用
 新診断基準ではSOFAスコアが採用された(表310,11)。SOFAスコアは,臓器障害を簡便にスコア化し記述することを目的に,Vincentらにより1994年に作成されたスコアリングシステムである。当初はSepsis-related Organ Failure Assessment(SOFA)として敗血症での臓器障害の評価法として用いられたが,敗血症以外の集中治療患者でも転用されるに至り,後にSequential Organ Failure Assessment(同じくSOFA)と改名された。今日のICUでは,主に研究目的に,臓器障害のスコアリングシステムとして世界に広く普及している。

表3 SOFAスコア(文献1より)(クリックで拡大)

 敗血症の新診断基準作成においては,「生命を脅かす臓器障害」という定義を反映したいという意図があった。タスクフォースは「院内死亡率の高さと関連する臓器障害の項目が,これにふさわしい」と考え,検証研究を行った。Seymourら12)は大規模データベースを用いて,感染症が疑われる患者のSOFAスコア,SIRS,LODS(Logistic Organ Dysfunction System),qSOFAスコアと院内死亡率との関連を評価した。その結果,SIRSとqSOFAよりも,SOFAスコアとLODSが同等に,死亡リスクと高い相関を示した。

 LODSがSOFAスコアより複雑であることを踏まえ,「死亡リスクを評価するための臓器障害評価にはSOFAが最適」と結論付けた。また,SOFAスコアの2点以上の増加で院内死亡率が約10%増加することを根拠として,敗血症の診断基準は「SOFAスコアのベースラインから2点以上の増加で,感染症が疑われるもの(合併症のない患者であれば,0点がベースライン。合併症があれば,その時点でのSOFAスコアからの変化の差が2点以上)」と決められた。

3)ICU外では「qSOFAスコア」を採用
 SOFAスコアは,臓器障害を簡便にスコアリングし記述できるツールとして,ICU内の患者を対象に作成されたものである。それゆえ,ICU外でこの診断基準を用いることの妥当性が不明であった。またSOFAスコアを正確に測定するには,動脈血液ガスを含めた採血検査が必要であり,ICU外で素早く敗血症を認知することには適していないと考えられた。そこで,SOFAスコアをつけることが困難と想定される場所(一般病棟,救急外来,急性期病院以外の場)で敗血症を疑うためのより簡便なツールとして,qSOFA(quick SOFA)スコアが考案された。

 Seymourら12)が行った研究によると,ICU外の感染症が疑われる患者において,「GCS(Glasgow Coma Scale)13未満」「収縮期血圧100 mmHg以下」「呼吸数22/分以上」のうち2項目以上を満たす...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook