医学界新聞

2016.03.21



Medical Library 書評・新刊案内


グラント解剖学図譜 第7版

Anne M. R. Agur,Arthur F. Dalley 原著
坂井 建雄 監訳
小林 靖,小林 直人,市村 浩一郎,西井 清雅 訳

《評 者》奥脇 透(国立スポーツ科学センター・メディカルセンター主任研究員)

運動器に携わる全ての人に見てほしい一冊

 私が初めて『グラント解剖学図譜』(以下『グラント』と略)を見たのは,整形外科の研修医時代に先輩のドクターに薦められてであった。リアルなスケッチに目を奪われたことをよく覚えている。赤い表紙が印象的だったので,第3版だっただろうか。特に股関節や脊椎の手術前には,展開を予想して何度もページをめくり返していたが,なかなか頭に入らずにいらいらしたものだ。そして実際に手術が始まると,執刀医の展開する視野に興奮し,夢中になりすぎて本来の役目である鉤引きの手が緩み,何度も注意された覚えがある。股関節を後外側からアプローチし,中殿筋を分け入って進むと,次は外旋筋群が出てきて,前は大転子,後ろに坐骨神経が見えるはず……。直前まで目にしていた『グラント』の絵が,再現されてきていることに興奮が隠せなかった。実際には大きさも形も色も違っていたが,その位置関係や走行は忠実に再現されていた。手術が終わり一息ついたときに,また『グラント』を開くと,同じ絵なのに今度は生き生きとして見え,それにまた興奮したことを思い出す。

 それ以来,『グラント』は書斎だけでなく,手術室や病棟の休憩室にも欠かせない一冊となった。特に手術の前後には,必ず関係箇所に目を通した。スポーツ医学の分野に移り外来診療が中心となっても,厄介な症例に出合った際には,やはりまず『グラント』を開き,病態を自問自答してみる。そして『グラント』を見せながら,ここがこうなってこうなったと,アスリートへの説明にも利用している。

 現在,私が興味を持っているのは筋肉である。大腿部前面の大腿四頭筋の肉離れを,初めてMRIで撮ってみたとき,損傷部位そのものより,周囲の筋線維が出血や浮腫によって浮かび上がり,その走行が鮮明に描出されていることに驚いた。そして『グラント』を見ると,鳥の羽のように描かれている大腿四頭筋の図譜が,まさに見ているMRIと一致していることに気付き,あらためて『グラント』の凄さを再認識したものだ。

 ありがたいことに『グラント』は進化している。その都度,新たに織り込まれた創意工夫に感心させられているが,今回もそうである。この『グラント解剖学図譜 第7版』では,MRIの他,CTや超音波検査といった画像や効果的な図表も駆使して,見る側の興味をそそっている。本書は,整形外科医ばかりでなく,運動器の診療,さらにはトレーニングに携わっている方々にとっても,手の届く場所に置いておきたい一冊となることを確信している。

A4変型・頁920 定価:本体15,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02086-2


戦略としての医療面接術
こうすればコミュニケーション能力は確実に向上する

児玉 知之 著

《評 者》新城 名保美(元住吉腎クリニック院長)

臨床で陥りがちなシチュエーションを具体的に提示

 『戦略としての医療面接術』のタイトル通り,医療面接の著作です。しかしながら,従来の「医療面接」をテーマに扱った書籍とは異なり,著者自身の実際の経験に基づき深く洞察されており,通読してなるほど,そういう切り口もあったか,と深く感心しました。われわれが普段の臨床で応対する「患者・患者家族」――その個性や社会環境などの背景要素の多様性に注目しています。

 「うまくいかない医療面接」を経験した際,医師としては,「あの患者・患者家族は変だから……」と自分を含め他の医療スタッフに説明付けようとしがちですが,うまくいかなかった医療面接は,われわれが医療面接上必ず確認しておかなければならなかった手順や態度を怠ったことが原因であったかもしれない。この著作はそれを実臨床で陥りがちな,さまざまなシチュエーションを提示することで,抽象論に終始することなく具体的に提示してくれています。通読後,今まで自分が経験してきた医療面接の失敗例を思い返しても,本書にて指摘されている「やってはいけないこと」がいくつも当てはまり,内省した次第です。

 また,道徳,倫理,宗教,信仰,文化などと密接に関連する医療面接という分野を,「戦略としての」という枕言葉通り,どうすればスキルとして扱えるようになるのか,論じています。どのように医師が「名医」を演じれば,病院という舞台に参加した患者様の立場から見て,良心的で信頼でき得るかということも詳細に記載されています。とてもユニークな特長です。そして,それらを説得力を持って裏付けるように,さまざまな医療面接上のエビデンスが盛り込まれていて,決して著者の独り善がりの視点に終始していないことも好感が持てました。

 この著作で提示されているスキルをもって患者様と接すれば,臨床医としての,いえ一人の魅力ある人間としてのコミュニケーション能力も一段階上のステージに上げることができるのではないでしょうか。『戦略としての医療面接術』は,医師として最初の一歩を踏み出した研修医のみならず,中堅,ベテランの医師にもお薦めしたい良書であると思います。

A5・頁272 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02162-3


肝動脈化学塞栓療法(TACE)
理論と実践ストラテジー

松井 修,宮山 士朗,大須賀 慶悟,衣袋 健司 編著

《評 者》荒井 保明(国立がん研究センター中央病院院長/日本IVR学会理事長)

TACEに携わる医療者必読の書

 あるとき,真冬のベルリンで,肝癌に対する肝動脈化学塞栓療法(TACE)と分子標的治療薬との併用を評価する国際共同治験についての会議があった。席上,TACE界の雄,Prof. Riccardo Lencioniの「肝癌に対する標準的TACEはDEB-TACE(薬剤溶出ビーズによるTACE)だ」という発言に私がかみついたため,会議がもめた。結局,最後まで合意に至らず,日本はこの治験に不参加となった。残念ながら,当時,TACEの主流はDEB-TACEであり,議論の主役は常に欧米だったのである。

 しかし,2013年に日韓で行ったc-TACEの臨床試験の結果が公表されると,流れは大きく変わった。同じ年,TACEにおけるリピオドール®がわが国で薬事承認され,これに続き,欧米各国でも承認が相次いだ。そして,2015年には彼らによるc-TACEのTechnical Recommendationなる論文が公表されるに至った。今や,かつてDEB-TACEの旗手だった欧米のbig nameたちも“標準的TACEは,c-TACE”と言ってはばからない。まさに,c-TACEが主役となったのである。

 さて,映画のような大逆転劇なのだが,その理由は何であったのか。答えは簡単である。医学の世界が正しいものは正しく,間違いは間違いという「科学の世界」であったからにほかならない。肝癌とその周囲の微細な血管構築や微小血流,そしてリピオドール®の挙動に関する膨大な真実が解き明かされていたからである。「科学の世界」では真実こそが勝者であり,c-TACEには真実を語る壮大な叙事詩とも言うべき研究があったからである。この研究をされたのが,松井修先生とその一門の方々であり,それがまとめられたのが本書である。

 私のような凡人は,ついつい大逆転というストーリー展開に有頂天になってしまうのだが,本書には,そのような浮ついた記述はみじんも見られない。原理から始まり,実際の治療に当たっての細々とした技術が述べられるとともに,何とビーズについても多くのページが割かれている。確かに,われわれ臨床医にとっては,「どちらが良いか」ではなく,「どうすれば最も良い結果が得られるか」が大切なことであり,TACEという治療法の全体像と手技の実際を正しく理解する必要がある。本書は,あくまで科学者として真実を追究し,そして臨床医として治療結果にこだわり続けられる松井先生の姿勢が貫かれている。

 TACEについて書かれた本は多数あるが,真実を究明する科学的姿勢,臨床に立脚している点で,本書はまさしくバイブルと言える。TACEは最も普及しているIVRの一つではあるが,本書を読まずしてTACEを語るべきではなく,また行うべきでもない。TACEに携わる医療者にとって必読の書である。と同時に,真実の重み,科学の重み,臨床の重み,そして,努力の重みをかみしめながら読まなければいけない書でもある。

B5・頁252 定価:本体10,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02432-7


ジェネラリストのための
眼科診療ハンドブック

石岡 みさき 著

《評 者》今 明秀(八戸市立市民病院救命救急センター・臨床研修センター所長)

「しみる」点眼薬はワサビ

 つや消しの白い表紙に空色のタイトル。なんと清潔なんだろう。書き手によって本の顔は変わる。上品な色使いに,多くの医療者は平積みになった新刊の群れからきっとこの本を手に取りたくなるだろう。そしてページをめくると,優しい文体に気付く。「○○してください」と。それでは内容を紹介しよう。

 瞬間接着剤を点眼してしまったらどうするか。その答えは,「睫毛を切る」。読んで笑ってしまった。まるで,4コマ漫画に出てきそうな場面である(p.21)。

 霰粒腫を結膜側から切開した後に出血が止まらなくなったときはどうするか。よく考えればわかるかもしれないが,縫合止血ではない。答えは,ガーゼを持った手のひらで切開した部分を圧迫し,ロダンの「考える人」のように大腿に肘をついてもらい頭の重みで数分間圧迫すること(p.23)。

 日中に溶接,スキー,スノボを行い激痛で夜中に受診する電気性眼炎では診察時にベノキシール®点眼麻酔薬を使う。これは20分ほどで切れるので,前もって説明しないと再受診になる。頻回のベノキシール®点眼は角膜障害を起こすので処方してはいけない薬だそうだ。もし,患者がベノキシール®点眼常習者なら,それは自傷Münchausen症候群だと(p.35-37,43)。

 義眼というのは,ゲゲゲの鬼太郎のお父さん(目玉おやじ)のように球形だと私は思っていた。それは間違いで,カーブした円盤状の物(p.77)。

 関東の花粉症(アレルギー性結膜炎)はバレンタインデーから花粉が飛び始めるので,その2週間前の1月末から治療を開始する(p.80-82)。女性がチョコの心配を始めたら点眼薬もスタート。花粉症では洗眼も効果的。水道水では塩素が眼の表面に傷を作るので,人工涙液が望ましい。人工涙液とは生理食塩水のこと。人工涙液の使用上の注意に,「緑内障の診断を受けた人は医師にご相談ください」とあるが,その必要はない(p.119)と明快。

 温めるか冷やすかのよくある質問。ドライアイは温める。アレルギーでは冷やす(p.83)。そうなんだ。

 点眼薬に小児用量はない。小児用点眼薬として売られているのは,「しみない」だけで薬効は同じ。成人用市販の「しみる」点眼薬はあえてメントールを入れた(p.122)。ワサビを子どもは嫌いだが,大人は好き。これと同じだ。

 これだけ読んでも相当役立つ内容のはず。もしかしてすでにラインマーカーで印を付けていますか?

 著者紹介を読んでみた。石岡みさき先生の座右の銘は「反省しても後悔はしない」だそうだ。最近,中高校生を対象に,心に響いた言葉のコンテストが行われた。松岡修造さんのことばが有名人の中では断トツの1位の引用だった。中でも「反省はしろ! 後悔はするな!」が支持されていた。石岡みさき先生に尋ねてみた。「松岡さんの影響ですか?」「いいえ,独自に思うようになりました」。松岡さんと同じことを言っている石岡みさき先生だが,松岡さんとは違う空気を感じる。それをこの本を読んで感じてほしい。3400円也。

A5・頁198 定価:本体3,400円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02418-1


見逃し症例から学ぶ
神経症状の“診”極めかた

平山 幹生 著

《評 者》髙橋 昭(名大名誉教授)

経過を深く詳細に粘り強く観察することを説く一冊

 「こんな本があったら」と,かねて願っていた本が出版された。勘違い,手落ち,不手際,不覚,思い込み,などさまざまな誤りは,神ならぬ人にとって避けて通れない性(さが)である。しかし,医療には,誤りは許されず,細心の注意と配慮が求められる。

 誤り(誤診)の原因は,患者側にある場合と診察者側にある場合とがある。本書の序論に相当する「誤診(診断エラー)の原因と対策」の章では,原因を①無過失エラー,②システム関連エラー,③認知エラーの3種に類型化し,さらにそれらを細分した分類を引用し,本書で扱われている各症例の誤診原因をこの分類と照合させている。本序論は必読の価値がある。

 診療の第一歩である病歴聴取は,診断上重要な要素であるが,患者の訴え(complaint),症状(symptom)が完全無欠であることはまれである。詳細で慎重な病歴聴取であっても,誤診の原因になり得ることがあり,上記の「無過失エラー」に属する。診断の正否は病歴聴取が分岐点となることが多く,初診時から誤りが起こり得る(症例33,フグ中毒,p.138)。

 本書は,主訴に基づく10章から構成されており,症例数は61例の多きに達する。「初期診断」(多くは正しい診断ではない)はさまざまな検討を経て「“診”極める(最終診断)」に至り,その間の試行錯誤,苦心,そして最後の解説,教訓(反省)が本書の核心である。引用された参考文献には「解説」が付記されており,これが大変有用である。「Memo」欄には症例や疾患に関する著者の備忘録が記されている。著者の豊富な経験,慎重な態度,博覧強記には圧倒されるばかりである。

 日常診療でよく遭遇する「めまい」「頭痛」「しびれ,痛み」「脱力」などの章では,初診時には予期しない重大な疾患が潜んでいることが少なくないとの警告が心に響く。

 剖検にて初めて診断が確定された経験をもつ医師は少なくなかろう。しかし,本書に記載された大部分の症例では,病理診断ではなく,経過観察,適切な画像・髄液・血清学的検査の施行,文献検索などによって最終診断に至っている。当初診断不明例で,血清を保存,9年後に外注検査を行い,コクサッキーウイルスB4感染症であったことが確認された例(症例4,p.15-16)や,特発性正常圧水頭症が考えられていながら,脳神経外科医からその診断に賛同が得られず,4年後になって本症に診断基準が提唱され,本症と確認した症例(症例5,p.18)などは,強い教訓を与える。経過を深く詳細に,かつ粘り強く観察することは,正確な診断への王道であることが説かれている。

 本書は1回限りで読み捨てるものではなく,再読されるべきである。扱われた症例の,性,年齢,主訴,初診時の診断,最終診断が一覧表としてまとめられれば,さらに座右の書としての利便性,また再読の価値が高まるであろう。

 学生実習には経過観察の教育が欠けている。本書は,学生や多くの臨床医家にとって,必読の書であるとともに,さらにベテランの神経内科医にとっても多くの貴重な示唆を与える書であることを確信する。

A5・頁284 定価:本体4,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02415-0

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