グラント解剖学図譜 第7版

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長く医学生に愛用されてきた解剖学アトラスの最新版。解剖標本に忠実に描かれた定評のあるイラストは、解剖実習や臨床で役立つ絶妙のアングルで描かれ、多くの医学生・医師の助けとなってきた。さらにCTやMRIなどの画像写真、断面写真も充実し、知識の整理に役立つ表や理解を助ける模式図も豊富。名著の伝統と現代的な使いやすさが見事に調和した味わい深い図譜。手に取れば、愛され続けてきたその理由がわかるだろう。
原著 Anne M. R. Agur / Arthur F. Dalley
監訳 坂井 建雄
小林 靖 / 小林 直人 / 市村 浩一郎 / 西井 清雅
発行 2016年01月判型:A4変頁:920
ISBN 978-4-260-02086-2
定価 16,500円 (本体15,000円+税)
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    2021.03.29

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訳者 序(坂井 建雄)/PREFACE 序(Anne M.R. Agur/Arthur F. Dalley II)

訳者 序
 本書は“Grant's Atlas of Anatomy”第13版の日本語訳である.原著の初版はトロント大学のJ. C. B. Grant教授により1943年に出版された.人体解剖標本を忠実に描いた本格派の解剖図譜として定評があり,世界の医学・医療関係者に愛用され,版を重ねている.
 日本語版は,森田茂,楠豊和両氏の翻訳により原書第6版が『グラント解剖学図譜』として1977年に,原書第7版が『グラント解剖学図譜第2版』として1980年に,原書第8版が『グラント解剖学図譜第3版』として1984年に発行された.原書第9版に基づく『グラント解剖学図譜第4版』は,山下廣,岸清,楠豊和,岸田令次の4氏の翻訳により2004年に発行された.原書第11版に基づく『グラント解剖学図譜第5版』からは坂井が監訳を担当し,翻訳は小林靖,小林直人,市村浩一郎の3名に担当していただいた.今回の第7版では,新たに西井清雅が訳者として加わった.いずれも,解剖学をこよなく愛しており,その実力をよく承知している人たちである.
 『グラント解剖学図譜』は,人体解剖をよく知る人がこよなく愛する解剖図譜である.なんといっても,人体解剖の奥深さと,本物だけがもつ迫真の力がそこにある.カナダのトロント大学のJ. C. B. Grant教授が繊細な解剖を行って剖出した多数の解剖標本をもとに,忠実に描いた解剖図がもとになっているのだから,当たり前といえば当たり前である.本物の解剖図を作り上げることがいかに大変なことであるか,またいかに得がたいものであるかは,人体解剖の専門家であればよく理解している.世の中に満ちあふれている解剖図の多くは,美と理想を求めて再構成されており,見方を変えれば知識をもとに頭の中で組み立てられたものになっている.さらにそこから引き写されて,著しく変形したものも少なくない.画像を通して伝えられる情報は,見る人に単なる知識を与えるだけではない.図には,構造の意味を理解し判断する枠組みをつくる力がある.どのようにすぐれた解剖図であれ,頭の中でつくられたものには,描いた人の理解の限界とバイアスとが埋め込まれている.解剖学を学ぶ人たちには,できるかぎり人体そのものから,少なくとも本物から学ぶことを願う由縁である.
 今回翻訳した原書第13版では,解剖標本を写実的に描いた古典的な解剖図の価値を高め,現代の学生たちのニーズに合わせた改訂が行われている.たとえば解剖図の彩色をより鮮やかなものにして臨場感を高めること,模式図と表を増補して知識の理解を助けること,各章の最後にMRIやCTなどの医用画像を集めて画像診断と関連づけること,などである.とくに臨床との関連を重視して,図の説明の中で臨床に関わりのある部分を青の地色で示している.また表については筋だけでなく,神経,血管の表を付け加えて,知識の整理に役立てている.改訂を積み重ねて,本書は単に解剖図を見るだけのアトラスから,解剖学の学習に役立つ総合的な教材として,さらに臨床でも役立つ医師の伴侶として,その価値を高めている.
 訳の分担は,市村浩一郎が第1~3章と第5章を,小林靖が第4章と第8章を,小林直人が第6章を,西井清雅が第7章と第9章を担当し,用語の統一と全体の調整を坂井が行った.
 訳出にあたっては,日本解剖学会監修『解剖学用語』(改訂13版)を用いた.また『解剖学用語』にない用語は,臨床各科の辞典,教科書などを参考にして和訳した.

 本書が,広く医学・医療関係者が解剖学を学習するための座右の書として,大いに活用されることを願うものである.

 2015年9月
 八王子の寓居にて
 坂井 建雄


PREFACE 序
 “Grant's Atlas of Anatomy”の今版では,前版までと同様に強力な調査,市場投入,創造性が必要であった.手堅い評判に頼るだけでは不十分であり,私たちは新版ごとにアトラスの多くの側面を修正・変更しながら,本書の長い歴史を豊かにしてきた教育面での卓越性と解剖学的な写実性への責務を保持してきた.医学および健康科学の教育,およびそこにおける解剖学の教育と応用の役割は,新しい教育方法や教育モデルを反映して,不断に発展している.医療システムそのものも変化し続けており,未来の医療従事者が習得しなければならない技術と知識もそれとともに変化し続けている.最後に,出版とくにネット情報と電子メディアの技術的進歩により,学生たちが内容を利用するやり方や教師が内容を教える方法が変化してきた.これらすべての進歩が,この“Grant's Atlas of Anatomy”第13版の構想を形づくり,製作の方向を決めた.その特徴は以下の通りである.
 古典的な“Grant's”のイメージを今日の学生向けに一新:“Grant's Atlas of Anatomy”の独自の特徴は,人体解剖の理想化された像ではなく,実際の解剖を具現する古典的な解剖図を提供し,実習室で学生たちが標本と直接見比べられるようにすることである.これらの解剖図のために用いた素材は実際の遺体であるので,これらの解剖図の正確さは比類ないものであり,学生たちに解剖学の最良の手引きを与えてくれる.年余にわたりまた今回の版で,われわれは学生の期待の移り変わりに合うように解剖図を数多く変更し,より鮮やかな彩色を加えてスタイルを一新した.すべての図版を精査して,図中文字の位置が効果的であり,解剖図の妥当性が明確であることを確保した.
 模式的な図版:フルカラーの模式図を解剖体の図に加えて解剖学的な概念を明確にし,構造の関係を示し,該当する身体の部位を概観できるようにした.図版はDr. Grantの「簡潔さを保つ」という訓示に従った.余分なラベル文字は削除し,重要な構造を指示するラベル文字を加え,図が学生にとって可能な限り有用になるようにした.
 図の説明で臨床応用が見つかりやすい:よく知られているように,図版はあらゆるアトラスの焦点である.しかし“Grant's Atlas of Anatomy”の図の説明は,このアトラスの独自で価値ある特徴だと長らく見なされてきた.図に付属する観察と説明により,注意を逃れがちな顕著な特徴や意味ある構造に注意が引き寄せられる.その目的は,過剰な記述をすることなく,解剖図を解釈することである.読みやすさ,明快さ,実用性を,この版の編集において強調した.解剖学的特徴と医療実地における意義を結びつける実際的な「珠玉」を伝える臨床コメントを,図の説明の中で青の地色で区別した.新しい臨床コメントをこの版で加えており,学生が解剖学的概念の臨床応用を探すのに役立つだろう.
 画像診断,体表解剖学の強化:医用画像は外傷と疾病の診断と治療において重要性を増してきているので,医用画像を各章を通じて豊富に使用し,各章の末尾に特別に画像を扱う頁をつくった.臨床に役立つ100枚以上の磁気共鳴画像(MRI),コンピューター断層像(CT),超音波像と,対応する位置取り図を今版で採用した.指示文字をつけた体表解剖写真は人種による多様性を示しており,この新版でも重要な特徴になっている.
 表を一新し,改善した:表は,学生が複雑な情報を簡単に使える形にするのを助け,総括や学習にぴったりである.筋の表に加え,神経,動脈,および他の関係する構造を含めた.また今版での表の形式は,根本的に一新した.列を明確に区別するために一貫した色分けを用いた.表は,重要な場所で,表に挙げた構造を示す図と同じ頁に配置した.
 論理的な構成と割付:アトラスの構成と割付は,いつも使いやすさを目標に決められてきた.身体の領域による基本的な構成をこの版でも維持したが,各章の中での図版の順番は論理的で教育に役立つことを確保するために精査した.各章の中の節は,領域の中の個別の細領域に分けて構成した.これらの細領域は,頁の見出しとして表示される.読者は,これらの表題を眺めるだけで,その頁の図がどの領域のどの細領域のものであるか,位置づけることができる.章の目次を,各章の冒頭に置いた.

 みなさんに“Grant's Atlas of Anatomy”のこの第13版を喜んで使っていただき,教育場面において信頼できる伴侶となることを願っている.われわれはこの新版が,アトラスの歴史的な強さを守りながら,今日の学生にとっての有用性を強めるものと確信している.

 Anne M.R. Agur
 Arthur F. Dalley II

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訳者 序
Dr. Grantへの賛辞

謝辞
表一覧
図表出典一覧

1 胸郭
 胸部/乳房/骨性胸郭と関節/胸壁/胸郭の内容/胸膜腔/縦隔/肺と胸膜/
 区域気管支と肺区域/肺の神経支配とリンパ流路/心臓の外観/心臓の動静脈/
 刺激伝導系/心臓の内観と弁/上縦隔と大血管/横隔膜/胸郭の後部/
 自律神経支配の概観/胸郭のリンパ流路の概観/断層解剖と断層画像

2 腹部
 腹部内臓の概観/前腹壁と側腹壁/鼡径部/精巣/腹膜と腹膜腔/消化器系/胃/
 膵臓,十二指腸と脾臓/腸/肝臓と胆嚢/胆管/門脈系/後腹部内臓/腎臓/
 後外側腹壁/横隔膜/腹大動脈と下大静脈/自律神経の神経支配/リンパ流路/
 断層解剖と断層画像

3 骨盤と会陰
 下肢帯/下肢帯の靱帯/骨盤底と側壁/仙骨神経叢と尾骨神経叢/
 骨盤の腹膜反転部/直腸と肛門管/男性の骨盤内臓/男性骨盤の血管/
 男性骨盤と会陰のリンパ流路/男性骨盤内臓の神経支配/女性の骨盤内臓/
 女性骨盤の血管/女性骨盤と会陰のリンパ流路/女性骨盤内臓の神経支配/
 骨盤の腹膜下領域/会陰の体表解剖学/会陰の概観/男性の会陰/女性の会陰/
 断層解剖と断層画像

4 背部
 脊柱と椎骨の概観/頸椎/頭蓋頸椎移行部/胸椎/腰椎/靱帯と椎間円板/
 下肢帯の骨,関節,靱帯/椎骨の異常/背部の筋/後頭下領域/脊髄と髄膜/
 椎骨静脈叢/脊髄神経の成分/皮膚分節と筋分節/自律神経/断層解剖と断層画像

5 下肢
 下肢の系統的概観(骨/神経/動脈/静脈とリンパ管/筋膜と筋膜区画)/
 鼡径部と大腿三角/大腿の前面と内側面/大腿の外側面/大腿の骨と筋付着部/
 殿部と大腿の後面/股関節/膝の領域/膝関節/下腿の前面,側面,足背/
 下腿の後面/脛腓関節/足底/距腿関節,距踵関節,足関節/足底弓/骨の変異/
 断層解剖と断層画像

6 上肢
 上肢の系統的概観(骨/神経/動脈/静脈とリンパ管/筋膜区画)/胸筋の領域/
 腋窩,腋窩の血管,腕神経叢/肩甲骨の領域と背部浅層/上腕と回旋筋腱板/
 上肢帯の関節と肩関節/肘の領域/肘関節/前腕の前面/手根部の前面と手掌/
 前腕の後面/手根部の後面と手背/手根部と手の外側面/手根部と手の内側面/
 手根部と手の骨と関節/手の機能:つかむ,つまむ/断層解剖と断層画像

7 頭部
 頭蓋/顔面と頭皮/髄膜と髄膜腔/頭蓋底と脳神経/脳の血管分布/眼窩と眼球/
 耳下腺部/側頭部と側頭下窩/顎関節/舌/口蓋/歯/鼻,副鼻腔,翼口蓋窩/
 耳/頭部のリンパ流路/頭部の自律神経支配/頭部の断層解剖と断層画像/
 神経解剖:概観と脳室系/終脳と間脳/脳幹と小脳/脳の断層解剖と断層画像

8 頸部
 皮下構造と頸筋膜/頸部の骨格/頸部の領域/側頸部(後頸三角)/
 前頸部(前頸三角)/頸部の神経と血管/頸部の内臓区画/頸の基部と椎前部/
 下顎と口腔底/後頸部/咽頭/口峡峡部/喉頭/断層解剖と断層画像

9 脳神経
 脳神経の概観/脳神経核/第I脳神経:嗅神経/第II脳神経:視神経/
 第III・IV・VI脳神経:動眼神経,滑車神経,外転神経/第V脳神経:三叉神経/
 第VII脳神経:顔面神経/第VIII脳神経:内耳神経/第IX脳神経:舌咽神経/
 第X脳神経:迷走神経/第XI脳神経:副神経/第XII脳神経:舌下神経/
 頭部の自律神経節/脳神経障害/断層画像

文献
索引

表一覧
第1章 胸郭
 1.1 胸壁の筋
 1.2 呼吸筋
 1.3 体表における胸膜嚢と肺の輪郭

第2章 腹部
 2.1 腹壁の筋
 2.2 鼡径管の壁をつくる構造
 2.3 鼡径ヘルニアの特徴
 2.4 腹膜各部の用語
 2.5 十二指腸の各部とその周辺構造
 2.6 肝臓の区分
 2.7 後腹壁の主要な筋
 2.8 内臓の自律神経支配

第3章 骨盤と会陰
 3.1 骨盤の性差
 3.2 骨盤壁と骨盤底の筋
 3.3 仙骨神経叢と尾骨神経叢の枝
 3.4 男性の骨盤に分布する動脈
 3.5 男性の骨盤と会陰におけるリンパ流路
 3.6 泌尿生殖器・直腸における交感神経と
    副交感神経の機能
 3.7 女性の骨盤に分布する動脈
 3.8 女性の骨盤と会陰におけるリンパ流路
 3.9 会陰の筋

第4章 背部
 4.1 頸椎の典型例(C3-C7)
 4.2 胸椎
 4.3 腰椎
 4.4 固有背筋
 4.5 環椎後頭関節と環軸関節にまたがる筋

第5章 下肢
 5.1 下肢の神経の筋枝
 5.2 下肢の皮神経
 5.3 下肢の神経の損傷
 5.4 神経根損傷
 5.5 大腿前面の筋群
 5.6 大腿内側の筋群
 5.7 殿部の筋群
 5.8 大腿後面の筋群(膝窩腱筋群)
 5.9 殿部の神経
 5.10 殿部と大腿後面の動脈
 5.11 膝関節周囲の滑液包
 5.12 下腿前区画の筋群
 5.13 総腓骨神経,浅腓骨神経,深腓骨神経
 5.14 足背の動脈
 5.15 下腿外側区画の筋群
 5.16 下腿後区画の筋群
 5.17 下肢と足の動脈
 5.18 足底の筋群(第1層)
 5.19 足底の筋群(第2層)
 5.20 足底の筋群(第3層)
 5.21 足底の筋群(第4層)
 5.22 足の関節

第6章 上肢
 6.1 上肢の皮神経
 6.2 脊髄神経の根が圧迫された際の
    臨床的な徴候:上肢
 6.3 上肢の皮膚分節(デルマトーム)
 6.4 体幹から起こって上肢に停止する
    前方の筋群
 6.5 上肢近位部(肩の領域と上腕)の動脈
 6.6 腕神経叢の枝
 6.7 背部の浅層(体幹から起こって
    上肢に終わる後面の筋群)と三角筋
 6.8 肩甲骨の運動
 6.9 肩甲骨から起こって上腕骨に停止する
    肩の深部の筋
 6.10 上腕の筋
 6.11 前腕の動脈
 6.12 前腕屈側の筋群
 6.13 手の筋群
 6.14 手の動脈
 6.15 前腕の伸筋群
 6.16 上肢の神経の損傷

第7章 頭部
 7.1 頭蓋底の孔と通るもの
 7.2 主な表情筋
 7.3 顔面と頭皮の神経
 7.4 顔面と頭皮の動脈
 7.5 顔面の静脈
 7.6 脳神経が頭蓋腔から出る開口部
 7.7 脳の動脈分布
 7.8 眼窩の筋の作用(第1眼位からの作用)
 7.9 眼窩の筋
 7.10 眼窩の動脈
 7.11 咀嚼筋(顎関節に作用する筋)
 7.12 顎関節の運動
 7.13 舌筋群
 7.14 軟口蓋の筋
 7.15 乳歯と永久歯

第8章 頸部
 8.1 広頸筋
 8.2 頸部の三角とその中にある構造
 8.3 胸鎖乳突筋と僧帽筋
 8.4 舌骨上筋群と舌骨下筋群
 8.5 頸部の動脈
 8.6 椎前筋群と斜角筋群
 8.7 脊柱の外側の筋群
 8.8 後頸部の筋
 8.9 咽頭筋
 8.10 喉頭の筋

第9章 脳神経
 9.1 脳神経のまとめ
 9.2 嗅神経(第I脳神経)
 9.3 視神経(第II脳神経)
 9.4 動眼神経(第III脳神経),
    滑車神経(第IV脳神経),
    外転神経(第VI脳神経)
 9.5 三叉神経(第V脳神経)
 9.6 眼神経(第V脳神経第1枝)の枝
 9.7 上顎神経(第V脳神経第2枝)の枝
 9.8 下顎神経(第V脳神経第3枝)の枝
 9.9 顔面神経(第VII脳神経):中間神経を含む
 9.10 内耳神経(第VIII脳神経)
 9.11 舌咽神経(第IX脳神経)
 9.12 迷走神経(第X脳神経)
 9.13 副神経(第XI脳神経)
 9.14 舌下神経(第XII脳神経)
 9.15 頭部の自律神経節
 9.16 脳神経障害

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運動器に携わる全ての人に見てほしい一冊
書評者: 奥脇 透 (国立スポーツ科学センター・メディカルセンター主任研究員)
 私が初めて『グラント解剖学図譜』(以下『グラント』と略)を見たのは,整形外科の研修医時代に先輩のドクターに薦められてであった。リアルなスケッチに目を奪われたことをよく覚えている。赤い表紙が印象的だったので,第3版だっただろうか。特に股関節や脊椎の手術前には,展開を予想して何度もページをめくり返していたが,なかなか頭に入らずにいらいらしたものだ。そして実際に手術が始まると,執刀医の展開する視野に興奮し,夢中になりすぎて本来の役目である鉤引きの手が緩み,何度も注意された覚えがある。股関節を後外側からアプローチし,中殿筋を分け入って進むと,次は外旋筋群が出てきて,前は大転子,後ろに坐骨神経が見えるはず…。直前まで目にしていた『グラント』の絵が,再現されてきていることに興奮が隠せなかった。実際には大きさも形も色も違っていたが,その位置関係や走行は忠実に再現されていた。手術が終わり一息ついた時に,また『グラント』を開くと,同じ絵なのに今度は生き生きとして見え,それにまた興奮したことを思い出す。

 それ以来,『グラント』は書斎だけでなく,手術室や病棟の休憩室にも欠かせない一冊となった。特に手術の前後には,必ず関係箇所に目を通した。スポーツ医学の分野に移り外来診療が中心となっても,やっかいな症例に出会った際には,やはりまず『グラント』を開き,病態を自問自答してみる。そして『グラント』を見せながら,ここがこうなってこうなったと,アスリートへの説明にも利用している。

 現在,私が興味を持っているのは筋肉である。大腿部前面の大腿四頭筋の肉離れを,初めてMRIで撮ってみたとき,損傷部位そのものより,周囲の筋線維が出血や浮腫によって浮かび上がり,その走行が鮮明に描出されていることに驚いた。そして『グラント』を見ると,鳥の羽のように描かれている大腿四頭筋の図譜が,まさに見ているMRIと一致していることに気付き,改めて『グラント』の凄さを再認識したものだ。

 ありがたいことに『グラント』は進化している。その都度,新たに織り込まれた創意工夫に感心させられているが,今回もそうである。この『グラント解剖学図譜 第7版』では,MRIの他,CTや超音波検査といった画像や効果的な図表も駆使して,見る側の興味をそそっている。本書は,整形外科医ばかりでなく,運動器の診療,さらにはトレーニングに携わっている方々にとっても,手の届く場所に置いておきたい一冊となることを確信している。
現代解剖学の規範的アトラス:変わらないものと,進化するもの
書評者: 竹田 扇 (山梨大教授・解剖学)
 人間は規範(norm,ノルム)を求める。自らの相対的位置を規範に照合して決めることで,落ち着き,安心できるからである。では,何が規範たりうるのか。現代はインターネットを使ったサイバースペースに情報が満ち溢れており,何を規範としたらよいのかを決めかねる時代である。そこでの情報は玉石混淆であり,かつ専門家や同好の士の査読を経ていないため多くは信頼できず,当然規範とはなり得ない。一方,それぞれの分野で数多の成書が用意されていると,規範とすべきものを選定する判断基準が問われる。このとき,長く版を重ね続けてきた教科書,参考書にはやはり規範たりうる理由がある。そこには伝統というたすきで受け継がれた,変わらない,確かな知識が存在するためである。

 『グラント解剖学図譜 第7版』はまさにそのような,解剖学における規範的な知を求める者にとって好適なアトラスであると言える。1943年の初版以来,実に70年以上続いている名著であり,原書は既に13版を重ねている。本書の最大の特徴として,初版より続く実物の観察によって描かれた多くの図版があるが,そこには熟練の解剖学者の肉眼を通じて得られた視覚情報が見事に捨象,統合された構造物として描かれている。これらは初学者が実際に人体を解剖しながら学ぶうえで,写真アトラスでは代用のできない頼りがいのある案内役となるであろう。

 他方,本書は創業の理念を押さえつつも積極的に新しい情報や視点を加えることで時代の医学教育の要請に応え進化しながら,守成にも成功している。各章の末尾に加えられている画像診断情報はまさにその代表例で,これらは臨床医学を未習の医学生にも,解剖学の知識が臨床の理解に必須のものであることを端的に提示する。さらには重要な構造や概念を,適切なモデル図を用いて説明し理解を助ける思想が本書全体に貫かれている。それらは,臨床実習中の医学生が現場で得た医学知識を解剖学に立ち返り有機的に統合しようとする際にも,現役医師が卒後数年経って自分の専門領域以外の局所解剖学を俯瞰したいときにも便利である。

 以上の理由から本書を,系統講義において若干羅列的にならざるを得ない知識に潤いを与え,肉眼解剖実習の現場でも局所の構造同定に役立ち,臨床解剖学の重要性を理解させる,という規範的かつ全方位的な解剖学アトラスとして全ての医学生に薦めたい。本書の監訳がわが国の規範的な解剖学者によるものであるところも心強い。
解剖学の真髄が,現代医学教育に問うもの
書評者: 樋田 一徳 (川崎医大教授・解剖学)
 “Grant's Atlas of Anatomy”原著第13版の邦訳である『グラント解剖学図譜 第7版』が出版された。評者が医学生として解剖実習を行ったのは1981年,先輩に勧められ邦訳初版で学んだのを覚えている。以来版を重ね,手元には邦訳第7版までが揃うが,特徴は何と言っても,適切な標本を忠実に美しく描いた図にある。写真やデジタル画像に比べ,描図からは,眼前の事実を詳細に観察して得られた人体構造の理解を医学生や後進に伝えようとする原著者の意思が感じられるのである。解剖,観察,同定,理解,説明,関連といった一連の学習行為が原著者や訳者の努力によりヴィヴィッドに伝わる,これが医学生に愛され続けた理由であろうか。詳細な観察,克明な記録,深い考察,明快な説明,広範な関連。実習を重視する現代医学教育に,伝統ある解剖学の真髄が重要なポイントを問いかけている。

 医学への関心の高い入学直後の時期に学ばせようと,川崎医科大学では1年生で人体解剖実習を行っている。マクロとミクロのみならず生理学もリンクさせ,1年間は全寮制で解剖実習の内容に沿ってカリキュラムが編成される。目的は“人体のしくみ”の理解であるが,何よりも生命を尊ぶことが主眼である。当然,人体構造=生命の姿の,素晴らしい構築の事実を理解することが重要となり,学生たちは図譜をわかりやすい指標としている。本学では1970年の開学以来,『グラント解剖学図譜』を一貫して指定し,先輩からの助言も現実的である。昨年から臨床実習と並行して臨床解剖実習も行っているが,学生も研修医や指導医も自分の図譜を携行し,以前学んでメモ書きした内容を再認識する。版の違う同じ図譜を各自用いる光景は,伝統の重みを感じさせるのである。

 第7版の改訂で,ほぼ全てのページの下に数行の解説や表が付された。箇条書き文は現代的であるが,剖出・説明・機能・臨床関連など,ページ単位にふさわしいまとめは,つなぎ合わせれば論理的な説明文になることに気付く。文章記述が苦手な最近の学生にも大いに役立ち,訳者の思いが伝わってくる。立体感が増した図に加え,生体図や医療画像も適所に用いられ,長く愛用できるであろう。今版は9つの章と索引に分かれ,全ページの上端角にある章別色分けに気付いた。本を開く側に階段的に色分け区分されていた旧版に比べ新版ではより識別しやすくなり,実習室での学生の利便性向上への配慮が感じられる。

 学習者の立場で改版を重ねた『グラント解剖学図譜 第7版』で学生にどのような教育を実施するか,思案をするのが楽しみでもある。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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