戦略としての医療面接術
こうすればコミュニケーション能力は確実に向上する

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コミュニケーションにも、その他の医療行為と同様に、必ず行う、あるいは確認しなければならない共通骨格がある。そして、それさえ修得できれば、医師患者間コミュニケーションはもっとうまくいくはず。本書では、医療サービスの基本はまさに医師患者間の良好なコミュニケーションに立脚することを前提に、その具体的な方法論を、日常臨床で実際に起こりうる身近なケースをあげてわかりやすく解説した。
児玉 知之
発行 2015年11月判型:A5頁:272
ISBN 978-4-260-02162-3
定価 3,850円 (本体3,500円+税)

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はじめに~本書のねらい~

 患者とのコミュニケーションに注意を払えない医師は,医学的な専門性をいくら高めても,患者にとっては不完全な存在であり続けます

 患者から訴訟を起こされたことのある医師は,そうでない医師と比較して,患者とのコミュニケーションに無頓着であった傾向が明らかになっています (Levinson W, et al. 1997, 2011)。また医療訴訟にまで至った症例を検討してみると,その70%以上に,医師患者間のコミュニケーションに問題が存在していたことが明らかとなっています (Berkman ND, et al. 2011)。そして,医療訴訟の実際を検討すると,洋の東西を問わず,医学的にはむしろ妥当でその専門性が担保されていて,医学的には問題のない症例が数多いことも明らかとなっています。
 すなわち,われわれがいかに医学的に妥当で,高水準なスキル・知識を身につけたところで,それを患者にわかってもらえなければ,それは画餅にすぎなくなるということです。そして,コミュニケーションの不備は,患者とのトラブルに直結するということもこの事実からおわかりになるでしょう。

 医学は,日々ものすごい速さで進歩していますが,患者とどのようにコミュニケーションを図るべきかということに関しては,われわれはどちらかというと無頓着で,その歩みは遅々としたものでした。
 もちろん一昔前の医学教育と比べてみれば,いわゆるOSCEや卒前教育で医療面接は必修項目となり,医師患者間のコミュニケーションの重要性が強調されるようになってはいます。しかし体系的に,そしてより実践的に知識を整理する機会は,医師となってからはほぼないのが現状なのではないでしょうか。

 患者とのコミュニケーションといっても,その対象者たる患者のパーソナリティ,家庭環境や社会背景自体は多種多様で一つとして同じではありませんから,医療面接論,コミュニケーション論はどうしても抽象的な物言いに終始しがちです。
 そして,実際に語られる内容も「患者の立場に立って愛護的に振る舞うべきだ」「傾聴して共感することが重要だ」などなど,確かにその通りなのですが,耳触りのよい,当たり前と思えることしか記載されていません。しかし,これでは実際に学ぶ側からしてみれば,不完全な内容にすぎません。その対象者である患者に伝わり,なおかつ彼らにアピールすることができてはじめて医学的に有効なコミュニケーションといえるからです。
 どんなに崇高で理想的なコミュニケーションのあり方を述べたとしても,実際にどのように行えば,患者にそのように感じてもらえるのか,どのように振る舞うと患者に誤解されてしまうのかまで,具体的に整理しておかないと,結局は患者の満足度に直結せず,実臨床では学んだ効果の半分も発揮されないことでしょう。
 本書のねらいは,医療サービスの基礎・本質は,医師患者間の良好なコミュニケーションに立脚するものであるというごく当たり前なことについて,「では,どのように行えばコミュニケーションがうまくいく可能性が高くなるのか」という方策を,実際に日常臨床で起きているような症例ごとに,実践的なかたちを通して提示することにあります。
 実際のケースは個別性が高いため,共通した正解はないようにみえますが,コミュニケーションがうまく立ち行かなくなるケースは,その原因が案外共通しているものです。
 「このようなケースでは,ここまでアピールしてはじめて患者にわかってもらえる確率が高まる」「こういうケースの時には,患者と○○のような行き違いが生じやすいので,必ず患者本人・家族と△△を確認しておくべきである」といったように,医療面接のシチュエーション・要素ごとに一つずつ言語化して整理できれば,われわれはそれらに対して意識的に注意を向けることができるようになります。
 そして日常臨床でそれらを繰り返せば,それはいわゆるスキルとして蓄積され,意識的に行えるようになります。そうなれば,しめたものです。
 どのような患者に対しても,コミュニケーション上,ブレの少ない,均一なクオリティの医療サービスを提供し続けることができるようになるはずです。

 医療面接やコミュニケーション論においては,その他の医療の領域と比較して,より経験的な物言いに終始しがちです。本書は,よりエビデンスに即したいという思いから,医療面接・アドヒアランス・心理学などさまざまな文献を参照し,できるだけ独りよがりにならないように,十分注意してまとめたつもりです。そして,どうしても個人的に述べたいこと,実体験に即した内容については,章末ごとにコラムとして記載しました。
 特に参考にした研究については,本文中にも作者名,論文の発表年度を記載し,巻末に一覧としています。「こんな面白いコミュニケーションの研究を行っている人も存在するんだ」という視点だけでも楽しめる内容になっているのではと思います。

 最後になりましたが,長くキャリアを積んでいる医師であっても,数時間の医療面接のトレーニング介入をすることで,その後の患者の満足度が有意に高まることが複数の研究結果から明らかになっています(Roter DL, et al. 1995など)。
 これをふまえれば,医療面接のスキルを見つめ直すということに関しては,どんな医師であっても遅きに失したということはないのです。本書は,年齢にして30歳代程度までの,医師患者間のコミュニケーションの難しさに気がついてきた医師を主たる対象としていますが,それ以上のキャリアをお持ちの,脂の乗り切った先生方でももちろん大歓迎です。さあ,コミュニケーションの知識を整理して,明日からの臨床に役立てましょう!!

 2015年 9月
 児玉 知之
参考文献
Berkman ND, et al : Low health literacy and health outcomes: an updated systematic review. Ann Intern Med 155 : 97-107, 2011
Levinson W, et al : Patient-physician communication: it's about time. JAMA 305 : 1802-1803, 2011
Levinson W, et al : Physician-patient communications. the relationship with malpractice claims among primary care physicians and surgeons. JAMA 277 : 553-559, 1997
Roter DL, et al : Improving physician's interviewing skills and reducing patient's emotional distress. A randomized clinical trial. Arch Intern Med 155 : 1877-1884, 1995

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第1章 解釈モデルは大事です
  モデルケース
  1 患者の解釈モデルとそこから派生する不安・受診動機の聴取の重要性について
  2 医師患者間の解釈モデルの乖離を埋めるために必要な3 step
  モデルケースに適応してみよう
  コラム1 雑談も重要な要素です?

第2章 スケジュールの明示とまとめ・方針の共有は大事です
  モデルケース
  1 検査・治療スケジュールの明示は大事です
  2 検査・治療の所要時間・スケジュールでさえも患者にとっては説明すべきこと
  モデルケースに適応してみよう
  コラム2 患者=暗闇を進む迷い人?

第3章 共感のスキルと専門用語の多用について
  モデルケース
  1 共感とは?
  モデルケースに適応してみよう

第4章 openとcloseの質問を戦略的に活用しよう
  モデルケース
  1 open questionとは
  2 closed questionとは
  3 closed questionのネガティブな側面を感じさせない工夫
  4 診察終了時に「最後に何か質問はありますか?」と患者に聞くことの重要性
  コラム3 door knob questionを聴いたばかりに…
  コラム4 手当ての効用

第5章 他医療機関からの紹介患者の扱いには注意しよう
  モデルケース
  1 他医療機関の診断・治療経過をむやみに批判しない
  2 まずは患者側の認識を確認する(先に医療者側の解釈・認識から語らない)
  3 前医療機関での服薬・治療へのアドヒアランスを必ず初回にチェックする
  モデルケースに適応してみよう
  コラム5 紹介された患者を断りたいときにはどうしよう

第6章 再診を円滑に進めるために
  モデルケース
  1 これはアドヒアランス要注意だなと感じたら…
  2 患者のアドヒアランスをチェックするために
  3 アドヒアランスが不良な患者の指導方法
  4 生活指導や内服を開始・維持させるための応答獲得方略
  5 患者の話を上手く中断するテクニックとは?
  6 患者が会話し続けられるメカニズムを考察してみる
  7 患者からの話題提供量をコントロールしたいときには
  コラム6 アドヒアランスを高めるその他の工夫

第7章 非言語性コミュニケーションスキルを高めよう
  モデルケース
  1 視線
  2 表情
  3 口調(声のトーンやスピード・大きさ・抑揚など)
  4 相槌の効用について
  モデルケースに適応してみよう
  コラム7 高度な相槌(相手のことばを繰り返す相槌)について

第8章 傾聴と受容の心構え
  モデルケース
  1 傾聴とは? ただ聞くのとは違うの?
  2 傾聴の敷居は高い?
  3 傾聴の本質は,時間を取って耳を傾けることに非ず
  4 どうして受容的態度をとることは難しいのか?
  5 患者を受容するコツとは?
  6 受容的態度が上手くいかないサインとは?
  7 傾聴と共感のスキルを分離して述べた理由
  8 人は見た目が9割? 医師も見た目が9割?
  9 白衣は清潔を保つために着るに非ず? ユニフォームの効用
  10 属性推論とユニフォーム効果
  モデルケースに適応してみよう

第9章 緩和領域のコミュニケーションの特殊性
  モデルケース
  1 緩和ケア領域の特殊性1:患者の生命予後延長が主たる目的ではない
  2 緩和ケア領域の特殊性2:患者の希望と家族の希望が乖離することも多い
  3 緩和ケア領域の特殊性3:死生観や宗教的な側面が入り込みやすい
  4 緩和ケア領域の特殊性4:医師以外のメディカルスタッフの感情にも,より配慮が必要
  コラム8 看護師・薬剤師と上手く付き合うために

第10章 コミュニケーションが成立しない患者にはどうしたらいいの?
 医療面接の応用例(1)
  モデルケース
  1 上手く説明を理解してもらえない~患者のコミュニケーション能力が低いのでは?
  2 医師は患者の理解能力には無関心?
  3 患者のコミュニケーション能力に疑念を呈するポイント
  モデルケースに適応してみよう
  コラム9 感情失禁について
  コラム10 急に認知症にはなりません~入院治療中に認知機能が悪化したら

第11章 患者との距離感も重要です
 ~過ぎたるは猶及ばざるが如しにさせないためのコミュニケーション術~
 医療面接の応用例(2)
  モデルケース
  1 要求を聴きすぎるコミュニケーションは健全なコミュニケーションではない
  2 医療面接における主導権
  3 患者が自身を優位にするために行う3つのパターンとは?
  4 どうして患者と医療者は心理的距離が近すぎるといけないの?
  コラム11 責任感が高じすぎても,猶,及ばざるが如し

第12章 患者もどきに注意~悪質クレーマーに対しての対処法~
 医療面接の応用例(3)
  モデルケース
  1 患者はお客様? 要求は絶対なの?~過度な要求に対しての対処法とは
  2 トラブルに直結する患者の医療に対するよくある誤解
  3 用心の仕方:医療の不確実性についての誤解はどの患者にも程度の差はあれ
    存在するものと思え
  4 用心の仕方:医療の不確実性を盾にして要求を通そうとする患者に対しては
    医療面接では応対しない
  5 患者もどきへの対処法~医療面接の枠組み外での対応を考慮すべきとき
  6 一定の確率で起こりうることという開き直りも重要
  7 医療契約の法的な位置づけとは?
  モデルケースに適応してみよう
  コラム12 医師の応召義務と診療拒否

参考文献
索引

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臨床で陥りがちなシチュエーションを具体的に提示
書評者: 新城 名保美 (元住吉腎クリニック院長)
 『戦略としての医療面接術』のタイトル通り,医療面接の著作です。しかしながら,従来の「医療面接」をテーマに扱った書籍とは異なり,著者自身の実際の経験に基づき深く洞察されており,通読してなるほど,そういう切り口もあったか,と深く感心しました。われわれが普段の臨床で応対する「患者・その家族」-その個性や社会環境などの背景要素の多様性に注目しています。

 「うまくいかない医療面接」を経験した際,医師としては,「あの患者・患者家族は変だから…」と自分を含め他の医療スタッフに説明付けようとしがちですが,うまくいかなかった医療面接は,われわれが医療面接上必ず確認しておかなければならなかった手順や態度を怠ったことが原因であったかもしれない。この著作はそれを実臨床で陥りがちな,さまざまなシチュエーションを提示することで,抽象論に終始することなく具体的に提示してくれています。通読後,今まで自分が経験してきた医療面接の失敗例を思い返しても,本書にて指摘されている「やってはいけないこと」がいくつも当てはまり,内省した次第です。

 また,道徳,倫理,宗教,信仰,文化などと密接に関連する医療面接という分野を,「戦略としての」という枕言葉通り,どうすればスキルとして扱えるようになるのか,論じています。どのように医師が「名医」を演じれば,病院という舞台に参加した患者様の立場からみて,良心的で信頼でき得るかということも詳細に記載されています。とてもユニークな特長です。そして,それらを説得力を持って裏付けるように,さまざまな医療面接上のエビデンスが盛り込まれていて,決して著者の独りよがりの視点に終始していないことも好感が持てました。

 この著作で提示されているスキルをもって患者様と接すれば,臨床医としての,いえ一人の魅力ある人間としてのコミュニケーション能力も一段階上のステージに上げることができるのではないでしょうか。『戦略としての医療面接術』は,医師として最初の一歩を踏み出した研修医のみならず,中堅,ベテランの医師にもお薦めしたい良書であると思います。
コミュニケーションの“型”を作る
書評者: 木村 哲也 (聖路加国際病院神経内科部長)
 「問題患者さんが増えて困った時代だよなあ,こっちは“医学的に”正しく対応しているのに」とぼやかずにはいられない先生方には,ぜひご一読いただきたい本である。さすが児玉知之先生(柏厚生総合病院内科)の著書だけあって,エビデンスや概念がより実践的な形で具現化されている。

 全体の構成は,医療面接に必要なスキルが全12章にまとめられ,各章ごとに症例提示から始まっていてわかりやすい。多くの先生方にとって,「これ普通の対応だよね」「そうそう,こんなのあるある」「何が悪いんだ」と心の中で叫んでしまいそうな症例ばかりであるが,読み進めていくうちに,問題点が明らかとなり,どう対応すべきだったかが述べられていく。

 特筆すべきは「解釈モデル」とか「アドヒアランス」などの概念を,抽象論のままでなく,具体的な言葉・態度にまで落としこんでいる点である。コミュニケーションに関心があれば,誰でも耳にしたことがある「open question」と「closed question」や,「Iメッセージ」と「YOUメッセージ」なども,使い所のシチュエーションについての記述がはっきりしていて,スキルとしての位置付けが明確である。すぐに臨床の場で使えるようになっている点が素晴らしい。「傾聴」と「共感」を別の章立てにした著者の思いもひしひしと伝わってくる。

 空手道の美しい“型”が日頃の技術的鍛錬のみならず,武道の“こころ”に裏付けられているように,医療面接/コミュニケーションに必要な技術を“型”として身につけ,さらに医師としてあるべき“こころ”にも変化が起これば,著者の思うつぼだろう。内科医としても,精神科医としても優れた著者であるからこそ書くことのできた良書である。ぜひご一読いただき,自分なりのコミュニケーションの型を作っていただければと思う。評者も反省しながら,翌日からの診療に当たっている。

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