コストを語らずにきた代償
“絶望”的状況を迎え,われわれはどう振る舞うべきか
インタビュー 國頭 英夫
2016.03.07 週刊医学界新聞(通常号):第3165号より
今,がん領域では,抗PD-1抗体,抗PD-L1抗体,抗CTLA-4抗体などの免疫チェックポイント阻害薬が注目されている。日本ではその中の1つ,抗PD-1抗体の「ニボルマブ」(オプジーボ®,MEMO)が2014年に「根治切除不能な悪性黒色腫」に対して承認され,2015年12月には「切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん」へ適応拡大された。従来の抗がん薬と異なる新しい作用機序を持つ同薬は,今後他のがん種にも適応が広がると予想され,大きな期待が寄せられている。しかし,國頭氏は,この免疫チェックポイント阻害薬の登場によって医療,それどころか国そのものの存続が脅かされると指摘する。一体,どこにその危険性があるというのだろうか。氏は,「すでに手遅れ」と語るが――。
――まず,2015年に非小細胞肺がんへ適応拡大された免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブが,どのような効果を持つ薬剤かを教えてください。
國頭 私が専門とする肺がん領域に関しては,実地に導入されてから日が浅いので,ニボルマブの臨床での真価が問われるのはこれからです。
しかし,これまで出ているデータを信用するのであれば,一定の効果は見込めます。肺がん患者に対して奏効率は15-20%程度ですが,これはがんの縮小効果が認められた率なので,縮小はさせないが病態を制御できる率も含めば,もっと高くなるでしょう。また副作用には疲労感や食欲不振の他,大腸炎,皮膚炎,肺臓炎,劇症1型糖尿病,重症筋無力症などが報告されているものの,重篤な副作用の頻度は化学療法よりも低いようです。
これらに加えて特に注目されているのが,「効く/効かない」の当たり外れはあるものの,「効いたときにはその効果が非常に長く持続する」という点です。これこそが本薬剤の特徴と言っていい。
――それは既存の化学療法や分子標的薬と比較しても,長い効果が期待できるということですか。
國頭 効果持続期間について,従来の化学療法は数か月,「効いた」場合の分子標的薬治療でも多くは1年前後という具合です。一方,免疫チェックポイント阻害薬では,その効果が数年以上に及ぶ患者もいるようです。
――データ上,かなり優れた効果が確認されているわけですね。
國頭 すでに他のがん種への適応拡大をめざす動きも見られており,ニボルマブは,腎がん,胃がん……などと,順次適用されることになるでしょう。
また,同じく抗PD-1抗体であるPembrolizumabが米国では非小細胞肺がんへ承認されたので,近い将来,こちらも日本で使えるようになるかもしれない。いずれにしろ,今後いろいろなメーカーが同種薬剤を展開し,多くのがん患者に使われていくことになるだろうと予想しています。
治療効果が高いからこそ起こる,コストの問題
――「治療効果の高い薬剤が多くのがん患者に使われるようになる」。朗報のように思われますが,國頭先生は本薬剤の薬価の高さを指摘されています。
國頭 ニボルマブを1年間使用すると約3500万円という額に達します。これは,今まで「高額」と言われてきた分子標的薬よりもずっと高い。分子標的薬の中でも高額なALK阻害薬アレクチニブ(アレセンサ®)ですら1年間で950万円超なわけですから,ニボルマブがいかに高価な薬剤であるかがわかります。
では,そのお金はどこから出ることになるのか。国民皆保険制度に加え,高額療養費制度がある日本では,医療費の自己負担額は最高でも年間200万円程度です。だからニボルマブを使うと,実際に患者が負担するのは総額の5%以下で,残りは全て公的負担です。したがって,ほとんどを国全体で賄うことになるわけです。今後続くであろう同種薬剤も同程度に値付けされると思うと,これらによって国の財政は逼迫すると容易に想像がつきます。
――まず単価が高い,と。
國頭 それが「大して効かない薬」の話だったら問題になりません。使うことのできない患者が出ても,「どうせ大して効かないから」と言える。無理して使ったところで,限られた効果であればかかるコストも一時的なものです。
一方,ニボルマブをはじめとした免疫チェックポイント阻害薬はそうではない。効果は非常に高い薬です。治療に臨む患者はその薬剤に希望をかけます。医師も,適応があり,患者が希望すればどんなに高額だって投与します。データからもその治療を拒む理由はないわけですからね。
そしてさらにこの免疫チェックポイント阻害薬は,他の薬剤にはない特徴も併せ持っているために,日本をより深刻な状況にさせると考えています。
――その特徴というのは何ですか。
國頭 まず,ニボルマブは,現時点では投与前の治療効果予測ができません。当面も,そうした予測が可能になる見込みはない。その点,例えば,分子標的薬ゲフィチニブ(イレッサ®)であれば,「EGFR遺伝子変異型には有効だが,そうでないものは無効」といったように,事前に有効性が期待される症例を同定できました。だから「無効」と見込まれる症例には投与せずに済みます。そうした予測が立てられない免疫チェックポイント阻害薬では,対象になる全ての患者に投与してみるしかない。
ただ,先ほど話したとおり,著効を示すのは20%前後であり,何らかのよい効果が得られる場合を含めたところで,3人に1人しか効かない薬です。つまり1人当たり年間3500万円×3人のトータル1億円を超すコストで,ようやく有効例1例の治療ができる計算になる。これはさすがにコストパフォーマンスが低いと言わざるを得ないでしょう。
――確かに費用対効果のバランスを欠くように思われます。
國頭 それだけではなく,「本薬剤が効いた場合,患者にずっと投与を続けることになる」と考えられます。というのも,「効いているのに,途中で治療を中止したらどうなるのか」がまだわかりません。結果,効果が見られるうちはずっと投与が続けられることになるのが,今のデフォルトです。
そして最も問題なのが,「『効いていない』と判定するのが難しく,投与を切り上げにくい」ということです。免疫チェックポイント阻害薬では,投与後にリンパ球の集簇によって病巣が大きくなったり,新病変が出たりしたように見える「pseudo progression(偽増悪)」が報告されています。ということは,経過を追って腫瘍陰影が大きくなっても,それが「がんの進行によるものなのか,あるいは偽増悪なのか」を区別できず,投与を中断する決め手にならない。だから医師も患者も,「これから効き始めるのかもしれない」という希望にかけて,投与を継続することになるでしょう。
――対象となる患者を絞り込めず,さらに有効・無効関係なく「いつまでも続けられてしまう」状況になる。結果,コストがかさむことになる,と。
國頭 そう。免疫チェックポイント阻害薬は,薬価が高いことに加えて,「無駄打ち」のコストまで相当に高くなりやすいという特徴を持っているわけです。
以上をもとに総額を考えると,事の大きさに愕然とします。日本の非小細胞肺がん患者を年間10万人と推定します。早期がんなどを除き,ニボルマブの対象になる人は5万人程度はいるでしょう。皆に1年間投与すれば,その合計額は1兆7500億円です。
現在の日本の医療費は約40兆円で,薬剤費は約10兆円ですよ? もとがこれだけのところにいきなり年間2兆円弱の負担が増すなんて,どう考えたって無理がある。何より,これがあくまで「一疾患に対する一つの薬」にかかる額だということを忘れてはいけません。私は免疫チェックポイント阻害薬の登場を契機として,いよいよ日本の財政破綻が確定的となり,“第二のギリシャ”になると考えています。
見過ごされてきた医療のコスト
――では,その危機的状況はかなり切迫したものだと言えます。
國頭 もはや手遅れじゃないかと思いますよ。日本では,ことコストに関しては,問題意識として口にする医療者はいても,何か具体的な行動をとる人はいない。問題を指摘したところで,何かそれを変える権限があるわけではないし,自分の懐とは関係ない。だから,「自分たちの考えることではない」となってしまう。実際,私が学会などの場でコストについて批判的に取り上げても,「トータルとしては他領域の薬剤費のほうが高い」とか,「それは医師でなく国が考えるべきことだ」といった声も上がりました。残念ながら,日本の医療者のコスト意識は決して高くない。それが実態なのです。
――医療にかかるコストの問題は日本だけの問題ではありません。海外ではどう扱われていますか。
國頭 例えば,かつてはコストについて細かく考えていなかった米国でさえ変わり始めています。近年の米国臨床腫瘍学会においても,治療によるベネフィットを毒性とコストで割った「value」という概念が強調されている。こうした指標を取り入れ,統計学的な有意差のみを重視するのでなく,コストを含めて「治療の評価」を考える方向性は確実に強まってきているのです。
それにもかかわらず,「コストは語るべきものでない」としてきた日本では,使用する薬剤にかかるコストを度外視した臨床試験はあふれかえっているし,費用対効果の解析研究も充実していない。そんな状態のままに,現在の局面を迎えることになってしまった。
――見過ごしてきたわけですね。
國頭 唯一,日本で医療にかかるコストの問題に目を向けるきっかけがあったとしたら,2001年に承認された慢性骨髄性白血病(CML)に対する分子標的薬のイマチニブ(グリベック®)が登場したときかもしれません。イマチニブはCMLの予後を劇的に改善させた薬剤で,「よく効くが,ずっと続けなければならない」点ではニボルマブとよく似ている。このとき,米国ではイマチニブを市場に出したノバルティス社は薬価をつりあげ,さらにその後に出てくる同種新薬も全て高額で,問題視されました。
日本もこのタイミングで医療にかかるコストの面に目を向け,「もっと患者数の多い疾患で,こうした類いの薬剤が出てきた場合は,どのように対応すべきか」ということを検討して...
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國頭 英夫(くにとう・ひでお)氏 日本赤十字社医療センター化学療法科部長
1986年東大医学部卒。国立がんセンター中央病院内科,三井記念病院呼吸器内科などを経て現職。専門は胸部腫瘍,臨床試験方法論。「里見清一」名義で『誰も教えてくれなかった癌臨床試験の正しい解釈』(中外医学社)の他,『偽善の医療』『希望という名の絶望』『衆愚の病理』『医師の一分』『医師と患者のコミュニケーション論』(いずれも新潮社)など著書多数。現在,『Cancer Board Square』(医学書院)で,「死にゆく患者と,どう話すか――國頭先生の日赤看護大ゼミ講義録」を連載中。
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