医学界新聞

寄稿

2015.11.30



【寄稿】

就労支援としての「夜間化学療法」の実践

徳満 葉子(日高病院腫瘍センター 化学療法センター師長)


 がん(悪性新生物)は1981年以降,日本人の死因の第1位である。年代別にみると40代以降の死因の中心となっており,40―50代の働き盛りで発症する患者も珍しくない1)。しかしながら,がん医療の進歩によって5年生存率は確実に改善し,がんに罹患しても長期にわたって社会的な役割を担って活躍できるようになっている。実際に当院でも,仕事を持ちながら通院治療を続けるがん患者は多くなった。

 ここで問題となるのが,がんの治療と仕事の両立である。多額の治療費を賄うという面から,さらに人生を充実させるという面からも,就労はがん患者,その家族にとって大事な問題だ。しかし,化学療法のための通院は長期間にわたるためにスケジュール調整が難しく,がん患者は仕事の“中断”を余儀なくされる。当院でも「依願退職」という形をとって治療に専念することになった患者は多い。また,その“中断”の影響は長く尾を引くもので,就労可能な状態にまで回復したにもかかわらず,再就職が困難となってしまう患者も少なくない。

 2012年に公表されたがん対策推進基本計画において,働く世代へのがん対策の充実が重点課題として明記された。国や地方公共団体,企業などの関係者が協力し,がん患者,その家族の仕事と治療の両立を支援するように呼び掛けられている。こうした社会背景を踏まえ,当院では「がん患者が夜間に化学療法を受けられる外来システム」を構築することで,治療のスケジュールに余裕を生み,ひいてはがん患者および家族の就労を支援できるのではないかと考え,2014年1月より「夜間化学療法」導入に至っている。本稿では同システムの紹介と現状を示し,利点や今後の課題について提示したい。

夜間化学療法の潜在的なニーズ

 当院で行う夜間化学療法とは,点滴,内服のがん化学療法を,外来通院の形で受けている患者を対象に夜間に行っているものだ(扱うがん種は,消化器がん,肺がん,腎がんなど当院診療科があるもの)。上記のとおり,がん患者が仕事を続けながら,外来で化学療法を受けられるようにすることを目標に据えた取り組みである。毎週金曜日(最終受付時間18時。事前予約制)に行っており,2014年1月から2015年9月までに,29人の患者に対して夜間化学療法を実施した。「金曜日,半日程度の仕事を行い,16―18時に来院する」といった患者が多く,当初の狙い通り,夜間化学療法を受けていた期間は就労可能となったようだ。なお,1日に治療を行う人数の平均は約6人(2015年10月末時点)。点滴治療のレジメンは限定・制限しているわけではないが,21時前後に治療を終了する患者が多い。

 開始に当たって行ったアンケートを見ると,29人のうち23人の「夜間化学療法を開始した理由」(図1)が,患者本人からの就労後の治療希望か,家族からの就労後の治療希望であった。限られた人数を基にした考察だが,就労支援としての夜間化学療法の潜在的なニーズの高さをうかがわせるものではなかろうか。なお,夜間化学療法を導入したことがもたらした副次的な利点としては,日中で行う外来での化学療法と比較し,受付からミキシング終了までの時間が短縮できたことが挙げられる()。これは,検査室やミキシングを行う薬剤部の他業務が少ない夜の時間帯であったからという理由が大きい。患者の待ち時間の短縮につながったという意味では,よい影響をもたらしたと言えるだろう。

図1 夜間化学療法開始理由
アンケートでは,患者本人・家族からの「就労後の治療希望」という回答が多くを占めた。

 外来での化学療法にかかった平均時間(日中・夜間比較)

一部は“奉仕精神”に頼らざるを得ない面も

 同システムについて他施設の方から多く受ける質問が,「夜間化学療法を導入していく過程で,院内スタッフからの反対の声はなかったのか」というものだ。実際のところ,当院では抵抗なく受け入れられ,夜間化学療法を開始することができた。そこには,当院が「透析施設」として群馬県内で多くの透析患者を受け入れ,夜間透析を日常的に行ってきたという歴史的な経緯も大いに影響していると考えている。

 もちろん,夜間化学療法を開始するに当たっては問題もあった。一つ目は,スタッフの勤務体制に関するものだ。夜間化学療法にかかわるスタッフは医師,薬剤師,看護師,医療事務だが,問題となったのは治療開始から終了までかかわらねばならない医師,看護師の体制である。これに対し,医師は夜間化学療法に携わる消化器外科医,呼吸器内科医らが交代の当番制で,治療が終了するまで院内に残るというルールを適用した。また,看護師側は,日勤看護師が1―2人の体制で対応するようにしている。ここに至るまでも紆余曲折あり,当初は治療の終了時間を予測し,遅番勤務の看護師(基本12―21時勤務)を配置するようにしていた。しかし,化学療法という事情から体調・有害事象などで中止になる患者もいる中で出勤が“無駄”になるケースもあり,遅番勤務の看護師で調整する体制はすぐに改めたという経緯がある。現在は,1―2人の日勤看護師が治療終了時まで超過勤務することで対応している。こうした体制からわかるとおりだが,夜間化学療法はスタッフの“奉仕精神”で補っている面が大きいのは否めない。持続可能性という点から,課題の部分である。

 二つ目の問題として挙がったのが,夜間の急変対応時の体制整備だ。この点は,化学療法センターと救急外来とが連携し,急変時には救急外来に応援を頼むという体制を整えている。現時点で大きな問題は起こっていない。

「就労支援を行う医療機関」に対する支援の充実を期待

 もう一つ,大きな問題として挙げたいのは,就労支援としての夜間化学療法に対し,現時点では国や地方自治体などの支援が得られない状況にあることだ。夜間化学療法を行うことで発生する人件費などの経費は少なくないが,支援が受けられない以上,当院がそこに掛かる費用を全て負担する他ない。なお,これは当院の夜間化学療法に限った話ではない。「就労支援を行う医療機関」に対しての支援が,存在していないのである。

 もちろん当院は今後もこの試みを継続していくつもりだ。それは,現場で出会う患者・家族から「仕事が続けられる」「仕事が落ち着く時間に治療に連れていくことができる」などの声が聞かれ,夜間化学療法による就労支援という取り組みに手応えを感じているからだ。しかし先述のとおり,スタッフの誠意で支えている現状があるので,持続可能性の観点から「厳しい体制」という認識もある。したがって,「他施設においても,就労支援としての夜間化学療法が広まっていく」かどうかを問われれば,「行政からの支援が受けられない現状においては,残念ながら限界もありそうだ」としか答えられないだろう。

 世の声に耳を傾けると,今,社会で行われる就労支援は,患者・家族,一般市民にとっては「十分なものでない」という。内閣府大臣官房政府広報室が2014年に公表した世論調査から明らかなように,多くの人々が「仕事と治療等の両立は困難である」と答えているのだ(図22)。このような状況がある中で,就労支援に取り組む医療機関を一つでも増やしていくという意味でも,国の取り組みとして「就労支援を行う医療機関」への支援が不可欠だろうと考える。働く世代へのがん対策の充実を国の取り組みとして謳う以上,こうした議論が深められていくことを期待したい。

図2 仕事と治療の両立を困難にする最大の要因(参考URL2を改編)

 当院の就労支援のための夜間化学療法は,仕事を持つ患者・家族に対して一部の支えにすぎないだろう。しかし,がん患者が長期にわたって社会的役割を担って生きていけるようになった現在,希望を持ち,経済的な不安の軽減につなげる取り組みになっている感触は得ている。ただ,われわれは夜間化学療法の患者満足度調査をまだ行えていない。患者・家族の声から好評であるとうかがえるが,きちんとした評価には客観的な調査結果が待たれる。今後,調査を進め,患者,家族が望む就労支援を叶えるためにより一層の努力を行っていきたい。

参考URL
1)厚労省.平成 26 年人口動態統計月報年計(概数)の概況.
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai14/dl/gaikyou26.pdf
2)内閣府大臣官房政府広報室.がん対策に関する世論調査(平成26年11月調査).


とくみつ・ようこ氏
1999年帝京高等看護学院卒。同年,榊原記念病院手術室入職。2002年より日高病院へ移り,手術室,外来化学療法センター勤務を経て,現職。09年よりがん化学療法看護認定看護師。

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