医学界新聞

対談・座談会

2015.11.23



【対談】

教え,学び続ける
ナースのための教育学
中井 俊樹氏(愛媛大学教育・学生支援機構教授)
内藤 知佐子氏(京都大学医学部附属病院 総合臨床教育・研修センター助教)


 看護師は,臨床のかたわら教育にかかわる機会が多い。その内容や場面は,新人看護師の教育や各種スキルアップ研修,個別指導から集合研修など多岐にわたる。しかし,卒前教育で「教えること」を専門に学ぶ機会の少ない看護師は,臨床で教育担当を任され,いざ教える場面となると戸惑うことが多いのではないだろうか。

 そこで,看護師が教育学を学ぶ意義,どのような教育技法が役立つのかを,教育学が専門の中井氏と,院内で教育を担当する内藤氏の二人にお話しいただいた。


中井 看護師を対象に研修を行って感じるのは,参加者の皆さんが積極的で学ぶ意欲が非常に高いということです。私も多くの刺激をもらっています。

内藤 教育学をご専門とする中井先生が,看護にかかわるようになったきっかけは何ですか?

中井 以前勤務していた大学で,附属病院看護部から依頼を受けたことです。教育学の観点から臨地実習指導者に教育手法を教えてほしいと。その後,認定看護師教育課程,県看護協会の研修,病院での研修などと次々に広がっていき,今は養成校で教育学の講義も担当しています。

内藤 講義では,主にどのような内容を教えていますか。

中井 私は,教育学の中でも大学教育論や人材育成論を専門にしています。最初は何から教えればよいか手探りで,一般の大学の教職課程で扱う教育学を基に教えていました。当時を振り返ると,教員に必要な教育学の内容と看護師に必要な教育学の内容をうまく整理できていませんでしたね。最近では参加者のニーズを確認しながら,看護現場に合った教育学の知見を提供できるよう工夫を重ね,臨床現場の技術指導に適した指導法や,実際の経験を学習に変えていく経験学習の方法などを紹介しながら教えているところです。

看護師が教育学を学ぶメリットとは

中井 私からお聞きしたいのは,看護師は「教えること」にどのような課題があるのかということです。看護業務の中で教える場面というのは非常に多いそうですね。

内藤 そうなのです。今は施設によってさまざまですが,私の時代は入職3年目には新人看護師の教育を任されました。多くの看護師が,患者教育はもちろん,部署内の勉強会から院内研修と,生涯にわたり「教えること」を経験します。看護と教育は,切っても切り離せない関係にあると言っても過言ではありません。ところが,養成課程では看護に必要とされる教育学に関する知識を学ぶ機会は限られており,「教えること」とはどういうことかを十分に理解した上で臨床に進む看護師は,決して多くはないのです。つまりほとんどの看護師は,「教えること」について現場で経験的に身につけるか,あるいは教育担当になって初めて指導に関する書籍を読んで,教えることに臨むのです。

中井 教える経験がないままに教育担当を任され「困っている」という声は私も聞きます。卒前教育の学びと卒後臨床のニーズにギャップがありそうですね。

内藤 はい。現在私は院内全体の教育を統括する部門に所属し,臨床看護師や看護学生を対象とした教育に携わる中で,「教えること」を学ぶ必要性を強く感じています。これからは,看護に関する知識や技術とともに「教えること」もセットで身につけてこそ,“プロの看護師”と言えるのではないかと考えています。中井先生は看護の世界をご覧になって,看護師が教育学を学ぶ意義についてどのようにお考えですか。

中井 教育学を学ぶことはとても重要なことだと思います。そもそも私は,全ての人に教育学が必要だと考えています。というのも,教師と呼ばれる職業以外の人も教える機会はたくさんあります。子どもが生まれれば親として言葉や考え方などを教え,職場に後輩が入ってくれば仕事を教えますから。

内藤 私も同感です。とりわけ看護師が教育学を学ぶ必要性は,どのような点にあると思いますか。

中井 大きく3点あります。1つ目は先ほど触れた看護師の業務に教える場面が多いこと。2つ目は患者理解を深めるため。そして3つ目は自分自身の生涯学習のためです。教育学には,人間がどう発達し学習するかの知見が蓄積されています。看護に教育学の知見を活かすことができれば,よりよいケアにつながるでしょう。

内藤 「人間がどう発達し成長するか」を理解できると,ケアや指導場面だけでなく,多様なキャリアを描く看護師自身の成長や自己教育力,生涯学習にまで活かせそうですね。

中井 将来が予測困難な時代になったと言われるからこそ,自らのキャリアに責任を持って自分の生き方や学び方を設計し,必要があるたびに何度も設計し直すことが重要なのです。自分自身の成長のためにも,教育学は役に立ちます。

内藤 キャリア形成のためには振り返ることは重要で,リフレクティブサイクルを回し,経験を学習につなげることが必要だと感じています。日々の実践が“やりっ放し”では,成長しませんものね。

 では,看護実践に幅広く役立つ教育学について,その基礎はいつから学び始めればよいのでしょう。

中井 私は,学生のころから学ぶのが望ましいと思っています。養成課程の専門科目や関連する講義の中に,教育学について学ぶ機会をもっと積極的に取り入れていくべきでしょう。できるだけ早いタイミングから教育学に触れて効果的な教え方を学べば,臨床に出てから教える場面が訪れても,戸惑うことは少なくなるはずです。

「口笛の吹き方」で,暗黙知を言語化するトレーニング

内藤 新人看護師を現場に慣れさせるには,なるべく早く「暗黙知」を伝えられるとよいと言われます。

中井 暗黙知をどう教えればよいかは,私も関心を持っています。ベナー先生も暗黙知が看護師の成長に大きくかかわっていると述べていますね。

内藤 「学習者にはエキスパートの思考過程に基づいたトレーニングをしてもらい,臨床力が向上するよう導きたい」,そう考えている指導者もいます。私が行っているシミュレーション教育では,事前に,看護師の思考と行動を言語化する「ディブリーフィングガイド」を作成してもらいます。これは学習者の振り返りの際に,指導者が活用する指南書のようなもので,目標ごとにその時期のその学習者に求める看護師としての思考や行動が記されます。振り返りの場面では,指導者はこの指南書を基に,学習者の気付きを引き出しながら学習者の思考と行動の再構成を図り,理想とする看護師像へと近づけていくわけです。指導者は,看護師として普段できている思考と行動をここに記せばよいのですが,いざ言語化しようとすると,手こずってしまうのです。やはり難しいものなのでしょうか。

中井 難しいでしょうね。しかし,教える立場になったら,コツや勘などを言語化する力が必要になります。

内藤 ベテラン看護師が身につけた暗黙知を,言語化することは可能だとお考えですか。

中井 私自身は全ての暗黙知を言語化できるとは考えていません。まったく言語化できない技能であれば,経験を通してしか学習することはできないでしょう。しかし,コツや勘の中には,言語化してヒントやチェックリストなどの形に変えることのできるものもあります。

 私が担当する研修では,「口笛の吹き方をどう教えるか」という練習問題を与えています。初めは参加者の皆さんは困惑しますが,グループで議論させると,「そっとローソクを吹き消すような口の形で」「唇を少しすぼめてヒューと発音するように」「唇を湿らせて」といった具体的な指示が提案されます。そのような指示によって,生まれて初めて口笛が吹けるようになった参加者もいました。

内藤 それは面白い題材です。確かに説明するには,ひと工夫必要ですね。

中井 自分が当たり前のようにできることを言語化するというのは大切だと思います。教えることがうまくなりますし,その技能を深く理解することにもつながるのではないでしょうか。

指導者のよき「発問」が学習者の考えを引き出す

内藤 看護で「教えること」のもう一つの課題に,態度教育があります。よき医療者に必要な三要素として「知識・技能・態度」があり,これらをバランスよく備えた成長が求められます。しかし,3つ目の態度教育については,教え方や評価の仕方に難しさを感じています。教育学では,態度面の育成をどうとらえていますか。

中井 態度の育成は最も難しい領域です。しかし,難しいからと言って,専門職に求められる態度面の育成を,教育の目標から落としてよいというものではありません。

内藤 では今,臨床現場に提供できるヒントは何かありますか?

中井 一つ挙げるなら,指導者が学習者に問い掛ける「発問」を効果的に活用することです。指導において指導者が使う言葉は,「説明」「発問」「指示」の3つに分けられることがあり,このバランスを変えるだけで,指導の印象は大きく変わるものです。指導者が説明と指示で一方的に押し付けても,学習者はなかなか望ましい態度を身につけませんから,学習者自身に考えさせる発問が重要になるのです。

内藤 臨床では発問する場面がたくさんあります。

中井 それはよいですね。人は自分で答えを考えたいも...

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