“対話”がもたらす精神医療への光(伊藤順一郎,黒木俊秀,斎藤環)
対談・座談会
2015.11.02
【鼎談】“対話”がもたらす精神医療への光精神病への治療的介入手法「オープンダイアローグ」に学ぶ | |||
伊藤 順一郎氏
メンタルヘルス診療所 しっぽふぁーれ 院長 |
斎藤 環氏
筑波大学医学医療系 社会精神保健学 教授=司会 |
黒木 俊秀氏
九州大学大学院 人間環境学研究院 教授 |
オープンダイアローグ(開かれた対話)とは,フィンランド・西ラップランド地方にあるケロプダス病院を中心に,1980年代から実践が続けられてきた精神科の治療的介入の一手法である。できるだけ入院・薬物治療を行わず“対話”の場を重視するという一見単純な手法が,極めて良好な治療成績を挙げており,現在,世界中から注目を集めている。対話を重視することで,なぜ,ここまでの成果を挙げることができるのか――。本鼎談では,オープンダイアローグの手法から,精神医療における対話の潜在的な可能性を探った。
斎藤 依頼の電話を受けてから24時間以内に治療チームを組み,危機的状況が解消するまで患者さんや家族,関係者たちと毎日のように対話を繰り返す。オープンダイアローグというのは基本的にはこれだけです。入院と薬物治療によって統合失調症の治療に携わってきた医師ほど,この治療による成績(MEMO)に衝撃を受けるのではないかと思います。
閉じた“モノローグ”を開かれた“ダイアローグ”へ
伊藤 私は非常に刺激を受けました。患者さんや家族の語りを大切にし,対話空間にポリフォニー(複数の声)が満ちることそのものが,患者さんの安心感や安全感を保障していくわけですよね。この「非目的志向性」は,病理の解決を目的とする医学モデル的な発想とは対極とも言えるもので,当然,侵襲度も少ないでしょう。こうした治療が成果を挙げているという事実は,地域で精神医療に取り組んでいる医療者にとって励みになります。
斎藤 オープンダイアローグの根底には,閉じたモノローグをダイアローグへと開いていこうとする発想があります。言語化されざる体験や記憶を言語化することが,とりわけ精神分析以降のあらゆる精神療法の根底にありますが,オープンダイアローグというのは,それを実現するための最も無害で洗練された技法と言えるかもしれません。
黒木 フィンランドは以前から予防医学や疫学研究が発達している地域として注目していたので,evidence-basedでの効果検証が難しいであろうオープンダイアローグのような治療法が登場したことを最初は意外に感じました。
ですが,『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)で紹介されていた実際の症例の対話サンプルを見て,これは急性精神病に対する介入の技法を学ぶ上で非常に良いモデルだと感心しました。例えば予後良好事例と不良事例の比較がありますが(pp136-141),こういう箇所こそ,精神科研修医に読ませたいですね。残念ながら今の日本では前期研修でしっかりと研修を受けた人ほど,「どんなふうに病院を受診したか」と,つまりこの本で予後不良事例として書かれているようなことばかりを聞くようトレーニングされているのです(笑)。
伊藤 医師による問診はモノローグです。医師が問い,患者さんはそれに答えるだけの形で診察は進みますから。一方,ダイアローグでは誰かが発した言葉に対して,別の人が自発的な言葉を重ねていく。そこには内容のズレもあるけれど,参加者全員のあらゆる発言が許容される雰囲気が作り出されます。治療者は“対話を演出する存在”として専門性が問われるわけですね。
黒木 その点で興味深いのは,治療者同士が患者さんについて本人の目の前で語り合う「リフレクティング(reflecting)」という設定です。通常は治療者だけでのミーティングの場がもたれ,そこで治療の方針などが話し合われますが,オープンダイアローグではそれを全て患者さんの前で行う。治療方針の完全な開示ですね。患者さんにとって,治療者は怪しい秘密めいた存在ではないのです。
斎藤 「観察者を観察する」(リフレクト=反映)わけですからね。
黒木 そういう意味でもオープンなのです。反対に,従来の「由(よ)らしむべし,知らしむべからず」という治療者の姿勢では,特に急性精神病状態にあるような患者さんには警戒と猜疑心をもたらしかねません。
斎藤 以前,大学の授業で学生にリフレクティングをさせてみたところ,「目の前で自分について話されると強烈にそこに参加したくなる」というコメントがあったことが非常に印象的でした。発話を“促す”というより“誘惑する”という感じでしょうか。オープンダイアローグで技法らしい技法といえば,このリフレクティングくらいです。
二者関係ではなく,ネットワークに問題を拡散する
黒木 このリフレクティングも含めて,オープンダイアローグでは病的体験を了解的にとらえていきますよね。これは,患者さんの精神と同じ水準まで治療者も退行していく中で,信頼関係を築いていく相互退行的かかわりと似ているかもしれません。ただ,そうした形で治療関係をつくるのは危険な面もあります。そこでオープンダイアローグでは,治療者側がチームとしてかかわっている。この点が非常に重要な要素だと思います。
斎藤 オープンダイアローグへの理解が深まると,個人精神療法という1対1での患者さんとのかかわりが,いかに特殊で例外的なものであるかが見えてくる気がします。チームでかかわることで,患者さんから陰性感情を強く向けられても分散して受け止めることができるし,転移-逆転移などの問題も起こりにくくなる。黒木先生が言われたような退行も予防できます。
伊藤 治療者側がチームであることに加えて,患者さん側も家族だけでなく,友人や近隣の人,本人と関係のある人であれば誰でもミーティングの場に参加できますよね。対話の中で本人と環境の関係が大きく変わってくると,今までと違った回路が開いてきて,本人の安心感や役割が変わり,服薬も少なくて済むかもしれない。「コミュニティーの中に精神疾患の問題を拡散する」という意味で,オープンダイアローグはネットワークの作り方が非常に優れていると思いました。
斎藤 治療者自身がカリスマ志向だったり,名人芸志向だったりすると,治療チームも関係者のネットワークもうまくいきません。オープンダイアローグの創始者であるセイックラ(Jaakko Seikkula)教授とお会いして非常に印象的だったのは,良い意味でオーラがないところです。「ああ,こういう方が展開している主張ならば信頼できるなあ」と感じました。
薬物治療に偏重してきた従来の治療を見直す動きを生む
黒木 ただ,オープンダイアローグはアウトカム研究が非常に少ないという点で批判されています2)。 これで統合失調症が治る,発症を防げると言い切ってしまうのは,やはり言い過ぎだと私も思いますし,大きな誤解を招きかねないと危惧しています。
斎藤 おっしゃる通りで,そこを強調し過ぎると受容されにくくなるでしょう。今後多様な形でエビデンスを蓄積していく必要があると考えています。有効性について一点付け加えるとすれば,ケロプダス病院において,限られたスタッフが疲弊もパンクもせずに診療を回せているという事実があります。それが有効性の傍証となり得るかもしれません。
黒木 オープンダイアローグに関する最近の論文では,schizophrenia(統合失調症)ではなくpsychosis(精神病)を対象としていますよね。ですから,統合失調症に特異的な介入方法と考えなくてもいいと思います。
斎藤 ええ。オープンダイアローグはさまざまな疾患に適用可能なので,治療対象を統合失調症に限定する必要はありません。私もパイロットスタディは引きこもりの事例から始めようと思っているんです。
黒木 それはいいアイデアですね。統合失調症に限らず,精神障害全般への危機介入的アプローチとして大きな可能性を秘めているかもしれません。
オープンダイアローグの思想が私たちに問い掛けているのは,今日の薬物治療の常識に対する疑問です。一般に統合失調症の患者は生涯にわたる服薬が必要と考えられ,現在,統合失調症のガイドラインでは急な断薬は早期の再発を招くと明記されています。しかしながら,そうした精神科治療の常識に対して疑問を投げ掛ける実証的研究成果も近年少しずつ蓄積されてきています。
例えばシカゴで行われた20年にわたるコホート調査では,早期に服薬をやめることができた人のほうが,再発も少なく,機能的な予後も良い3)というんですね。他にも,長期的な服薬によって脳に構造的な異常が起きてくるという報告4)や長期的な服薬後の断薬によって過感受性精神病を発症しやすくしているのではないかと考察するメタ解析5)などがあります。
斎藤 統合失調症に関して言えば,薬物治療が必須であるということが昔から言われてきました。そうした考えから,ことさら薬物治療に重きを置き過ぎていた部分はあるかもしれませんね。
黒木 はい。そうなると,これまでの統合失調症の治療原則や服薬の心理教育なども,そろそろ見直すべき時期にきているのかもしれません。治療者自身が従来の常識から少し自由にならなければ,薬物治療に偏重する流れは変わっていかないでしょう。
具体的には,日々の診療においても,減薬するかどうか,もし減薬するのであれば安全な方法についての話題などを,患者さんや家族との面接にもっと積極的に取り上げてみても良いと思うのです。中井久夫先生は,薬物治療を「患者との共同参加,共同実験にする」6)ことを推奨されています。薬物治療に関する患者さんとのオープンな対話を大事にしていきたいですね。オープンダイアローグの思想は,そうした動きにつながる部分があるのではないかと感じています。
■日本での実践は地域移行とセットで
斎藤 伊藤先生が長年取り組まれている「ACT(註1)」のような,多職種から成る専門家チームによる支援が日本でも普及しつつあります。依頼が入ってからすぐ...
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