国際標準の内科医をめざして(上野文昭,黒川清,小林祥泰)
対談・座談会
2015.10.12
【鼎談】ACP日本支部歴代支部長と考える国際標準の内科医をめざして |
上野 文昭氏(大船中央病院特別顧問/ACP日本支部 支部長)=司会 黒川 清氏(政策研究大学院大学客員教授/NPO法人日本医療政策機構代表理事) 小林 祥泰氏(島根大学名誉教授・特任教授/小林病院名誉院長) |
2017年の新専門医制度の開始が近づいてきた。新たな内科専門医制度の議論が行われる中では,将来を担う内科医像の検討も行われており,今,あらためて内科学の在り方が問われていると言えるのではないだろうか。
本紙では,米国の内科医学からグッドプラクティスを取り入れ,より良い内科診療を希求してきた,American College of Physicians(ACP;米国内科学会,註1)日本支部の歴代支部長による鼎談を企画。世界の第一線の内科医とわたりあえる内科医になるためには,医師一人ひとりは何を考え,どのように行動していくべきなのか――。“国際標準”をキーワードに,3氏に議論していただいた。
上野 IT化が進み,現在は情報が瞬時に共有されるフラットな世界が広がっています。こうした中では,「善しあし」の比較を誰もが容易にできるため,医療界はいやが応にも国際標準を意識せざるを得ません。日本の良いものを発信し,他国の良いものを取り入れていくことを通し,良質な医師を養成していく必要があります。
しかし,私は日本の医療者,特に若手医師はそうした対応ができているのか,やや不安もあります。ともすれば,閉鎖的で,外に目を向けることができていないのではないかといった懸念さえあるわけです。今日はこの思いを起点に,米国内科診療の知の共有に取り組んできた,ACP日本支部の歴代支部長の3人で議論を進めます。
知と実践の共有機会の創出を狙ったACP日本支部
上野 世界の第一線の医師とわたりあっていくために,私たちはどうすべきなのでしょうか。とはいえ,まずはわれわれ3人をつなぐ,ACP日本支部について話す必要がありますね。この点は,小林先生からご説明いただきましょう。
小林 ACPは,世界中の内科学をリードし,多くの人々の健康維持・向上に貢献している学会です。ACP日本支部はその名の通り,ACPの「Japan Chapter」であり,初代支部長を務めた黒川先生がACPと日本内科学会との間に立って調整・交渉を図り,設立されたものです。2003年の設立から約12年が経ち,その間,支部長は黒川先生から私へ,さらに私から上野先生へと引き継がれ,会員数も次第に増加してきました。設立時300人程度だった会員数も,現在では約1200人を数えるところにまで至っています。
上野 設立当時,決して「世界の内科学を学ぼう」という機運が国内で高まっていたわけではありません。そうした中,黒川先生はどうしてACPの文化を日本に取り入れるような試みを考えたのですか。
黒川 結論から言えば,日本の内科医が国際標準の知と実践に触れられる機会を作らなきゃいけないと思ったからです。そして,それらの知と実践については,話して聞かせるより,実際に自分自身で感じ取り,見てもらうほうが得られるものも大きいだろうと直感した。だから,日本国内に「現場」となる支部を設けるのも一つの選択肢であると考えたわけです。
小林 背景には,当時の医療の在り方への問題意識があった,と。
黒川 ええ。私が14年余りの滞米生活を経て,日本に帰ってきたのが1983年の暮れ。当時の日本の医療や医学教育の状況を見たときに,「このままではまずい」と思いました。現状のままでは良い医師が育たないだろう,と。それほどまでに,日本の臨床医の在り方や育成の方法が,改革の始まっていた米国のそれとは差があるように感じられました。それで,東大第一内科教授,日本内科学会理事長に推挙されたことも後押しになって,90年頃からACPとの交流の可能性を本格的に探り始めたというのが主な経緯になります(註2)。
より良い医療を希求するのが,社会的責任である
小林 私も日本内科学会の面々と共に,本場ACPの主催するAnnual Session(年次総会)に参加したわけですが,そこで目からうろこが落ちる思いをしました。一番の驚きは,「教育」に徹底的に注力されていたということです。
日本の大規模な主要学会の学術集会・総会というと,専門領域のトップクラスの教授が最先端の研究についてレクチャーするというものです。しかし残念ながら,その多くは臨床に即座に役立つような内容とは言い難い。一方で,ACPの主催する年次総会は,明日からの臨床現場で生かせる知識・実践を扱う演題ばかり。「学術発表の場」ではなく,「生涯学習の場」として機能しており,医師一人ひとりの内科診療レベルの底上げを図ろうという意図がはっきりと読み取れるものでした。研究の推進に徹する学会も重要でしょうけれど,臨床医に向けて知識の維持・向上に励む企画を行う学会もまた,日本に必要だろうと思いましたね。その他にも,ACPは教育リソースが豊富で(表),ここにも日本の学会が参考にできる点があるだろうと感じています。
表 ACPが提供する教育マテリアルの例 |
上野 教育的だという意見をいただきましたが,私もACPの存在意義はそこにあると確信しています。そもそもですが,ACPは専門医の集団であるにもかかわらず,「Society」や「Association」ではなく,「College」と呼んでいますよね。私はここに,ACPが教育を使命として位置付けていることを感じるのです。会の趣旨に賛同し,希望すれば誰でも自由に入ることのできるSocietyではない。一定の要件・基準を満たした医師が所属し,互いに高めあっていく場であるからこそ,Collegeなわけですよね。
黒川 そう,内科医の質の向上に力を尽くすことを重視しているのです。しかしそれは本来,当然のことであって,より良い医療提供を行えるように取り組むのは,内科医に求められている社会的責任ではないでしょうか。
所属は医師の質を担保しない,個のウデの向上に注力せよ
上野 しかし,いくら良い情報が得られるとはいえ,米国の学会の支部ができることに対し,不快感を持つ方もいたのではないかと推察します。小林先生は,当時,日本内科学会専門医会で会長を務めていらっしゃいましたが,そのあたりはいかがでしたか。
小林 内科学会理事会など,いろんなところでそのような声は聞きましたね。
黒川 そうか,あったんだ。
小林 皆,黒川先生に言わないけど(笑),耳にしました。
上野 日本の医療界には閉鎖的な面もありますからね。
黒川 医療界に限った話ではなくて,日本社会の体質だろうと思いますよ。
上野 なるほど。では,そうした“体質”を持っているという前提に立って考えたとき,われわれ,または若手医師が国際標準になるために心しておくことは何でしょうか。
黒川 人づてに外部の価値のあるものやその重要性を聞くだけではダメでしょうね。自分から今いる場所を離れ,外の現場を体験することが大事です。
上野 ただ,若手医師に目を転じると,外に出ていくことに意欲を燃やし難い面はありませんか? 時に,自身の個としての能力を磨くことよりも,「どこの病院・大学に身を置こうか」と,自分の“看板”が関心事になってしまう。所属する場所から抜けることに対しても,「規定路線から外れてしまう」と不安に思う医師も少なくありません。
黒川 問題を根深くさせているのは,日本はそうした状況を長らく“是”としてきたことです。一つの組織に所属し,“単線路線”でエリートをめざすことが良いものとされてきました。
しかし,認識しておかなければならないのは,そのような特性は「国際基準から著しく外れている」ということです。実際,各国の人々が集まる国際的なパーティーや会合などの場において,「○○銀行の者です」「□□病院の者です」なんて自己紹介するのは日本人ぐらいなものですよ。国際標準であれば,「I am a banker」「I am a doctor」と名乗る。アイデンティティーがどこにあるかの違いを示す好例だと思うけれど,日本人は「所属」を重視することに対し,世界の第一線で闘う者であれば「個のウデ」をよりどころにしているということなのでしょう。
ただ,間違いなく言えるのは,所属によって医師の質が担保されるわけではないということ。医師であれば,個のウデを磨くことに注力すべきです。
混ざる経験が世界で闘える医師にする
小林 そのためには,違う世界に行ってみることが大事になるわけですよね。
黒川 そう。“他流試合”のない,かりそめの「恵まれた環境」において肩書に執着するようになっては,保守的になることはあっても,新たな課題にチャレンジしていく医師にはなり得ません。
自分の置かれた環境から外へ出て,そこで“よそ”の人々と“混ざる”経験を積む。すると,自分のいた場所を相対的に評価できるようになるものです。一歩引いて自分の姿や居場所をとらえられるようになれば,解決すべき課題の発見もできるようになる。
上野 インターネットの発達で情報共有は簡単になりましたけど,それでもなお,肌で感じることが一番ですか。
黒川 そう思います。ただ,何も数年単位を現地で過ごすことが絶対ではなくて,1-2か月であってもいい。自分の目で見て,現場で匂い立つものを感じること,つまりは自分での実体験こそが重要なのです。
私が日本に戻って医学教育の中で着手した一つも,...
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