言葉をつむぎ,心をつなぐ“在宅”言語聴覚士の仕事(平澤哲哉,古屋聡)
寄稿
2015.08.03
【特集】
言葉をつむぎ,心をつなぐ
“在宅”言語聴覚士の仕事
「病院から地域へ,施設から在宅へ」。現在,医療の提供体制がこのように変わりつつある中,2015年3月には厚労省「高齢者の地域における新たなリハビリテーションの在り方検討会」において,地域のリハビリテーション(以下,リハ)体制の整備・充実の必要性が指摘されている。今,地域の中で求められるリハとは何か。どのような視点で介入していくべきなのか。本紙では,さまざまなリハ職種が存在する中でも,“在宅”を専門に長らく訪問リハを提供し続けてきた言語聴覚士・平澤哲哉氏の活動を取材。地域へ出ていく言語聴覚士(以下,ST)の仕事を手掛かりに探っていく(関連記事)。
「おはようございます。平澤です」。午前9時,1軒目の利用者宅を訪れた。「前回から1週間経ちますね。この間,どちらかに行かれましたか?」。居間に通された平澤氏は,利用者と,同居している家族に近況を尋ねる。雑談により和やかな雰囲気に場が包まれたところで,平澤氏はにこやかな表情のまま切り出す。「じゃあ,今日もいつものようにお名前から伺っていきますよ」。利用者が普段過ごしているのであろう居間に,本人・家族の名前や住所と,呼称訓練の声が響き始めた――。
継続的な支援の必要性に突き動かされて
平澤氏は,訪問リハを専門にするSTである。「在宅言語聴覚士」を肩書に山梨県内で訪問活動を開始して,今年で14年目。医療機関に属さない“フリーランス”のSTとして,言語機能,構音機能や摂食嚥下機能などの回復訓練を利用者の自宅で提供している(註1)。現在,氏が定期的に訪問する利用者は20人。高齢者が多く,中心となっているのは失語症者で,構音障害や摂食嚥下障害などを複合した利用者もいる。回復期リハから維持期リハまでにわたる訓練内容が求められるという。
日本言語聴覚士協会によれば,有資格者数約2万5千人のうち,約75%が医療機関に所属しており,介護保険領域の施設に勤務するSTは約16%(図)。近年,介護保険領域のSTは増えつつあり,訪問リハにかかわるSTもいるが,多くは入院・入所リハや通所リハとの兼務となるため,平澤氏のように訪問リハに特化したSTは珍しいと言える。
図 STの所属機関(日本言語聴覚士協会ウェブサイトより) |
STは1997年に国家資格となり,2015年3月末時点で,有資格者は2万5549人を数える。医療施設勤務のSTが約75%を占めるのに対し,介護保険領域で活動するSTはいまだ少ない現状がある。 |
氏がSTとして勤めていた病院を退職し,現在のスタイルでの活動を開始したのは2002年。当時,STによる訪問リハに対し,医療保険,介護保険などの制度的な保障がなかったころである(註2)。なぜ,そうした時期にあって,平澤氏は活動拠点を生活の場に移したのだろうか。氏は次のように語る。「病院だけでは患者はよくならないにもかかわらず,退院後に継続的な訓練を受けられない。そこに疑問を抱いていた」。
在院日数の短縮化に伴い,十分な身体機能の回復を見ないままに退院に向かわざるを得ないケースがある。転院や施設入所を検討するも,その施設にSTがいないことも多い。外来リハを設ける施設もあるが,訓練回数が少なく,時間・期間も短いなど,十分とは言えない。このように継続的な支援が未整備にある中,自宅や地域に戻って生活することになった患者やその家族が気掛かりだった。「地域で自立した生活を送るには継続的かつ,長期にわたった支援が不可欠。それがないなら,自分で在宅訪問による言語リハを行おうと考えた」と氏は言う。
“当事者”経験から,心理的支援の重要性を実感
在宅訪問の意義について,平澤氏はこうも強調する。「STによる継続的なかかわりは心理的な支援につながる」。多くの患者と接してきた経験によって裏付けられた実感だけから出る言葉ではない。平澤氏自身が失語症の当事者という経験も大きい。
氏は,大学3年生の秋,交通事故に遭い,脳外傷により失語症を発症。幸い麻痺はなく,身体的な動作に支障はなかったが,失語症という障害は若き日の平澤氏にとって大きな困難として立ちはだかった。退院後,復学すると講義内容がわからない,友人の話にもついていけない。「『誰も自分の気持ちを理解してくれない』という思いに駆られ,孤独だった」。こうした生活の中では,退院...
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