君のカルテを“劇的”成長の軌跡に(岸本暢将,吉本尚,佐藤健太)
対談・座談会
2015.07.13
【座談会】君のカルテを“劇的”成長の軌跡に | |
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医学生時代にとりあえずカルテを書いてはみたものの,「良いカルテ」の要件がわからないまま実習が終わってしまった。研修医になってカルテを指導医に見せたところ,「読みづらい,伝わらない」などと注意されたが,具体的にどう改善すればよいかのフィードバックはなかった……。
カルテ記載は医師の基本業務の一つですが,卒前・卒後に系統立てて教わる機会はあまりなく,“自己流”のカルテ記載になっているのではないでしょうか。でも,「型」に沿った訓練さえ繰り返せば,“劇的”な変化が生まれ,臨床医としての成長も速くなります。本座談会では,業務効率を改善するだけでなく,診断推論能力の向上や多職種連携にも生きてくる「良いカルテ」の書き方を考えます。
岸本 初期研修医になるとすぐにカルテを記載する必要が出てきます。卒前教育では系統立った教育が行われているのでしょうか?
吉本 現在は「医学教育モデル・コア・カリキュラム」(註1)のなかにカルテに関する項目が含まれていることもあって,最低限のことは教わっているはずです。ただ,具体的な内容に関しては大学によってさまざまかもしれません。
佐藤 確かに,新研修医を受け入れる側からしても,どこまでカルテが書けるかは大学によって千差万別という印象があります。メモや感想程度のカルテしか書けない新研修医もいれば,それこそ筑波大卒の新研修医は優秀で,カルテは書けるし,プレゼンテーションもできる。
岸本 それでは,筑波大においてどのようなカルテ教育を行っているのかをご紹介ください。
Ready to start residency
吉本 筑波大では,医学部4年生の春学期に「Pre-CC(プレ・クリニカル・クラークシップ)」と呼ばれる実習があり,そこでカルテの記載方法を学びます。講義形式の授業を行うだけでなく,医療面接シーンのビデオ映像をみてカルテを記載した上で,回診時など臨床の場を想定したプレゼンテーションを繰り返し行うといった点が特徴になっています(註2)。
岸本 医療面接とカルテ記載,プレゼンテーションを別個ではなく,臨床で患者さんを診る流れに沿って教えるわけですね。USMLE(米国医師国家試験)Step2のCS(Clinical Skills)も同様です。模擬患者を相手に診察し,診察後に病歴や身体所見をまとめたカルテを記載するというパターンを,10人の模擬患者で繰り返します。
佐藤 国家試験にカルテの記載が含まれているのですね。
岸本 多大な労力を要しますが,基本的臨床技能がなければレジデンシー(初期研修)に進めないようにしているわけです。
吉本 筑波大も4年生の秋から始まる臨床実習に進むには,先ほどのPre-CCに加えて,共用試験(CBT/OSCE)に合格し,「スチューデント・ドクター」として認定されることを条件としています。
岸本 臨床実習では実際にカルテも書くのですか?
吉本 医学生は電子カルテ上の学生用カルテに記載し,後期研修医がチェックするようにしています。
佐藤 当院も,ポリクリなどの形で見学に来る医学生に対しては担当患者さんを決めて問診を行い,カルテを書いてもらいます。学生用のカルテはないのですが,退院時要約の2号紙に記載し,研修医や指導医がチェックするようにしています。
岸本 医学生にとっては,フィードバックを受ける貴重な機会になりますね。
佐藤 医学生は十分な時間をとって患者さんと話ができることが強みなのに,せっかく取った情報を自分のメモに残すだけでは私たち指導医も困ります。ですから,「必ず記録を残して診療に役立つようにしてほしい」と見学に来る医学生には伝えています。それでモチベーションが高まる人は多いですし,医学生の立派なカルテを読むと研修医も刺激になるようです。
岸本 私が米国に臨床留学して驚いたのは,メディカルスクールの最終学年である4年生ともなると,診療チームの一員としてカルテを記載し,研修医のチェックを受ける体制が整っていたことです。“Ready to start residency”,いつでもレジデンシーに進める状況で大学を卒業させることが医学部の役割である,とハワイ大の副医学部長が話していたのを覚えています。
SOAP形式×RIMEモデル
岸本 研修医に対しては,どのようにカルテの記載方法を教えていますか。
佐藤 私の勤務する勤医協札幌病院は,本院(勤医協中央病院)の関連病院という位置付けとなっていて,自由選択期間を利用して2か月間ほど初期研修医がローテートしてきます。毎年,最初にレクチャーを行い,SOAP (S:Subjective data, O:Objective data, A:Assessment, P:Plan)形式や入院時記録・経過記録・退院時要約といった病棟患者に関するカルテ記載のポイントを教えます。それから,週に1回は研修医の書いたカルテを全部見て,電子カルテ上の記載を引用しながら院内メールでフィードバックする。これを2か月間繰り返すうちに,だんだんと基本が身についてきます。
岸本 先ほどは大学による学習内容のバラつきが課題として挙がりましたが,どのように対応されていますか。
佐藤 学習者がReporter(報告者)→Interpreter(解釈者)→Manager(実践者)→Educator(教育者)の順番で成長するという「RIMEモデル(表1)」という考え方があります。この過程と照らし合わせ,「まずはS・O欄の情報を詳細に取って,指導医や他職種に適切な報告ができるようになろう」と強調しています。本来なら卒前教育で習得してほしいことなのですが,初学者の場合は目標を下げて,まずはReporterの役割を求めています。
表1 RIMEモデルとSOAP |
『「型」が身につくカルテの書き方』より |
岸本 筑波大病院は,卒前のトレーニングである程度のレベルに達した新研修医が多いと思いますが,卒後教育に関してはいかがですか。
吉本 先ほどのRIMEモデルで言えば,新研修医になった段階ではInterpreterのレベルにはまだ達していないように感じます。どこの研修指定病院でも同様の課題は多かれ少なかれあると思いますが,アセスメントして教科書レベルの鑑別診断を挙げたものの,そこからどう考えて重み付けをしたかが見えてきません。
佐藤 S・Oが「事実」なら,Aは「意見」ですよね。それなのに,A欄は指導医の意見を転記しているだけというカルテも散見されます。
吉本 ありますね。自身の考えが記載されていない限り,指導医としては的確なフィードバックができないし,結果的に研修医の診断推論能力も向上しません。逆にA欄が書けるようになると,それまでフォーマットを埋めるだけだったS・O欄にもメリハリが生まれます。
岸本 プレゼンテーションにも共通して言えることですが,アセスメントとプランが最も大事な部分ですよね。そこがノーアセスメント/ノープランでは,臨床能力を測ることができません。
佐藤 プランに関しては「精査する」「経過観察」などの記載にとどまっていて,「いつ」「誰が」「何を」するのかという具体的な介入が明確でない場合が,かなり優秀な研修医でもあります。指導医としては,プランが書けていない研修医は「何をするのかわからない」ので不安になります。
岸本 研修医の立てたプランを読めば,患者の診療に当たるスタッフ全員がその日のToDoを理解できる。そこまでできると,指導医としては「任せておいても大丈夫」となり,独り立ちに近づきますね。
佐藤 はい。当院で2か月の研修が終わるころに,研修初日に自分で書いたカルテを読ませるんです。そうすると,自分で最初に書いたカルテに対して“ダメ出し”ができる。2か月前とは劇的に成長していることを実感できるのです。
岸本 “劇的”ですか。
佐藤 もう“劇的”に変わります。
吉本 そういった意味では,カルテは“成長の軌跡”を示す作品なのですね。
適切なカルテ記載を研修医・指導医の共通認識に
吉本 これまで見たいくつかの施設でのカルテの中には,「とりあえずSOAP形式にのっとっているだけ」という印象を受けるものがあります。適切なカルテ記載がなぜ重要なのか。その認識を深める必要があるのかもしれません。
岸本 SOAPはもともと,1968年にL.Weedが提唱したPOS(problem oriented system;問題志向型システム)に基づくカルテ記載方式です。1973年に日野原重明先生(聖路加国際病院理事長)が『POS――医療と医学教育の革新のための新しいシステム』(医学書院)として紹介したことで,日本にも普及しました(註3)。POSによってカルテを論理的な構成にすることが論理的な臨床推論や計画立案につながるのは前述のとおりです。また,プロブレムの共有が多職種連携に貢献するという視点も忘れてはなりませんね。
佐藤 多職種連携という点で強調したい...
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