医学界新聞

インタビュー

2015.05.25



【interview】

「現場」の実感に即した労働と看護の質が見える
病棟単位のベンチマークDiNQL

松月みどり氏(日本看護協会常任理事)に聞く


 看護実践をデータ化することで,看護管理者のマネジメント支援による看護実践の強化,さらには看護政策の立案につなげることを目的とした,DiNQL(ディンクル)(Database for improvement of Nursing Quality and Labor;労働と看護の質向上のためのデータベース)事業。2012年に試行事業を開始し,2014年までに301病院1451病棟が参加した。本格稼働となる2015年は,5月31日の応募締切を控え,ますます申し込みが増えているという。本紙では,同事業を担当する日本看護協会常任理事の松月みどり氏に,本年7月からの本格始動に向けての展望を紹介していただいた。


――DiNQLではどのような看護実践をデータ化するのでしょうか。

松月 「褥瘡」「転倒・転落」など8カテゴリー,136項目です。項目数は多いのですが,「平均在院日数」「看護師配置数」など,大半はどの病院でももともと収集しているデータなので,新たな調査はほぼ必要ありません。

 病院にはすでに一般的な指標が存在していますが,DiNQLではそれらも含めて,分析上の視点から整理されています。それにより,看護の質を分析する際に看護管理者にかかっていた業務の負担が軽くなります。加えて,DiNQLはデータ入力すればすぐに他病院と比較したグラフ・数値が見られます。活用したいときにいつでもリアルタイムの結果がわかるのです。

データ同士がつながることで病棟の課題の全体像が見える

――従来の看護の質評価との違いは,どのようなところにありますか。

松月 DiNQLは,同規模・同機能の病院と比較して看護の質がどのレベルにあるのかを,「病棟単位」で客観視できる点と,プロセスを質的評価ではなく,「量」,すなわち数値で評価していることが特徴的なシステムです。

 これまでのような病院単位の比較では,病棟ごとのバラつきが平均化されてしまい,本来あるはずの強みや弱みが見えなくなってしまいます。また,同じ経営母体の病院の中で病棟ごとの看護の質を比較することはできても,他団体との比較はできませんでした。看護師たちが働いている「現場」の状況を知るには,病院単位ではなく病棟単位で他院と比較できるデータが必要なのです。

――同規模の他院の病棟との相対化が可能になるわけですね。

松月 加えてDiNQLは,質評価の枠組みである,「構造(ストラクチャー)」「過程(プロセス)」「結果(アウトカム)」の3つの視点からベンチマーク結果として表示します。例えば「褥瘡」カテゴリーであれば,「構造」は看護職員数や認定看護師割合などの看護組織の状況と,80歳以上患者数や褥瘡ハイリスク患者の割合といった患者の状況,「過程」は褥瘡ケアに関する研修への参加率や体圧分散用具の使用割合といった看護実践の質,「結果」は褥瘡発生率や改善率。これらを一体的に見ることができます。

 データはバラバラに見ていたのでは問題の本質がつかめません。さまざまな要因,切り口で分析して,看護の質を高めていってほしいです。

――目標設定や改善策の検討,実践,評価が効率的・効果的に行える,と。

松月 ある病棟では,こんなことがあったと聞きました。以前は1項目だけを見て,「転倒・転落率が高い。ちゃんと患者さんのアセスメントをしているの?」と,現場の看護師の意識や実践に問題の焦点を当てていた。一方,看護師配置数が少ないというデータは以前からあったものの,仕方ないことと諦めていたというのですね。しかし,DiNQL導入後,転倒・転落率の高さと看護師配置数の少なさという2項目を関連付けて,他の同規模施設と比べられたことで,「看護師の人数を増やせば転倒・転落率を下げられるはずだ」と,看護部で主張できるようになった。さらに,「転倒リスクが高い患者さんが○人いるのに対し,モニターが△台しかない。これでは転倒・転落が多くて当然だ。他院は必要十分な台数がある」と,看護部長がデータを根拠に,院長を見事説得したそうです。

 また,ある別の病棟では,以前は件数だけを見て「うちの病棟の転倒・転落が多い。看護実践が良くない」と落ち込んでいましたが,実は「転倒・転落件数は多くても負傷発生率は全国平均よりかなり低い」と,自分たちの努力の成果に気付き,現場のモチベーションが上がったそうです。実際,私たちも知らなかったような中小病院が,有名な大病院より良い看護をしていたという例もありました。

――看護師が自信を持って働けるようになりそうです。

松月 もう一歩頑張らねばならない場合にも,何をどれくらい改善すれば良いか,目標が具体的になります。

 数字の読み方や目標・戦略の立て方を研修などでトレーニングしている看護管理者はすでにたくさんいます。しかし,実践するには現場が忙しすぎて,なかなか時間が取れなかった。DiNQLがその手助けになればと思っています。実践の成果による変化も可視化できるので,改革意欲がある看護管理者のいる病棟は,これからどんどん良くなっていくのではないでしょうか。

小児科,産科,精神科,ICU病棟などの参加が急増

――いよいよ本格始動が近づいてきました。参加病棟数・対象範囲を拡大されるそうですね。

松月 試行事業の間は,7対1,10対1の一般病床のみが対象でしたが,今年から全ての病棟が参加できるようになりました。その結果,小児科,産科,精神科,ICUといった,多くの病院で1病棟しかない科の参加が急増しています。これまで院内の他の病棟とは機能が異なるために比較ができず,やはり自分たちの看護の質を客観視したいというニーズがあったのでしょう。このように,一部の病棟のみの参加も可能ですので,ぜひ参加してほしいです。

――新たに参加する病棟に向けて注意点などはありますか。

松月 入力すべきデータは何か,「指標が表すもの」を理解するのが,導入当初は大変かもしれません。ですが,延べか平均か,その分母と分子を確認していくことで,比較・分析するためにはどうすればいいのか,「数字」を「データ」として見る訓練にもなります。

――参加病院に向けて研修もなさっていると聞いています。

松月 評価指標やシステムに関する研修会と,データ活用についてのワークショップをそれぞれ任意参加で行っています。ワークショップでは,各病棟の取り組み事例や,より深い分析をするためのノウハウなどを共有しています。データの読み込み能力が向上すると,日常発生するさまざまな問題がつながって見えてくるでしょう。

看護師の発言力が高まる

松月 さらに,自病棟だけでなく病院,地域全体が見えるようになることにも期待しているんです。今まで多くの病院や看護の在り方は,診療報酬という国全体の政策に誘導されてきました。今後はそうではなく,地域の特徴ごとに,求められている看護を考える必要があります。

 今はまだDiNQLにその機能はありませんが,地域単位で現状と問題点,改善案をデータで出せるようになれば,都道府県・市町村の医療政策に提案できるようになります。今でも看護管理者が各自のデータを持って集まれれば,実現できるのかもしれない。そういう意味では,実現の直前まできていると思います。

 他にも例えば,認知症の患者さんが多い病棟での適切な看護配置を考える,ということもできるかもしれません。「認知症の患者さんが急増して,7対1配置でも看護師が足りない!」という声は聞くのですが,現状では具体的なデータがありません。同じ状況の病棟だけを拾い上げて比較できれば,人手不足がその病棟だけの問題か,あるいは診療報酬などの政策によって全病院をフォローすべき問題かを明らかにできます。そうすれば本会として看護政策の提言もできます。

――参加病床が増えるほどデータの価値が高まっていきますね。今後の展望を教えてください。

松月 「3年後までに1000病院参加」が目標です。実現すれば,看護管理者の発言力はかなり高まるでしょう。

 私は,日ごろから,看護管理者にもっと発言力をつけてもらいたいと思っています。なぜなら,看護師は医療の中心である患者さんの声を最も代弁できる職業だからです。私たち看護師が数値を根拠に必要な看護を示せるようになれば,ひいては患者さんの声も病院の体制や医療政策に反映されやすくなることにつながるのではないでしょうか。診療報酬改定などごとに項目を追加し,看護の質への影響も可視化できるようにもしていきたいと考えています。

 DiNQLは,現場の皆さんからのフィードバックを基に改善していくつもりです。「こう使いたい」という要望が現場からあれば,実現の後押しをしていきたいです。

――ありがとうございました。

(了)

参考URL
日看協ウェブサイト.看護職の労働環境の整備の推進.労働と看護の質データベース(DiNQL)事業の本格実施.


松月みどり氏
三重県立大医学部付属高等看護学校卒。日大板橋病院を経て,2005年田附興風会医学研究所北野病院看護部長。11年より現職。12年阪市大大学院経営学研究科修了。現在,日本看護管理学会評議員,日本救急看護学会副代表理事・評議員,日本意識障害学会理事を務める。